12.満場一致でやばい奴に絡まれるの詰んでる。
トルドー氏による妨害はありつつも、早速習った曲での弾き語り……はまだできないので。よくやるのは怪談話だ。面白がったテア師匠が曲をつけてくれるようになったので、子どもの声でも異様な空気になる。
こちらでも恋の話なんかは人気があるようだが、どうもかぐや姫とか日本古来のそれはあまり受けが悪い。
昔話はもうちょっと分かりやすい英雄譚がほとんどでだ。…特にこの酒場に集う人が、高貴な人に見初められる絶世の美女、という組み合わせが好きじゃない。
私の持ちネタだと、怪談話の不条理にハラハラする方が好きらしいので、こちらの風土に合わせてあれこれ変えている。
基本が土葬だからなぁ…夜な夜な棺桶の骨喰ってるお嬢さん、なんてわかんないしね。ああでも、昔からあるお話を元にした、恐れ知らずの騎士が悪魔に度胸試しをされる話、は人気だ。
私も特に怪談話をする方が多い。あまり明るい内からやる話でもないから、指導を受けた後で稼ぐのにはちょうどいいし、受けもいいのだ。
女将さんがゴーサインを出す閉店になる2時間前くらいにやると、ちょっと夜道が心細いひと達が、よく酒を注文してくれるし。おひねりも多い。
曲調に合わせて声を作るのも馴染んだし、結末を出し惜しみして、翌日も店に呼ぶことも覚えた。
最初はローエンに手間をかけさせたけど。三か月経った今じゃ、廃屋には人に分からないよう食糧庫も作れたし、飢える時間も無くなってきている。
「うん、お疲れさま。今日も頑張ったね、ヤン。お腹一杯食べな」
「ありがとうございます、テア師匠!いただきます!」
わしわしと頭を撫でられながら、ようやく今日の夕飯にありつけた。
よくお願いするのはこっちで言う粥…スープで煮込んだリゾットと、肉と野菜を少量ずつだ。これが確実においしくて栄養もある。三か月近くユトリロの店に通って、もういつもの、で通じるようになってしまった。
朝昼は保存食と酒場でもいただく差し入れで済ませ、夜でしっかり食べて栄養の帳尻を合わせるようにしている。
こっちだと、保存食以外はマスターの料理くらいしかまともに食べたことないけど。正直最高においしいと思う。もうそんなに飢えてないのに、食べる度に威力を増している気がする。
まだ湯気を上げている料理…今日は野菜とベーコンを細かく刻み入れたスープ粥と、あっすごくうれしいオムレツがついてる!ジャガイモ入りじゃん!なんだか今日はすごい豪華だ!
煮込まれてとろりと柔らかい米が、野菜の甘味とベーコンの塩気の相乗効果でやばい。こんがりと焼き色のついたオープンオムレツは、荒塩を振りかけてあった。茹でた芋の余熱なのか、思いの外舌触りも滑らかだ。
あー…なんでこの店に夕食を食べに来る人が多いのか分かる。普通に家でも作れそうなラインナップでも、逃さずおいしい。それにかける手間暇と、技術が圧倒的に違うのだ。
薪の火でこんな繊細な調理ができるってすごい…。正直、社会人の姉はたまに遊びに来ては説教とおいしいご飯を作ってくれたけど。私は専門学生だったし、一人暮らしだったから基本的に雑だったからなぁ。
実習とかは特に毎日提出のレポートに忙殺されていたし、ちょっとアパートと反対にあるコンビニに行く時間も切り詰めてた。そのせいか、今のところ日本食が恋しくはなっていないのは幸いだけど。
まあ、普通に食べる物がある状態で食べないのを選択するならともかく。これを逃せば次食べる物がない、という状況を味わった今。こんなにおいしいのに、日本食じゃないとか文句言う必要がない。
あっやばい…つけ合わせかなと油断してた酢漬けキャベツが本当おいしい…よくわからないけど多分香草も使ってる…。
なるべくお腹に詰まらないように、よく噛んで味わっていると、面白くって仕方がないといった顔でテア師匠が頬っぺたをつついてきた。
「おいしそうに食べるね」
「最高においしいです…っ!」
「ヤンも最近はやっと肉ついてきたね。本業の方は怒られないでうまくやってるのかな?」
「んー…?どうでしょう、最近はパンにもありつけなくなりましたから、もう諦めてますよ」
