12.デート2
エリオット・ケぺルの個展を見終え、フェリクス様と一緒に王都の大通りを歩いていく。
「やっぱりエリーゼの方が詳しいね。君に解説してもらうことになるなんてね」
「いえ、そんな」
褒めるフェリクス様に小さく首を振る。詳しいのは当然だ、これが自分じゃない他の画家の個展ならまた少し違っただろうけど。
そんなことを考えていると、フェリクス様が昔話をする。
「そういえば、君も小さい頃、よく絵を描いていたからかな」
「覚えているのですか?」
「もちろん。フリューゲルが隣でよく君の絵を眺めていたのを覚えているよ」
「ふふ、覚えています。フリューゲルったら、描いてあげたらすごく喜んで」
フリューゲルの名前が出て笑みが零れる。
私の絵が気になったのか、生まれたばかりは飛べなかったフリューゲルは飛べるようになると私の絵をよく隣で眺めていたものだ。
「あの絵は確かフェリクス様が持って帰ったんですよね」
「ああ。エリーゼは、今も描いているの?」
「ええ、まぁ」
投げかけられた問いに曖昧に答える。日常的に描いているけど、正体を知られるわけにはいかないので誤魔化す。
そして歩いていると、ふと、視線を感じて周囲を見る。
「……?」
視線はあちこちから感じられる。その視線は、全員女性だ。
見ると少女や女性の頬は朱色に染まり、うっとりとしている。……ああ、これは。
視線の原因は分かっている。フェリクス様のせいだ。
シャンデリアの光にも見事キラキラしていた白銀の髪は、今度は太陽の光で輝いていて、女性たちが見惚れるのも理解できる。
目立つフェリクス様と大通りを歩いていると、正午を告げる鐘が三回鳴る。どうやら正午になったらしい。
目的の個展を終え、別れようと声をあげようとしたら、先にフェリクス様が話し始めた。
「――エリーゼ、レストランを予約しているんだけど一緒に食事をしないかい?」
「お食事ですか?」
思わぬ提案に目を丸める。まさか、食事まで誘われるなんて。それも、予約で。
予約しているのに行かなかったらレストラン側に迷惑をかけてしまう。なので頷く。
「いいですね」
昼食くらいなら、と思って了承するとフェリクス様がほっとしたような、安堵した表情を浮かべる。
「よかった。予約している店はこっちなんだ」
「はい」
案内するフェリクス様について行く。外で一緒に食事をしたのは随分と久しぶりだけど、どんなお店だろう。
そして興味を持ちながらついて行ったお店は――昔、私が好きだと言ったレストランだった。……まさか、私の好きなお店だなんて。
入店するとすぐに従業員が来て外の景色がよく見える席へ案内される。
「エリーゼは? メニューは決まっている?」
「いえ、まだです」
「なら考えてといて」
お互いにメニュー表を開いて注文する品を考える。どうしようか。
順番に捲っていると期間限定と記されたメニューを見つける。期間限定なら注文しようか。ここのレストランはどれもおいしいから失敗はしないはずだ。
「私はこれにします」
「限定メニュー? なら頼もうか、すみません」
そして近くの従業員を呼んでフェリクス様が私と自分の分を注文する。
料理を待ちながらこの数時間について考える。……相変わらず会話はあまり長く続かない。だけど、以前よりその会話がしんどくない。
ふと、セルマが発していた“デート”という単語が頭に浮かぶ。……これがデートというものなのか。
その疑問は頼んだメニューが到着しても解決せず、釈然としない。
「エリーゼ?」
「! えっと……」
名前を呼ばれて思考の海から引き上げられる。しまった、浸りすぎていた。
理知的な灰色の瞳が私を捉える。
「……もしかして、この店は嫌だったかな」
「い、いえ。むしろ、嬉しいです。このレストランは好きなところだったので……」
おそるおそるという表現が似合うような雰囲気で問いかけてくるフェリクス様に慌てて否定する。
そして好きなお店だと伝えると、灰色の瞳を細めて口角を上げて幸せそうに微笑む。
「本当? ──それはよかった」
「っ……」
柔らかい微笑みを浮かべるフェリクス様に息を呑む。……どうして、そんなに嬉しそうに微笑むのだろう。
どこか甘いような空気を変えたくて、慌てて話題を変える。
「りゅ、竜騎士団の方は大丈夫ですか? お忙しいと有名ですけど」
どうにか雰囲気を変えようもフェリクス様が所属する竜騎士団について尋ねる。
国防を担う騎士団や魔術師団は給与もよくて名誉な仕事だけど同時に忙しいと有名だ。
その中でも適性を求められ、人数が少ない竜騎士団と宮廷魔術師団は多忙を極めると言われている。つまり、お姉様とフェリクス様の職場環境はどちらもかなり大変な職場だということだ。
「大丈夫だよ。今まで溜めていた有給休暇を一気に取ったから」
「ああ、そうです……はい?」
思わぬ返答にフォークを持っていた手が止まる。休暇を一気に?
