13.大変申し訳ございませんが、一昨日お願い致します。
私だってあれこれ調べては、嫌になって現実逃避がてら酒場で過ごす日々だ。
結局何者か分からないトルドー氏の話は、まあ概ね予想していた範疇であった。
何が楽しいのか、最悪の事態をあげ連ねて丁寧に丁寧に語り終えた糸目の男は、大変嬉しそうに笑っている。
「君には難しい話だったかな、シャロン。どうするの、このまま城で飼い殺される?それとも媚を売って上手に芸をするのもいいかもね。たまには骨くらいはくれるし、軒先に寝かせてくれるかもしれない……でも、きっと早々にきみは飽きて捨てられる。その時どうすればいいのか、分かるのかい?」
まあ、あまり良心的な説明じゃなかったのは明らかだ。
悪い可能性ばかり並べたてて、選択肢を狭めるやり方は、大抵思った通りに誰かをコントロールするときに使われる。
ふざけんなてめぇと椅子を投げられてもおかしくない。可愛がってくれている客が何人か聞き耳を立てていたようで、大変後ろで投げたそうにしていたけど、私に当たるからと迷っては下ろすの繰り返しだ。
つまり近距離の当事者にもかかわらず、トルドー氏に殴り掛かっていない私はたいへんにえらいので、明日の稼ぎ次第ではデザートを頼むしかないのである。話が逸れた。
実は廃屋に追いやられ食事も僅か、とゲームにはあったが、確認してみれば少々話が違った。出自はあれだが、ちゃんとたった一人の王女である、シャロンの部屋は存在していたのである。
Q.何故、王女が護衛ひとつない廃屋に住まわされ、囚人より粗悪な食事を供されているのか?
A.兵士とメイドの何人かが部屋から王女を追い出してヤリ部屋として使用し、料理を数人でつまみ食いしてるからだよ!
そう、部屋と食事は流石に用意くらいはしてあったんだよ。驚きだよね。むしろ、城に居つかずあちこちふらふらしてる放蕩娘、親も分からぬから当然、くらいは言われていた。
それもこれも一重にシャロンが王族ではない、と繰り返す家臣に感化され、使用人たちに心底見くびられているせいだ。徒党を組むことはないけれど、一人二人と仕事を放棄したのが積み重なった結果である。
率先して王が虐げる王女をかばうどころか、血のつながりはないと明言されている上で、どこの馬の骨とも知れない少女に傅く人間はいないだろう。
特にメイドとして城に奉公に出ているのは、下級貴族で結婚の時に持参金すら用意できぬ子女と言えど、プライドたかいたかーいなお嬢様連中がほとんどだ。そして生まれた頃から平民であるかすら怪しいシャロンは、それを強く咎められないでいた。ゲームだとな!
食事があれとか普通に死ぬだろ馬鹿じゃないのか、とは思うが、そんな理屈は通用しない。何もかも自分より下と思う立場の者に、あれこれ尽くせるようなのはそういないだろう。
私だってヤバ王の為に命は賭けたくない。彼らにとってのそれがシャロンだったという話だ。
あれだ、大人しすぎて、ひとが良すぎて舐められて後回しにされるタイプいるじゃん。
この子なら文句言わないし、ていうか何も言わないし、何もしないから、別によくない?って言われがちなタイプ。これまでのシャロンがそれだ。それが何人もいるから命とりなだけでね。
どんな顔であのパンを置いていくのか、と潜んで見たこともあったから。今日はデザートに何がでた、と華やいで笑うメイド達が、わら山にいるネズミに餌をやる程度で役目を勤めていたのを知っている。だからふっつーに殺意くらいは抱いているのだ。
お前ら本当許さないからな。関わった連中は全員名前と顔は抑えてるので、月夜ばかりと思わないでいただきたい。
「マスター!今日も最高でした!オムレツが特に好きです!あっトルドーさんは何か頼まれますか?おはなしのお礼に一杯奢らせてください」
「え?!それだけ…?」
「だって全部私のものじゃないですからね!どうでもいいです!あ、確か蜂蜜酒を好まれていましたよね?喉が渇いたでしょう、ま、一杯!」
私としては元の世界に帰るまで生き残れたらそれでいいので、使用人連中もどうでもいい。だって雇い主は私じゃないしね。【シャロン】が税金の範疇で生かす人間じゃないというなら、自活するだけだ。
そして連中の言うことを聞くいわれも、従う義理もないので反撃だってする。
まあトルドー氏のお話は、考えの裏付けくらいにはなったかな。それくらいの礼は社交辞令でしないとね。
マスターが心得たように頷くと、すぐにとろりとうつくしい金色の酒がグラスで供される。
大抵コルクを抜いただけの瓶とか、樽のようなジョッキだけど。これだけはいつも形は歪でも、透明なグラスだ。飲みはしないけど、見るのは好きだった。
呆然と受け取ったトルドー氏だったが、すぐに焦ったように声を上げた。
