#14 パーティーの惨劇 その弐
パーティーはいつの間にか社交ダンスへと移行していた。
気になる相手にダンスを申し込み、演奏に合わせて踊り出す。
この時ばかりは、普段話すこともできない相手とでも話すことが出来るのだ。
ある意味パーティー最大のイベントともいえる。
イカロス、ユニ、ラファエルにはダンスの誘いが相次いだ。
余程のことがない限り、誘われて断るわけにもいかない。
イカロスもユニもラファエルも、長蛇の列の希望者をさばくのにてんてこ舞いだった。
そんな姿をテンマは遠くから見つめていた。
「姫、どうしました?」
アルカイオスがテンマに話しかけた。
「あの人たち、だあれ?」
「ヘルメス殿から聞きました。カナーンからの客人だそうです」
「あの人は?」
テンマはイカロスを指さした。
「あの男は、たしかイカロスとかいう男ですな。ヘルメス殿を魔族から守ったというカナーンの勇者です」
(えっ?)
テンマはアルカイオスの説明でイカロスの名を聞いた途端、彼の顔を見つめだした。
そして、それに気づいたイカロスもテンマを見つめた。
視線が絡み合う2人。
2人の記憶がつながり出した瞬間だった。
(テンマ・・・)
(イカロス・・・)
立ち尽くすテンマ、その頬には涙が流れていた・・・
◇
「イカロス?イカロス?」
ユニはイカロスを呼び続けた。ハッと我に返るイカロス。
「どうしたの、ボーっとして?」
心配したユニがイカロスの顔を覗き込んだ。
「えっ?いや、何でもない、どうしたのユニ?」
「どうしたのって・・・。それよりもあたしと踊ってイカロス。お互いやっと抜け出せたんだし」
ユニもイカロスもダンス希望者をあらかた片づけて、ようやく自分の希望する相手にダンスの誘いをかけられる状態になっていた。
「あっ!そうだね、僕らも踊ろう」
そういうとイカロスはユニに手を差し出し、ダンスに誘うポーズを取ろうとした。
だが
「ちょっと待った!ユニ、あたしに譲んなさい!」
そういって出てきたのは、アテナであった。
「えっ?アテナさま、どうして?」
ユニはアテナに疑問を呈した。
「どうしてもこうしてもない。あたしゃイカロスと踊りたいんだよ。先輩にお譲り、ユニ」
半ば強引にイカロスを奪うアテナ。
「そんな~~。やっと(イカロスと)踊れると思ったのに~~」
本気で残念がるユニ。
「あんたは普段一緒にいるんでしょ!今だけ貸しなさい!あたしゃね」
「若い男と踊りたいんだよ!」
この身もふたもないセリフが会場に木霊した。
「ほら、さっさと行くよ、イカロス!」
そういうとアテナはイカロスの手を引っ張って行った。
◇
「姫、姫!」
アルカイオスが、突如、涙を流し出したテンマを心配して話しかけてきた。
「えっ?何?アルカイオス?」
「何といわれても・・・どうしたのです、突然泣き出して?」
「え?あ?これ?ごめんなさい、目にゴミが入っただけなの、心配しないで」
テンマは泣きながらボーっとしていたので、そんなことはないはずなのだが、本人がそういう以上、それ以上、詮索は出来なかった。
「姫、さっそくで悪いのですが、ダンス希望者が多数見えられてます、どうしましょうか?」
テンマのそばにはアルカイオスだけではない。屋敷のお世話係たちが何人もついてきていた。その者たちが希望者の受け付けをしていたのだ。
「わかりました。お受けします」
そういうと、テンマは希望者たちと踊り出した。それを見て感動するお世話係たち。ペガサスの女王として恥じぬように、社交マナーの一つとしてダンスも屋敷で叩き込まれてきたのだ。そんなテンマが今日、社交デビューする。それはお世話係たちにとっても日ごろの苦労が報われる日であった。テンマの修行をまじかで見、手伝ってきたからだ。
それだけに、テンマのダンスは見事なものだった。踊り出すと明らかにその違いがはっきりとした。次第に会場の視線を独り占めしだした。
イカロス、ユニも社交マナーとして、ダンスは習ってきていたが、ここまでうまいものではなかった。
(テンマ、さすがに上手いね。初めての場で大したものだ)
アテナはイカロスと踊りながら、それを見ていた。
「ところで、どうだい?初めての社交パーティーは?」
