#18 ゼウス
テンマの席はイカロスの右隣があてがわれた。
ちなみにイカロスの左隣はユニである。
席につくとテンマは周囲の生徒に微笑みながら挨拶をした。
「よろしくお願いします」
そういって、イカロスにも微笑みかけるテンマ。
まだ、イカロスとユニがテンマとパーティー会場で一緒だったことは、みんなには知られてなかった。
パーティーが何者かに襲われたことは報道されたが、『首』がテンマをさらい、その彼女をイカロスが助けたことは、アテナ、ヘルメスがマスコミを抑えたことで報道されなかったのだ。
もしそれが報道されていたら、今頃大変な騒ぎだっただろう。
ユニは努めて平静を装っていた。
そして昼休み・・・
テンマの席の周りはクラス中の生徒で埋め尽くされていた。
「どうして転校してきたの?」
ある生徒が質問した。
「ある方に言われましたの。ここの方が安全だって」
「安全?どういうこと?」
「ふふふっ」
笑ってはぐらかすテンマ。
テンマはイカロス、ユニが気になっていた。2人とも何を思ったのかこちらにこない。
ならばこちらから挨拶しようと、席を立とうとした時だった。
「ピンポンパンポ~~ン、イカロス、ユニ、テンマの3名はただちに校長室に来るように!」
突然の呼び出しが入った。
◇
ここはゼウス神殿。
「ゼウスよ、テンマがカナーンに転校したと聞きましたが!一体どういうことでしょう?」
アテナがゼウスに食ってかかっていた。
「ああ、そのことか。そりゃこっちにいるより安全だからだ。俺がそう指示した」
「考えられません!あの娘は『首』に狙われているのですよ!われらの手元に置いて守りを固めないと!」
「なら聞くが、この間のパーティーで、『首』ひとりに俺たち手も足も出なかったよな?」
「うっ!」
それをいわれると立つ瀬がない。
確かに、あれほど警戒しながら会場にやすやすと侵入され、ポセイドンを石にされ、アルカイオスすら彼女を止めることができなかった。自分もヘルメスも危なくやられるところだった。
「な?残念だが今の俺たちじゃ『首』に勝てないんだよ。だったら勝てるやつのそばに置いた方がいい」
「それはつまり、イカロスのそばに置くということですか?」
「そういうこと。『ハンター』のそばに置いておくのが1番いい」
ゼウスのその言葉に反応するアテナ。
「ゼウス、知っていたのですか・・・」
ニャッと笑うゼウスだった。
◇
ここは校長室
「君たちは先日のパーティーで一緒だったようだから、もう知っていると思うが彼女はペガサスの女王なのだ。ペガサス族のことは知っているな?ユニ、君の母上の出身であるユニコーン族と比肩する天界の名門だ。彼女は始祖の生まれ変わりとして大事に育てられてきたが、そのためか地元ではこれ以上いい経験ができないのでな。外の世界も経験しようと、今回の留学と相成ったのだ。そこで2人にはできるだけ彼女と一緒に行動してほしいのだ。これは君たち2人が信頼に足る人物と見込んでのお願いだ。あと、周囲には彼女が女王であることは伏せてある。君たちも決してそのことは口外しないように」
校長は一方的に話しまくった。
「あのう、いいですか?」
イカロスが校長に質問した。
「警護はどうするのですか?まさかつけないのですか?」
その質問は当然であった。身分を隠してるとはいっても、まさか本当に警護なしで過ごさせるなんてありえない。
「ああ、それね。その点は大丈夫。すいません、出てきてもらえますか?」
校長がそういうと、テンマの影が大きくなりそれはやがて実体化したのだった。そして出てきたのは・・
「アテネのパーティー会場でお見かけはしましたが、お二人とこうして話すのは初めてですな。私は姫の護衛役のアルカイオスと申します。以後お見知りおきを」
そういうとアルカイオスは2人に礼をした。
「ミカエルの娘ユニと申します」
返礼するユニ。
(やっぱり似ている、この人、なんかイカロスに似てるわ・・・)
ユニはなぜだかアルカイオスに親近感を感じていた。
「アルカイオスさま、イカロスと申します。大英雄とお会いできて光栄です」
今度はイカロスが返礼する。
「こちらこそ、2人のことはアテナさま、ヘルメス殿から聞いております。特にイカロス殿の武勇に関しては感服いたしております」
アルカイオスは少なからずイカロスを意識しているようだった。
「この通り、テンマさま、いや、テンマには常にボディーガードが付いている。それにこの学校はアスタロトの襲撃以来、結界の強度も増している。安全面では問題ない」
校長は心配無用と言いたげであった。
「イカロスさま、ユニさま、ご挨拶遅れましたけど、どうぞよろしくお願いします」
2人に向かって微笑むテンマ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
微笑み返すユニ。
「よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀するイカロス。
「ユニさま、それがしミカエルさまにご挨拶がありますので、後刻、あなたのお屋敷に参ります。その時は良しなに」
そういうとアルカイオスはテンマに影にまたもぐりこんでしまった。
「わたしもペガサスの族長として、今晩、ミカエルさまにご挨拶に上がりますわ。そこでまた会えますわね!」
そういうとテンマはうれしそうだった。
彼女はこれまで学校というものに行ったことがなく、勉強はすべて家庭教師に教わっていた。故に同い年の友達がなく、友達の家というものに行ったことなどなかったのだ。
そんな彼女を見てユニは複雑な気持ちにならざろうえなかった。
◇
再びゼウス神殿
「ゼウスよ、あなたはどこまで知っているのですか?」
アテナがゼウスに問いかけた。
「イカロスが唯一の『首』のハンターだってことだけだ。それ以外のことは知らん。だがそれだけわかれば十分だ。それよりお前こそ、どうしてイカロスがハンターになったか知ってるんだろ?いい加減教えろよ!」
今度はゼウスがアテナに問いかけた。
「ゼウスよ、それは言えません。彼との約束なのです。彼はまだ完全に覚醒してませんので」
そういわれると返す言葉がないゼウス。
「わかった。だが、だからこそテンマをあちらにやったのだ。テンマが首に狙われているなら、そのハンターたるイカロスがそばにいた方が安全だ。それにテンマがそばにいれば、それだけイカロスは覚醒しやすくなるからな」
ゼウスは何気なく、テンマとイカロスの関係について述べた。
独自の情報網である程度のことを知っていることは間違いない。
「長い間、天界下界を渡り歩き、因果を吸いまくってきた『首』の力は、我々の想像を遥かに越えるものとなっていた。もはや奴を倒せるのはイカロスしかいない。そのためなら多少の被害もやむをえない」
ゼウスの言葉にアテナは驚いた。
「多少の被害って・・・、まさかテンマが首に狙われていることを、あちらに報告してないんですか?」
アテナがゼウスに慌てて問いただした。
「していない。もししていたら、テンマは転校できてないだろうな」
首が学校に襲来すれば、どんな被害がもたらされる想像がつかない。
故に報告していれば、テンマの転校は認められなかっただろう。
目的のためには手段を選ばないゼウスらしい判断である。
「あなたという人は・・・」
アテナは、子供たちを巻き込むことを厭わないゼウスのやり方に反吐が出る思いだった。
「アテナ、これは政治だぞ」
冷徹なゼウスの声がアテナの心に突き刺さっていた。