「違うよ!助けてあげられるんだよ、僕なら!冬に石室でワラに包まって震えなくたっていい、君の腹には収まらないほどの美食だって望めるだろう!それをどうして使わないんだい!マクラーレンの娘なら、僕ぐらい利用して見せたらどうなんだ!」
あっなんかすっごい語尾震えてる不穏な感じが大変懐かしいやばさだ。
視界の端で何人か席を立ったのが見えたけど、まあもう話は終わった。
「……たとえ父のものでも、他人のものに興味はないんだ。心を預ける理由には足りない」
助けると言うなら自ら縋るのを促さずに、裏から手を回すくらいの甲斐性をみせろ、と言ったら角が立つからね。大丈夫。社会には出てないけど、実習とかバイトくらいはしてた。
未だ顔も知らぬマクラーレン氏に心酔している彼だ。
親友の忘れ形見だからと、酔っぱらったまま事態に手を出されて、ひっかき回されたらたまらない。なに期待しているかは知らないけど、さっさと他を当たってほしい。
流石にここまで言ったら歓迎されていないのは分かったのか。項垂れて、隠すように両手で目を覆ったトルドー氏が、呻くように言う。
「………ローエンは」
「ん?」
「だったらウィンステンの坊やとかテアドールは、君のなんなんだい!君、僕にはあんな顔見せてくれないじゃないかぁあ!」
うっわ…駄々こね始めたよこのひとぉ…頼りになる兄貴分と、優しい師匠と一緒の土俵に上がれるとでも思ってるのぉ…?
まあ攻略キャラじゃない人だから、何きっかけで病むかのカンニングも一切していないけど。これ割とやばいお人だよね?そうだよね?多分シャロンだと、最初の話し聞いた時点でドツボにはまるんだろうなぁ!
「ははっ……いや、トルドーさんて、本当に御冗談がお上手ですよね!」
「なっ……!」
「私の窮地に身を挺して助けてくれた方々に、貴方が並ぶと…?」
なにそのめっちゃ怒られたみたいな顔。
だって私、周り含めていじめられたら普通に殺意を抱く方だよ?トルドー氏のこと、割とすっごい嫌いな時期あったからな?今のところメイドへの殺意でかすんでるけど。
わざわざ時間を割いてくれているテア師匠への態度もいただけないし、おまけにローエン君まで引き合いに出されちゃ参るよ。
……うん、これ以上はつき合っていられない。今日の夜はここまでにしておいてやろうじゃあないか!次はないけどな。
「マスター!おあいそお願いします!」
「ちょっと、話しは終わってなぶっ!」
「……今日はツケといてやるから走って帰んな。こういう厄介なのはこっちに回せ。客に任せることじゃねぇ」
「ありがとうございます!それじゃあさよならトルドーさん!」
流石マスター話が早いし料理も旨いし思い切りもいい男!
トルドーさんは強打した鼻をお大事にして、しばらく療養してる間に過去のことは忘れておいてくれ!
さて、楽器はいつも背中に括りつけているから、お忘れ物はござらぬ!よっしゃ帰ろう!
女将さんが裏口を開けて、手招いてくれたのが見えたから、カウンターに手をついて跳び上がる。
やっと少し肉がついたから出来る芸当だ。走っても倒れなくて済むようになったし、立ちくらみもしなくなった。
カウンターは踏んでないから、無作法は多めに見てほしい。死ぬかどうかの瀬戸際なんだ。
「まってくれ……!!」
なんか怒声とか酒瓶が割れる音とか聞こえたので、ここで逃げ切らないと大変ご迷惑だな。がんばろ。
幸い暗い夜道を走っても、みんな自分のことで忙しいので気にしていない。吟遊詩人は金がない職業の筆頭なので、古い楽器を持つ私に小遣い目的で絡んでくる奴もいない。
こっそりと抜け道を通って、廃屋に帰る。ワラに埋もれて休みながら、明日の予定を立てた。
明日も置かれるだろうカビの生えたパンを、今度は埋めずにとって置こう。
面倒だからと放って置いたけど、ああいう風に絡んでくるのもいる訳だ。それはちょっと困るし。これ以上対応が悪化したら、冷静に対処できるか自信はない。
もっと早くに言ってくれればいいのに、で済まされて終わりだ。気付かなかったよ、といらない言葉を添えられて。
早く独り立ちしないといけないし、明日はデザートを頼むつもりだったのに。しばらく酒場に行けそうもないし。適度に片付けておきたいな。
となると、どうするか。……話の分からない連中って得意じゃないんだけどなぁ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
知らぬ間に自分の首を絞めて、気付いたらどうにもならない状況に追い込まれる子が大好きで書き始めたので、今後もどんどん様子のおかしいひとが増えていくと思いますが、おつき合い頂けると嬉しいです。




