バリテン①
「器量が小せえ」
幼馴染にそう言われた。
同い年で、物心ついた頃から仲良く遊んでいた友人だった。
漁師の息子ヨーク。
農家の息子サボ。
おらは、牛飼いの息子だった。
「バリテン、おまえ、将来はどうするつもりだ?」
十五の生誕祭の夜、サボから聞かれた。
「へ……? 普通に、お父の手伝いをしていこうかと」
聞かれてる意味が分からなかった。
サボとヨークはおらの答えに顔を見合わせ溜め息をつくと、声を輪唱らせてその言葉を投げつけてきた。
──器量。
「オイたちはここから出ていく。バリテン、おまえも一緒に来い」
差し出された手を見ても、おらの心は動かなかった。
「こんなとこにいたって先はねェ。貧乏暮らしをずっと続けるのか?」
「オイたちは、もっと華やかな場所で自分を試してえんだ。おまえだってそうだろ?」
要は王都で冒険者になって、大金を稼ごうぜと、そういう話だ。
思い返すと、これまでヨークとサボは人里に下りてくる害獣退治を率先してやっていた。皆ができないことをやってくれていた。
アクトラーナの地は当時まだイブニクル侯爵領で、魔物が多く発生する険しい山と、渦巻き荒れる外海に囲まれており、他所から来る旅人、税の徴収や調査のために本来なら定期的に巡回する官吏すらもが珍しかった。
往来に不便すぎたのだ。
まさに陸の孤島そのものだった。
何しろおらが外から来た人間を見たのは、何年も前、旅の戦士を名乗る中年男が初めてであり、以来最近まで途絶えていたほどなのだ。
「こいつは酷えな」
遠い記憶、その戦士はアクトラーナをひと通り見てまわると、そう言って肩を竦めてみせた。
「苦労して山を越えて来たっつうのに、それに見合うリターンがなさすぎだろ。かーっ。失敗したわ〜」
彼は、しかし子供には優しかった。
短い滞在期間だったが、外の世界のことをたくさんおらたちに教えてくれた。
──天を衝く守護神がそびえ立つアリスの王都。
絶景たる神殿島。
荘厳なる八卦塔に囲まれたカクテルの帝都──。
とても興味深い話を多く聞けた。
「おまえには戦士の素質があるな。で、おまえは盗賊だな」
いま思えばヨークとサボは、この旅の戦士に告げられた言葉に魅入られてしまったのではないか。
「おらは、どうだべか?」
「……農夫だな」
納得しかなかった。おらはそれでいい。
だから二人の誘いを断った。
「ここに残るよ。二人共、頑張ってな」
おそらく二人からすれば、こんな先の見えない土地で牛飼いを続けようとするおらは、さぞや夢のない、スケールの小さいヤツと映ってしまったに違いない。
「残念だよバリテン。おまえとなら、楽しくパーティを組めると思ったのに」
翌朝、ヨークとサボは家を出ていった。
以来十年、音沙汰はない。
きっと外の世界で成功したんだと思うようにしてた。忙しくて、帰郷する暇もないんだと。
アクトラーナの地はその後も貧しいままだった。
農家はいい作物を育てた。
漁師もまた海に出て美味い水産物を獲ってきた。
おらの牛だって負けてねえ。
なのに、販路がないから同じ地域で完結するしかなかった。地産地消といえば聞こえはいいのかもしれないが、不作や荒天が続けばあっという間に飢餓に見舞われてしまう。
何より魔物が一匹、山から下りて来ただけで大騒ぎとなるのだ。
これまでは農具や銛を手にした若者を総出で駆り出し、誰かが身体を張って魔物を押さえ込み、そこに皆が攻撃を叩き込む、そんな無茶苦茶な戦法で何とかしてきた。
犠牲者は、両手の指では数え切れないくらいになってた。
ヨークやサボみたいな、戦闘に長けた職能持ちがいない以上、そうするより他に方法がなかった。どうしようもなかったのだ。
侯爵家が統治する領地だというのに、警備の兵すら置いてくれない無慈悲を嘆いた。
見放された土地。
見捨てられた民。
ここに見切りをつけた二人が正しくて、残ったおらが間違っていたのか……?
