ロゼ②
大男の根城に運ばれ、密室に放り込まれ、服を破かれ全裸にされた。
目の前が真っ暗になった。これから自分がどうなってしまうのか、考えることすら恐ろしかった。
絶望的な気持ちになったのをおぼえている。
密室に、二人きり。
既に、小さく痩せ細った自分では、この大男に対してどんな抵抗をしても無駄だと、ここに運ばれるまでの間にハッキリ分からされてしまっていた。
あの大きな手にかかったら、私は何もできず、この大男の好きにされてしまう。助けてくれる父はもういない。ああ。でも妹を巻き添えにしなくて良かった。せめてもの幸運だな。
私は、なす術なく全身を────隈なく洗われた。
あれ……?
さすがに石鹸の存在は知ってはいたが、それはこれまで私が使っていたものとはステージが違う石鹸だった。
大男の手は遠慮なく私をゴシゴシと洗いまくったが、そこにはイヤらしさのカケラもなかった。
やがて、ほわほわした匂いに包まれている私がいた。
「え……?」
「少なくとも俺は子供になんて欲情しないから安心しろ」
あれが私の運命の分岐点。
その大男は、きれいにした私をお風呂に浸からせると、満足げに額の汗を拭った。
初めて、お風呂に入った。
わけも分からず、涙が溢れた。
「湯加減どうよ」
「……あったかい」
「ハハハ! そりゃ風呂だしなあ」
笑った。豪快に。
私は、この大男から目が離せなくなっていた。
「……おじさん、誰」
「おじさんはやめてくれ。シビカ・ネガロだ。君の名前は?」
シビカ。
シビカ・ネガロ。男の名前。
忘れないように、心に刻みつけた。
私の名前は、多分シビカにとってただの名前として処理されてしまうに違いない。それが残念だった。
「ロゼ」
どれくらい響くだろうか。
「いい名前だ。それじゃロゼ、改めて君の進路を提案させてくれ」
シビカの顔を見ていても、彼の心は分からなかった。
ただ、私にとっての「シビカ」と、彼にとっての「ロゼ」は、重さが違うんだろうなってことくらいは、さすがにこの頃の私でも理解できた。
もしかすると、明日になれば忘れてしまっていてもおかしくない、その程度の、吹けば飛ぶような軽さ。
風呂から上がると、シビカの部下が服を用意してくれた。それどころか、休む場所までも。
私が図々しく父の亡骸を埋葬してほしいと頼んでも、彼らはイヤな顔一つ見せなかった。
──ゴロツキ部隊。
敵ではなく、味方からそんなふうに言われるほど、柄の悪い兵士ばかりがシビカのもとに集っていた。
「隊長くれえだろ、うちらを指揮できンのは」
他の部隊では馴染めなかったというハグレ者たちが、この部隊では水を得た魚のように生き生きと本領を発揮していた。戦意も技量も、他の部隊の兵士とは一線を画していた。
それでもやはり、シビカが頭一つ……いや三つくらい抜けた存在なのは誰の目からも明らかだった。
シビカは指揮官でありながら、単騎駆けを好む異端だった。
「後は任せた」
一応、戦況を見るには見る。指揮官らしき真似事もするにはする。しかし結局、最後にはそう言って一人、敵陣に突っ込んでいくのだ。
「面食らうぜ。指揮官様ってな、後ろで腕組んで、うちらを捨て駒にするだけ……手柄だけ掠め取ってくもんだってのが常識だったからよ!」
尊敬はある。あるが、それ以上にシビカの部隊の兵たちは、皆一様に彼を面白がっていた。
仲間だと思った。
私もそうだ。シビカの力になりたかった。
彼を支えたかった。
だが、焦りは禁物だ。
気持ちだけでは何もできなかった。
手持ちの武器を少しずつ増やした。
やがて背が伸び、筋力もついた。
人より上手く弓が使えることに気づいてからは、弓の技を磨いた。
単騎駆けするシビカについていくために馬術も訓練した。シビカの部下にしては珍しい、騎士爵家出身の変わり種、ハビィ・バッシャからマン・ツー・マンで指導を受けられる幸運にも恵まれ、いつしか私は彼の小姓として、部隊の中で認められていった。




