ネオ①
どこの貴族もそうだが、最初にそれをやったのはドラナークの初代だった。
ミカド・ケンヨウインの片腕として魔族と戦った、当代でも優秀な魔導師。それが初代。
だからこそ、間近で見ていたからこそ、ミカドの時空魔法に魅せられてしまった。
教えを乞うたが、ミカドからこの世界には存在しない、神からの授かりものであると断られた。
やがてミカドがある女騎士を孕ませ、産まれた子が成長すると、その子の職能は戦士であったにもかかわらず、ミカドにしか使えない筈の時空系──転移魔法を発現してみせた。
それを見て雷に打たれたと、初代の回顧録にはあった。
血。
血で継がれる魔法なのだと直観した。
娘をミカドに捧げた。ドラナークの血とミカドの血が混じり、果たして産まれた子はミカドが女騎士との間に儲けた子を凌ぐ才覚を発現させた。当たり前だ。魔法使いの職能持ちに時空魔法の血が加われば、そうなることは自明の理だった。
ミカドから評価された初代は、斯くしてキィーフの貴族たる公爵位を授かった。
後追いが続いた。ミカドもさすがに渋るようになった。容姿がミカドの基準に達してない女は門前払いされた。
また、ミカドの種で孕んでも、時空魔法が発現しないケースもあった。親から役立たずと罵られた母子が心中する悲惨な出来事を初代は記録していた。
大きな成功を掴んだのは偉大なる初代だけ。
わしはその血を継ぐ者だ。
このネオ・ドラナークは、何としても公爵家を守っていかねばならない。
そのために娘が産まれてすぐ、王家の殿下との婚約を取り付けた。
公爵家より格上の貴族はいない。格下に娘をやるわけにはいかなかった。ならば王家しかあるまい。
特殊な事情で、キィーフの王太子は生涯を王太子のまま終える。不成と揶揄される立ち位置ではあったが、どうあれ王室の一員となれば、公爵家にとって損はない。正しい決断だった。
それなのに。
娘ティアージュ・ドラナークに血統魔法は発現しなかった。
仕方ない。そういうこともある。幸い容姿には恵まれた。親の贔屓目を抜きにしても、国家レベルの上澄みと言って差し支えなかった。無能でも女としてティアージュが手放されることなどあるまいと高を括っていた。甘かった。
──婚約破棄だと!?
ドン!
ドン!
ドン!
ああ、腹立たしい。
我慢できず、わしは膝を持ち上げ、勢いよく床を踏み鳴らした。
床板では物足りなさがあった。
「シキまでくれてやることはなかったな」
あのアリスの下層種の肉と骨の感触と比べたら、味気ないことこの上なかった。さっさとティアージュから引き離しておくべきだったか。
「キャハハハ! お父様、さすがにそれはお姉様が可哀想。泣きつく相手がいなくなっちゃうわ」
食堂。
時刻は昼だった。
この場にいるラトゥージュも家令も、わしの癇癪には慣れているのか、些かも動じていない。
「それにしても、大丈夫かしらお姉様。あのアリスの卑しい野獣男爵……まさにゴリトロールって感じのブサイクさだったもの。今頃は大事に守ってきた純潔も、とっくに散らされちゃってるのかしら。キャハッ! あの野獣なら、昏睡してても関係なく腰を振りまくりそう! ああ、お姉様、アタクシ、壊されちゃってないか心配ですわぁ!」
「ラトゥージュ、はしたないぞ」
「いいじゃないお父様。誰が見ているわけでもないし。ねえ、ヨモト」
壁に控えた家令ヨモトは一礼して首肯する。
ティアージュがいなくなり、妹ラトゥージュは朝からゴキゲンだ。
ラトゥージュには時空魔法の才があったため、わしは褒めて育ててきた。選ばれし者であるのだという刷り込み教育を施してやったのだ。おかげで貴族の誇りに満ちた娘になってくれた。
だのに何故か、ティアージュを意識する言動がこうして顔を覗かせる。これが姉妹というものなのか?
「御館様、よろしいでしょうか」
食事が済んだ頃合いに、ヨモトがわしの前に膝をついた。
わしに伺いを立てる時の、これが仕来りだった。
「なんだ、忙しないな」
「メルサム・テラスエンド子爵が今回の件の説明を受けたいと使者を寄越しています。また、破棄が事実ならティアージュ様を側室に迎えたいとも」
「痴れ者めが!」
わしは怒りに任せてテーブル前のワイングラスを薙ぎ払った。
メルサムは36歳。わしと幾らも変わらない中年だった。優れた息子が二人もいるくせに、まだ力を求めようというのか。
ミエミエなのだ、魂胆が。
メルサムは、わしを追い落とそうとしているのだ。
いまの子爵の地位では飽き足らず、伯爵! 侯爵! そして公爵になろうとしておるのだ!
身の程知らずが!
させるかよ!
「追い返しますか?」
「いい。説明はわしがしよう」
あきらめさせねばならん。
たとえ事実を曲げてでもだ。




