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7.はいはい助力が得られなくて詰んだ詰んだ

数年、数か月を期限として、私の長期目標は、あくまで元の世界に戻ること。


今日街に来たのは、飢餓をどうにかして身体機能を維持すること。あとは収入を得る手段の獲得。


…数日以内に達成しないと、生命維持すら危ぶまれる短期目標のためだ。


ローエン君の助力もあって、幸い外に出る手段は得た。


いくらか門番のモルさんからいただいた硬貨もある。


おいしい乳粥で適切な栄養補給もできた。


女将さんという、何か知ってて程よく助力してくれる人も見つけられた。


だからこの時間は、できれば省きたい無駄である。


「お嬢さんのご両親はお名前なんて言うのかなー?」


「実は自分が孤児だって分かって、最近調べ始めたんですよー!だからその、マクラーレンさん?ってそんなにぼ…私にそっくりなんですか?初めて聞けたお話なので気になっちゃって…」


「んー?どうだろう、さっきはちょっと混乱してたけど。目の青い人って結構いるからね。私も、亡くした親友のことは誰にでも話せることじゃないんだ。まずはお嬢さんの生い立ちを知りたいなぁ」


果たして王として城にいるのは、本当に『マクラーレン』氏なのか。


似たようなことはトルドーさんも思ったようで、お互いの腹の探り合いは続くかと思われたけど。


まどろっこしいことしてんじゃないよと、女将さんの雷が落ちる方が早かった。


「いい加減にしなあんたら! トルドー!アンタ、あのバカの親友だろ、この子みて思うことはないのかい!」


「……この子の産まれた経緯次第で印象なんてどうにでも変わるさ。女将、いくらあんたでも口出しは許さないよ。僕の親友は確かにあの女のせいで死んだんだ。あいつを裏切って、見殺しにしたんだぞ?宰相が用意していない種さえあれば、あいつはどうでもよかったのか?……そんなもの、筋が違うだろ。俺の助力が請えると思うんじゃない。城で飼われて勝手に死んでいればいいだろ」


その途端どろんとした目で、唸る様に上記の発言である。一体皿の上の小さな塩漬けイワシに何を見ているのか、執拗に目玉をつまようじで刺してぐりぐりしている。


うん。私も薄々、この人に関わるとやべえんじゃないかと思い始めたので、無関心を決め込むって言葉は大変ありがたい。うっぷん晴らしに物に当たるタイプは本当によろしくないからね。


結局どういう人かは知らないが、多分シャロンが生まれてから数年単位で恨みつらみを重ねてきたのだとすると、人の言葉に耳は貸さないだろう。


誰だって聞きたくないことは、例え的を得ていても、理由をつけて聞かないものだ。


健康を保つには、バランスのいい食事がいいとか、良質な睡眠が不可欠とか、毎日のちょっとした運動を継続しなさいとかだけどね。


知ってる知ってる。こういう人は、いくら必要なアドバイスであっても、絶対に考えを変えることはない。


だから一緒に何かするときは、全く頼りにはならない。……だとすれば、彼につき合っている暇はない。


女将さんと何か喧嘩し始めたので、その場から離れて暇を持て余してるローエン君のところに行く。


つき合わせた挙句に、妙な話に巻き込んでしまった。悪い夢、と思ってもらっても、流石に面倒見させてこれはないだろう。


「ローエンの兄貴!まだお時間大丈夫ですか?……おおっと、どうしたんですおっかない顔して」


「……なんでもねぇよ。で、どうした?」


「トルドーさんは当てに出来ないみたいなんで……でも今後に備えてちょーっと、懐あっためたいんですよ。手伝ってくれません?」


「そうだな……わかったよ。何すればいい?」


まず必須なのはあらゆる意味で『死なない環境』だ。


それから初めて、現状の解決に勤しむことができる。


どう考えても私の専門じゃあないから、いろんなやり方を試して効き目を評価して、を繰り返すしかないからね。


レポートは散々駄目だしされた方だから、ちゃんと気をつけなくっちゃいけない。予想と憶測を省いて、エビデンス(根拠)に基づいて、問題解決に努めるべきだ。


正直、ヤンデレ連中から身を守る対策は必須だけど。シャロンの生い立ちと背景に由来する問題の解決は、長期目標の達成に役立つかも現状ではわからない。


だから正直、トルドーさんとは今日でさよならで一向に構わない。


今日は騎士見習いローエン君とのコネが得られるだけ十分だ。


「なぁに、せっかくのいい夜にケチがついたら碌に眠れませんからね!……兄貴って、マンドリン弾けたりします?」


「……簡単な曲ならな。なんだ、教えられるほどの腕はないぞ」


「素晴らしい!それじゃあですね……」




◇◆◇


ユトリロの酒場は、常連は皆気心知れた仲間である。


トルドーの芸に日々の憂さを晴らして、マスターの料理に舌鼓を打つ。一種の同士なのであった。


だから先程からの不穏な会話も喧騒に紛れさせて聞き流し、異様な空気を勤めて無視して、自分の皿と瓶を急いで空にするのに集中する。


そういう日は誰にでもある。特に親友を亡くした男が、ああも感情を揺らす時は、放っておいてやる方が親切だ。


しかし、張りつめた空気をからかうように、少しばかり調子外れな音がして、そのまま確かめるように何音か響く。だれか楽器の調律しているようだ。何度か繰り返し、ようやくましな音になってから、少しばかり速い曲が鳴る。


楽器を習いたてのような拙さだ。トルドーの演奏に慣れた連中の気を紛らわせるのには足りないが、興味を引かれた男がひとり、顔を上げて途端に酒を噴き出して、おい、と同じ卓についた客をつついた。