というか、最近はあの廃屋に教育係をはじめ、誰も来ないから好き勝手やれている。
どうも、王があの日以来伏せっているらしい。自分で腹刺せって言った小児に反抗されたくらいで、王というのに大変メンタルが雑魚くていらっしゃる。
これ、中身が私じゃなかったら、シャロンと言う女の子が誇りだとか尊厳だとか、色々犠牲にしてあの場を生き延びていた訳だ。しかも、何度も似たようなことをされて。
うん、仮に死んだら弔歌くらいは送ってやってもいい。死ぬ気で練習して、渾身のお祭り騒ぎにしてやるよ。
「……それはいけないね、ヤン。それでは自分は舐められてもその扱いを享受する、と伝えているようなものだよ」
したたるような美声だったから、一瞬誰か分からなかった。
数か所ボタンがはじけ飛んだ無惨な上着を椅子に掛けて、となりに座ったのはこれまで散々避けたトルドー氏である。
その顔が、やけにとろけていて誰かと思った。
……いやまじで誰だ。あれ、イワシの目ん玉やばい形相で突っついてた時の人と一緒?嘘だよね。なんで私の名前覚えてるんだよこっわ。
一体何がと振り向けば、酒樽のところで突っ伏したひと達を何人かが介抱していた。酒…酒だよね?腕相撲で潰したとかならやばい。ご飯に集中しすぎて何も聞いてなかったから詳細がわからない。
「ん……?」
しかもちょっと聞き捨てならないことを聞いた。
この人、城のことを知っていて、多少なりとも知恵が出せるひとらしい。どういうことか、と訊こうとした瞬間、テア師匠に後ろから抱き寄せられる。
「ちょっとー、お呼びじゃないんですけど?トルドー。私の弟子にちょっかいだすの、やめてくれない?」
「君、いいだけヤンを独り占めにしただろう!いい加減にしろよテアドール!俺に何の恨みがあるんだ……!」
「だって…あんた顔と声はいいけど、どうでもいい知識と引き換えに、この子に何させる気かわかんないし……おねえさん心配だよ」
あ、やっぱそんな評価なんですねこの人。
「テア師匠……私を心配してくれて……?」
ちょっと感激したように両手で口元を隠す。いや流石にこれはちょっとした小芝居なんですけどね。
よくあるじゃん、こいつやばいよって遠まわしに伝えて、場の空気をうやむやにする女子同士の…あっちょっと待ってください師匠!いい年して抱きしめられたまま頭をなでなでされるのは本気で照れる!香水のいい匂いするー!
良かったなーヤン!と無責任な酔っぱらい共が煽って大変煩い中、耳元で師匠に囁かれる。その声はやけに真剣だった。
「大人しくしてな、ヤン。すぐ興味あるなんて言ったらつけ込まれるよ。あいつ、あんたのお父さんのことがなくてもちょっとおかしんだ。元々ね」
「……なおさら、私が行きますよ」
うっわやっぱりか。何だこの世界の顔のいい男。大抵やばいのかなどうかしている。
宥めるように背を叩かれたから本当師匠はもう。
そのやばい人の矢面に、貴方が立たなくたっていいじゃないか。
「もう!流石に僕だって男なんですから、子ども扱いはよしてください師匠!」
「えーやだ!ヤンくんかわいいんだものー。変な男に目をつけられてるし!」
ありがたいけど。この世界だと、その様子の可笑しい男は大抵用心しないと、庇った良心的なひとから殺しにかかるからな。それはだめだ。絶対に許さない。
……先程まで明るく声を上げていた彼女だが、抱きしめてくれた腕は緊張して、顔が青ざめている。今までにない虚勢を張っていると知ったらなおさらだ。
「全くもう…髪がほつれていますよ。こんなに冷えて……マスター、師匠にホットワインをお願いします。白い方で。師匠、あっちの暖炉の傍で暖まっていてください」
「あいよ。テア、そっちの席が空いてるぞ」
「……わかった。危ないことがあったら大声で人を呼ぶんだよ」
頬に落ちた髪を耳にかけてやって、大丈夫だからと促せば少し顔がテア師匠の顔が緩んだのにほっとする。
それにいい加減、この男がうっとうしいと感じていた頃合いだ。
「トルドーさん、お待たせいたしました。……それで、私に何か御用でしょうか?」