次に魔物が襲来してきたら、今度こそおらに「順番」が回ってくるかもしれない。そんな不安を抱えながら日々を過ごしてた。
「えー、この度、新しくこちらの領主となりました、シビカ・ネガロ──アクトラーナです。皆さん、どうぞよろしく」
閑散とした中央広場に集められたおらたちの前で、そのでっけえ図体をした若い男は、そう言って挨拶した。
山賊でもやって来たのかと思った。
それくらい、そのでっけえ男が従える連中は異色が過ぎた。
顔に刺青を入れたモヒカンの男がいた。
半裸で毛むくじゃらの男がいた。
他にもワケのわからないチンドン屋みたいな派手な恰好の男に、でかい煙管からプカプカと煙を燻らせるオカッパ髪を長く伸ばした男、一見普通に見えるのに、やたらと剣呑な雰囲気を漂わせる男もいた。
総じて柄が悪かった。
彼らの大将が、このシビカという男。
新たに男爵となり、この地を侯爵家から譲り受けたのだと、おらたちに説明してくれた。
上がすげ替わるだけだと、おらは思った。
違った。
領主様は、この地に住むべく屋敷を建て、次に何もなかった中央の場所に町をつくった。
部下の何人かがそこで店を構えた。
役場もつくられた。
それだけではない。魔物の相手は領主様とその家臣たちが一手に引き受けてくれるとの御触書まで掲示された。
もっとも、そんな高札が立て掛けられる以前から領主様は自ら積極的に山や森に狩りへ出て、気前よく獲れた肉をおらたち領民に振る舞ってくれていた。
身近にあった恐怖と死から解放された。
いい意味で、貴族らしからぬ人だった。
けれどやっぱり、おらにとっては雲の上の人だ。
丘の上にある屋敷は立派で、あの時に見かけた奇妙でコワモテな家臣たちが詰めていて、領主様自身も魔物を一人で狩ってしまえるようなトンデモない御仁。
おらとは器量の桁が違う。
ああいう人とおらが関わることはない。
おらに何かあったとしても、ああいう人がただの領民であるおらを気にかけたりなんかしない。
おらは所詮、牛飼いのバリテンだ。それでいいと線を引いて、これまで生きてきたのだ。
「あんたがバリテンか?」
昨日、おらの牧場に見たこともない兵士が来た。
数日前から有名なナントカ戦車隊とかいう、領主様にとっての親分格になる大貴族様率いる御一行がやって来て、丘の上に陣を張っているのは聞いていた。
町にも普段見かけない恰好の人らが多く訪れて、商店などは嬉しい悲鳴を上げていたらしい。
「おらに何か用け?」
ただの牛飼いでしかないおらンとこを、兵隊さんが訪ねてくる理由が分からなかった。きっとツッケンドンな態度になっていたなと、こうして終わってから反省してしまう。おらの直らない悪い癖だ。
「俺は戦車隊に拾われる前、冒険者をしていたんだよ」
それは二人の遺言だった。
この人は、ヨークとサボが最後に組んでいたパーティメンバーだった。
「俺もそうだが、みんな最初は夢を見るんだ。すぐに偉業を成し、白銀級、黄金級と駆け上がっていくんだってね」
口の端を吊り上げ、その兵士は力なく笑ってみせた。
おらではなく、自分に向けて言ってるようだった。
「だけどやがて気づくのよ。地を這ってることに。青銅級冒険者の底辺で吹き溜まってる自分たちの姿に。で、このままじゃ駄目だと無理した挙句に生命を落とす。定番だ。俺たちがそうだった。ま、俺はたまたま、運が良くて生き残っちまってね……」
今際の際、おらへの遺言を頼まれたという。
ガキの頃、一緒になってバカみたいに遊んでくれてありがとう。──ヨーク。
すまなかった。言えた義理じゃないが、オイの家族のこと、気にかけてやってほしい。──サボ。
「アクトラーナ領に来ることがあれば……って条件で言伝を引き受けたんだが、ハッ、人生、何があるか分からねえもんだ」
それだけ言って、兵隊さんは去っていった。
「…………」
そうか、という感想。
ヨークとサボは、もういないのか。
家では、家族に迷惑がかかると思った。
町に出た。
日が落ちたばかりの、まだ薄暗い時刻。
酒場。ここでいい。
献杯。
おらが一人、いまはもういない二人の思い出を胸に杯を傾けるつもりだった。
カウンターに座り、マスターに注文を投げる。おらの雰囲気を察し、いつもの調子で世間話を振らないでくれたマスターに感謝しようとした、まさにその時。
「先客は一人か。やはりシケた酒場だな」
悪態をつく、坊っちゃんカットの若い男が入口に立っていた。