「本当は丸々一ヵ月くらい取りたかったけど団長に怒られて認められなかったんだ。だから三分の一くらいに留めたし、連続休暇は困るって言われて分割で取ったんだ」
「そ、そうですか」
と言うか一ヵ月分の有給が溜まっているってすごくないだろうか。
なんでも、今まで忙しくて使えていなかったようだ。竜騎士団の職場環境、暗黒すぎる。
そんな話を聞いて浮かんだのはフェリクス様のパートナーであるフリューゲルだ。フリューゲルは大丈夫なのだろうか。
「フリューゲルは大丈夫ですか? そんな環境だとあの子も大変ですよね」
「フリューゲルは問題ないよ。彼らは元々空を飛ぶ生物だから契約している人間と違って元気なんだ」
「そうなのですね」
気になって尋ねてみたけど、どうやら竜は契約している主人と違って平気らしい。心配したけど元気ならよかったと思う。
そして気付く。……ようやく取得した休暇を私との時間に使ってくれているのだ、と。
向かいに座るフェリクス様の顔を見る。……顔色はこの前のように青白くない。
無理をしていないのならいいけど、せっかく取得したのだから、私との時間ばかり作るのではなく、きちんと休みも取ってほしいと思う。
「……竜騎士団は本当にお忙しいのですね。せっかく取得したのならしっかり休んでくださいね。じゃないと、この間みたいに心配になりますから」
「心配に……」
「はい」
休養を勧めるとなぜか感動したような眼差しが向けられる。特別なことは言っていないのに、どうしてそんな眼差しを向けるのだろう。
そうして昼食を摂り終えると、ローギウス侯爵家の馬車で私の屋敷であるリストン伯爵邸まで送ってもらい、お礼を伝える。
「本日はありがとうございます」
「いいや。こちらこそ、ありがとう」
振り返ってお礼を伝えて一礼し、再び侯爵家の馬車が動き出すのを見送る。
屋敷の中に入ると侍女長や他の使用人とすれ違い、帰宅の挨拶をする。
そして私の部屋に向かって回廊を歩いていると、侍女のセルマを見つける。
「エリーゼお嬢様! おかえりなさいませ!」
「セルマ。ただいま」
セルマも私を見つけてやって来て、彼女にも帰宅の挨拶をするとニコニコと笑みを浮かべる。
「どうでしたか? フェリクス様との時間は楽しく過ごせましたか?」
優しい笑みを浮かべながらセルマが尋ねてくる。どうだった、か。
「個展だけど、エリオット・ケペルの個展だったわ」
「え。そ、そうだったのですね……」
私の発言にどう反応していいのが分からずに目を泳がせる。私もセルマと同じ立場だったらそんな感じになると思う。
「でも、楽しかったわ。私の好きなレストランだったの」
自分の気持ちを呟く。
個展はエリオットだったけど、作品を説明するのは嫌じゃなかった。──楽しかったか、楽しくなかったか、と言われると、楽しかった。
「行ってよかったなって思うわ」
「……ふふ、それはよかったです」
今日の感想を噛み締めるように告げると、セルマが嬉しそうな声で返事する。
「セルマ、お茶を用意してくれる?」
「飲みますか?」
「ううん、今日のお礼。フェリクス様、有給休暇をたくさん取ったみたいだからお茶でも飲んで身体を休めてほしいの」
「まぁ、それは素敵ですね。すぐに用意してローギウス侯爵家へ送るように手配しますね」
「ええ」
そうしてフェリクス様に今日のお礼として手紙と一緒に茶葉をプレゼントした。




