8.詰みたくないのにフラグ撤去を怠る失態
流石にエアーウクレレ…じゃない、エアマンドリンで飛び跳ね過ぎた。だってここまで盛り上がるとは思わなかったんだ。うん。
人の熱気にか弱い身体が音を上げてくらくらしてきたから、何人か舞台に引きずり出して、入れ違いに休むことにした。
通りすがりに2人で飲みなと、マスターが持たせてくれた瓶とコップを二つ。酒場の壁際にもたれるようにしているローエンのところに持って行った。
さっきまではトルドーさんの暴言に、大変お顔が恐くなっていたが、散々楽器を弾いて発散したのか。今は出会い頭のどろっとした目も、ほんのり明るくなっている。
「あ~~楽しかったです!さっすが兄貴!これ、マスターからもらったんで飲みましょ」
「ばか、あれはほとんどお前の力だろ……ありがとな」
「ローエンの兄貴がいなかったら、そもこんな芸なんかできませんでしたよ」
幸いだれかがくれた帽子が、のびそうなほどチップをいただいた。今日のお礼も含めてローエンに多めにチップを山分けにしておいた。……あまり持っていても、城のだれかに見つかって没収された時、本当に腹が立ちそうだし。
コップに注いだ瓶の中身は、つやつやとした赤色だ。甘い…なんだろこれ、ブドウジュース?あまりきれいなお水は手に入らない場所なんだろうか。何にせよカロリーはありがたい。
久しぶりに楽しい夜に散々笑って、ご馳走をお腹一杯食べて、財布もずっしりと重たくなった。こんなにいいことはないだろう。
まあやりすぎたとは思う。若い身体だから、翌日待たずに筋肉痛が来たからね。足と言わず全身が痛い。
一歩ごとに生まれたての小鹿のようによろつく私をローエン君がみかねて、帰り道をおぶってくれたのは本当に申し訳ないけどありがたい。
なお気持ち悪いほど軽いので問題ない、と評価を頂いた。大丈夫これから肥やすから。
「本当にすみません、兄貴……明日、お仕事大丈夫ですか?」
「気にすんな。どうせ明日は非番だ。……宿舎で寝てると、下っ端だから用事を押し付けられんだよ。夜の正門は誰も来ないからな。非番の時だけモルさんに頼んで間借りして、朝が来たらすぐ抜け出すんだ」
「なるほど…じゃあ兄貴に会えたのは、本当にたまたまだったんですね」
「最初は厄介なことを頼まれたと思ったけどな。トルドーさんと話してたろ。お前、マクラーレン王の娘だったのか」
「はい、シャロンって名前で呼ばれてます。ただ、血のつながりは全否定されてますからねぇ……今日だけでも新事実が多過ぎてもう」
疲れすぎてマクラーレン王とか今どうでもいい。帰ったらすぐに寝たいけど、部屋が廃屋で安価な布団どころかわらベッドなのが辛い。スプリングをもっと利かせてほしい。
「……お前は、境遇を恨んだことはないのか」
「恨んではないけど、腹は立ててるんで。私をこんな目に合わせた連中は、絶対にただでは済ませないと思ってますよ?」
具体的に言えば、マクラーレン王とその取り巻きが国を追われるくらいの報復は考えている。不敬罪だって?……そんなもの、きっと私が負かす王が悪いんだから仕方ないだろう。
「俺に、反逆罪だって引き渡されるとは考えていないのか」
「はははは、ちっとも!だってローエンの兄貴、もうちょっと場の状況読んで、手段も選んで、きっちり実力で騎士団の団長にでもなりそうですもん。それとも今にもしにそうな女の首を、昇進の元手にする方でした?」
「……しないけどな。もうちょっと、人を見た方がいいぞお前」
そう言ってローエン君は深々とため息をついた。
正直ゲームだと敬語の方が多くて、妻に『した』シャロンに話しかける時だけ口調がもうちょっと威厳に満ちた感じになるんだよね。
だから今みたいな普通の少年みたいな言葉遣いで、顔が見えない状況だと、キャラじゃなくて、全く知らない人と話している気分になる。
「……明日も、酒場に行くのか」
「んー…マスターと女将さんも心配してくれて、あれこれ持たせてくれましたから。3日後くらいにしようかと」
水を貯められる革袋。それと蜜で固めたナッツと、干し肉といった保存食をくれたのだ。
また抜け出すにしても、街の店を見に行く位になるだろう。一人で行くのに、エアマンドリンで動けなくなるのは避けたい。
「お前が住んでるの、あの城外れの廃屋だろ?俺がいくらか食糧を持っていくから、外に行くのは7日後に出来ないか?一緒に行けるぞ」
「えっ…!でも悪いですよぉ!」
「酒場に変なのいただろ。ずっとお前に近づこうとしてたんだぞ。弟分なら、兄貴分の忠告くらいは聞いてくれ……それとも夜道で出くわして、対処できるのかお前。」
できないですねぇ!
変なのって誰だそれ、トルドーか?楽器なら弾けないからって、結局女将さんに戻したのにまだ用あったの?恐いんだけど。
「……じゃあ、お願いしますね兄貴。でも、それを知ってるってことは、もしかして庇ってくれてました?」
「たまたま気づいたからな……ほら、着いたぞ。今日は良く足を揉んで休むと良い」
地面に下ろされたのは、抜け道を通って、草地を抜けた後だ。
彼が気遣ってくれて、少し休めたから足は何とか動いてくれた。
……片足を後ろに引いて、背筋を伸ばしたまま残した足の膝を軽く曲げる、だっけ。ありもしないドレスのつまみあげるようにして、できるだけなめらかに見えるように、敬意を込めてお辞儀をした。
染みのついたズボンとシャツでは全く映えないけれど。今日みたいな夜にはいいだろう。
「ありがとう、ローエングリンさん。貴方の心遣いに私が差し出せるのは、最大の感謝しかありませんけれど」
「……頭を上げてください、レディ。騎士であれば、当然のことです。貴女と言う白百合を煩わせる泥濘は、私が手ずから払いましょう」
「しらゆっ……」
「…笑うなよ、本気だぞ」
「ええ、照れただけですわ。白鳥の君」
「…っ!卑怯だぞお前!」
大して動揺した風でもなく、ローエン君は応じてくれた。けれどそれがお互いの限界だった。
お互い何やってるんだろうね、と疑問に思えば最後だ。見張りに見つからないように声を殺して笑いころげた。
ローエン君も、少し呆れたように、でも迎撃すれば心底楽しそうに身体をくの字に曲げて笑っている。
その顔がとても晴れやかで、とても安心したんだ。
本当心からこのまま健康的に育ってくれるのを祈ってる。じゃないと兄貴分が恋した時にやらかしたら、私が通報しなきゃならないからね。




