久々の休息
「今日も侍女は来ませんねぇ」
「ぽふぃ」
「エイヤも起きて来ませんねぇ」
「ぽふぁ~」
スイはエイヤの寝相を真似して、本の上をゴロゴロと転がります。散々のたうちまわった挙げ句、本から落ちて逆立ち状態になりました。いつものエイヤとそっくりです。
「スイちゃん、エイヤの悪い影響を受けてはいけませんよ」
「ぽふぃ~」
と、スイは逆立ちしたまま、コマのようにくるくると回りながら返事をします。
先日、エイヤには使用人用の小間を与えました。わたくしの私室内にある個室の一つです。すっかり気に入った様子なのは大変喜ばしいことですが、わたくしが目覚めて何時間も経つというのに、まだぐっすりと眠ったままだというのはいただけません。一応は「侍女として経験を積み礼儀作法を学ぶ」という設定になっているのですから、少しぐらいその設定に沿って行動してほしいものです。
とはいえ、幸いなことに、今日は家族揃っての朝食会がありません。
お兄様とリテーヌ様の婚姻の儀を来週に控え、皆、準備で忙しいからです。さすがにエイヤを参列させるのは色々角が立つということで、エイヤはお休み。わたくしも、愛想笑いを浮かべて王族席に座っているだけですから、リハーサルは一発OKでした。
そのようなわけで、わたくしたちにとっては、久々にまったりとできるひとときです。
「スイちゃんは、可愛いですね」
スイの頬をつつくと、スイは照れくさそうに身を捩ります。
「ぽふぃ~♪」
「どうしてそんなに可愛いのですか?」
「ぽふぃ~?」
いつものようにスイと戯れていると、ようやくエイヤが起きてきました。
「ふぁあぁぁあ~おはよ~」
ようやく起きてきたエイヤです。
「お早いお目覚めですね」
「え~それほどでもないよ~」
まだ寝ぼけた様子です。
「顔を洗って、口をゆすいできてください」
窓から空を見上げると、太陽はすっかり真南です。
しばらくして戻ってきたエイヤは、わたくしに向かって跳躍した後、突っ伏すように土下座をしました。
「申し訳ありません、王女様! 寝過ぎました!」
これが古文書にいうところの、Fランクスキル〝ジャンピング土下座〟なのですね。初めて見ました。
「エイヤ、ここに立ってください」
「どうかお許しを~」
「今日はわたくしが貴女の髪を梳かしましょう」
「お、王女様?」
わたくしは、キョロキョロとするエイヤに宮廷ドレスを着せ、鏡台の椅子に腰掛けさせます。
「スイちゃん、ブラシを」
わたくしがそう言うと、スイが短い口腕で、ちょこんとブラシを押し出しました。
「ぽふぃ♪」
すると、なぜか胸を張るエイヤ。
「うむ、苦しゅうない」
「調子に乗らないでください」
亜麻色のボサボサの髪に、ブラシを通していきます。美しい髪色なのに、枝毛だらけでもったいありませんね。
「どういう風の吹き回しで?」
「そうですね、王宮の平和は今週でおしまいです。最後の平和を楽しみましょう」
来週からは、あのリテーヌ様が、王太子妃殿下としてこの王宮に君臨(?)するのです。エイヤに助け船を出した以上、わたくしはエイヤの味方であり、リテーヌ様にとっては敵だと思われても仕方ありません。
「あの意地悪女が王太子妃陛下にねぇ」
「王太子妃殿下です。陛下の称号は国王と正妃のみのものです」
「え~どのみち王妃様になるんでしょ。どっちでも同じでしょ」
「王太子妃を陛下と呼べば、現王、現王妃両陛下に対して不敬になるのです。『お前達をもはや王とは認めない』と言ったも同然です」
「……なるほど?」
……そのうち処刑されそうで不安です。
そんなこんなで、エイヤの髪を整え、仕上げに髪飾りを挿しました。
「うわぁ! どっかの公爵令嬢みたい」
「みたいではなく、公爵令嬢です」
しかし、見違えました。ちゃんと公爵令嬢です。黙って座っていれば、幸薄そうな顔が、儚げな箱入り娘のような雰囲気を醸しています。
「……これをお兄様に見せてはいけない気がしてきました」
その時、突然、背後からお兄様の声がしました。
「……私がどうした?」
「お兄様!?」
鏡越しにお兄様の姿が見えます。妹の部屋にノックもせずに入ってくるとは。
わたくしは慌ててエイヤを背中に隠します。
「何を隠そうとしている。そこにいるのはエイヤか」
非常にまずいです。ここにきて波風を立ててはいけません。
「スイちゃん! 陽動作戦 オメガ4です!」
「ぽふぃ!」
ラクシア、ラックス、アピィが次々に顕現します。ラクシアを中心に、らせん状に絡み合うような軌道を描きながら、ふわふわと、お兄様の方向へゆっくりと泳いで行きます。
「ぽ~ふぃ~」
「はぁぴぃ~」
「きゅいぃ~」
「きゅみぃ~」
「く、クラ……クラゲ……」
お兄様はふらりとその場に卒倒してしまいました。