つられてひとり、もうひとりと顔を上げて、親と来ていた子どもがあれはなあにと指を指した。なんだろうなぁと親も首を傾げたが、ややあってくすくすと笑いをこぼす。


こんなのは見たことがない。…でも、何をやっているかは誰だってわかる。


痩せた少年がひとり、躍動感すら感じる動作で飛び跳ねている。


それは音楽に合わせたダンスじゃなかった。彼は何も持たず、マンドリンを『弾いている』のである。


流れる音楽に合わせて、宙に指を這わせ、そこにない弦を掻き鳴らして、軽快なステップを踏んでいた。いかにも表現と指運びに難儀したように切なげに眉をしかめ、弾き切ったような達成感に顔を輝かせる。


その後ろの椅子で、ローエングリン……数年前まで酒場によく皿洗いに来ていた子どもが、マンドリンを弾いていた。


最初しかめっ面だったのが、膝をついた少年が歯で楽器を掻き鳴らす仕草をした辺りで、こらえきれずに噴き出している。


激しいが単調な曲は、その場にいた皆が知っていたから。次第に足や手で拍子がとる人が出て、面白がった何人かが、少年と共に『演奏』を始める。


それぞれが自由に踊るように。……曲がぶれないかを気にしなくてもいいから、散々好き勝手にどこにもない楽器を弾いている。


くだらなくも楽しい時間に、皆笑い過ぎて立てなくなるまでそれは続いて、しばらく酒場にひいひいと苦し気に息が上がる。それが収まった頃、客の一人が被っていた帽子を痩せた少年にくれてやって、めいめい楽しかったと声をかけながらそこに小銭を投げてやった。


思いもかけず楽しい夜になったのを、やせっぽちの少年に感謝していたのである。


中には少しは食えよと声をかけて、マスターに食事を頼んでやる者もいたから、ちょっとした宴会染みた騒ぎは中々収まりそうもない。思わぬ騒ぎになったのを詫びた少年に、マスターがアンコールをしたから尚更だ。


一人の客が笑いつかれたローエンから曰く付きのマンドリンを受け取り、挑発するように鳴らせば、痩せた少年が今度は案内された小さな舞台に立って、熱狂的な歓声を集めている。


「トルドー、あんたあの子に弾き方教えてやれよ!」


「何言ってんだ、ありゃあ弾けないからこそじゃあないか!」


「ローエン君、笑い過ぎて演奏できなかったものね」


「もういっそお前が弾いたらどうだ?」


この期に及んで何を悩んでいるんだよと、何人かが馴染みの吟遊詩人の背を叩く。


痩せた少年にはその面影こそないが、あの眼差しと人を巻き込む才能に、皆既に死んだたった一人を思い出していたのである。


呆然として一連の騒ぎから弾かれていたトルドーは、目の色以外はまるっきり憎い女に似た少女を見る。


トルドーに気づいてにやりと挑発的に笑ったその顔が、憎い女にも、忘れがたき親友のどちらにも似つかない。全く違う人間であった。


くるり、と優雅にターンを決めて、最高に曲が盛り上がる部分で高くジャンプした少女は、それっきりもうトルドーに視線を寄越さなかった。


「大人げなく駄々こねてるから、親友の一人娘に嫌われるんだよ」


「きらっ…」


先程までは本当に死んでもいい少女だったのに、その言葉に抉られるから勝手なものだ。


まるで底抜けに明るくって楽しい夜でぶん殴られて、長年はらわたに染みついた毒気を根こそぎ抜かれたようだった。舞台で踊る少女から目が離せない。……確かに、トルドーは高揚していたのである。


女将がそれを見逃すはずもない。鼻を鳴らして、ため息を吐いている。


「会ってからあの子に腐ったことしか言ってないじゃないか」


「……挽回できると思う?」


「まずローエンが近づくのも許さないね。話したいなら死ぬ気でやりな」


「許してくれるかな…?」


「見た感じ、役に立つなら拾う子だよ。役立たずだからどうでもいいんだろ」


酷いことを言うが事実だった。


既にトルドーの助力など必要にすらならないよ、とやんわり窘められた後だ。


彼女はローエンの手も借りつつ、山分けしても数週間はもちそうな金額を稼ぎ出したのである。


何よりここで得た常連客との繋がりが、彼女にもたらす恩恵は多いだろう。


……トルドーが、彼女の力になれることは、時間を置くほどなくなっていく。


先程まで的外れなことで延々いじめた少女にこらしめられて、ようやく恥じらいを思い出した男は頭を抱えて震えていた。


謝らなくちゃ。でもどうやったら許してくれる?そんなの本人に直接聞かなくちゃ分からない。


「行ってくる…!!」


何とか無礼を詫びるべく少女に近づいた悪い大人は、脛に誰かの靴先がキマってその場に崩れ落ちた。小さな靴が目の前にあって、踏みつけられたのか、そのまましたたかに床へ鼻を打ちつける。


何を、と跳ね起きる前に、どろりとした殺意を込めた声が、歓声と笑いの中でもしっかりと聞こえた。


「…………気安くあの子に近づいてんじゃねぇよ」


「あやまりたい」


「踊り子に触れる無粋はいけねえって、あんたが教えてくれただろ」


「トルドー、今日は諦めな。流石にお前が悪いよ」


「ううう……!」


こうして悪の吟遊詩人トルドーは、無事に騎士見習いローエングリン氏により成敗されたのだった。


悲しい事件だったね、と後の常連客は語る。

ちょっと変なことになってたので直しました。

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