アテナはイカロスに聞いてきた。イカロスはミカエルの屋敷で何度もこのようなパーティーを見てきたが、それはあくまで使用人としてであって、参加者としてではなかった。
「そうですね、立場が違うとこうも違うのかと驚いています。なんだか気は張って・・・」
イカロスは初めての場で明らかに疲れていた。それに比べてユニは、とっくに社交デビューをしており、全く疲れた様子もなかった。
そうやってアテナと会話しつつも、イカロスは自然とテンマに目が行ってしまっていた。
すれ違う度に視線が合うイカロスとテンマ。
そのことにアテナは気づいていた。
「あの娘は『テンマ』、ペガサスの女王さ、年はあんたやユニよりちょっと下くらいかな」
その言葉に動揺するイカロス、心の内を見透かされたからだ。
「そんなに驚くな、傍から見ていてバレバレだよ」
顔が真っ赤になるイカロス。
「なにか感じるのかい?テンマから?」
「なにか・・・懐かしい気がします」
「そうかい、彼女と過去に何かあったのかもね・・・」
俯くイカロス、何もしゃべらない。
「今はダメだよ、ユニが見ているんだからね」
またまた心を見透かされるイカロス。
アテナはチラッとユニの方を見た。
ユニは席でイカロス&アテナのダンスを席でブスッとした顔をしながら見ていた。
(も~~なによ、アテナさまの意地悪!イカロスと踊りたかったのに)
内心半べそ状態のユニ、こんな大きなパーティーで好きな人と踊れるなど、滅多にないチャンスである。それは同時に、周囲に『お似合いのカップル』として公認される機会でもあったのだ。
そんなユニにヘルメスが話しかけた。
「ユニ、休憩中大変すまないのだが・・・」
突然のことにビックリするユニ。
「はい、なんでしょ?」
「実は、君と踊りたいという者がまだまだたくさんいるのだが、よかったらまた踊ってもらえないか?」
ヘルメスの後ろには何人もの神が列をなしていた。皆、会場でユニを見て、その美しさの虜になった若い男神ばかりであった。
ヘルメスはそっとユニに耳打ちした。
「すまん、みんなお前を見て惚れてしまったようなんだ。別にあとでどうこうしろというわけではないんだが、こいつらと一曲踊ってやってくれ、付き合いがあるんで断るに断れんのだ!」
ヘルメスは本当にすまないという顔をしてユニに頼み込んだ。
「わかりました、ヘルメスさまのお頼みなら断れませんわ」
そういうとユニは席を立ち、彼の後ろに並ぶ男神たちと一人ずつ踊り出した。
踊る前に、チラッとイカロスを見るユニ、イカロスと目が合うと、フンっとばかりに顔を背けた。
それを見ていたアテナは内心こう思っていた。
(ヘルメスよくやった。テンマにイカロスとユニが踊っているところなんて見せられないからね!)
『ユニをイカロスと踊らせないようにしろ』、アテナはヘルメスにこう指示していた。
その指示を聞いて不思議がるヘルメス。しかし、アテナの指示ならばと従ってくれたのだ。
アテナがイカロスと踊ろうとしたユニから、彼を強引に奪ったのもそのためである。
実は、テンマがイカロスを追って人間に何度も転生していたことや最後にようやく巡り合い、夫婦となって一生添い遂げたことを知っているのはアテナだけだったのだ。
他の女神ならいざしらず、会場の若い男神の心を鷲掴みにしているユニがイカロスと踊ったら、テンマがどれほどのショックを受けるかわからない。
同時にイカロスにテンマを会わせ、彼に刺激を与えるためでもあった。
少しでも過去生を思い出してほしかったのだ。
(イカロスをテンマに直接会わせてあげたいんだが、ユニがいる前ではダメだねえ。女の勘は鋭いからね。すぐに勘繰られちまう)
アテナはこの後どうしようか考えていた。
そのころ、会場の隅では
「こちらシェム、テンマのそばにはいまだそれらしきものは見当たりません、どうぞ」
「こちらアス、まだまだこれからです。決して気を抜かないように、どうぞ」
と、そんなとき、テンマの相手が変わった。
「なっ!あれはポセイドン!」
声が高くなるシェムハザ。
「しっ、声が高いですよ。しかし、まさかオリンポス3大神のひとりがペガサスと踊るなんて」
アスタロトも興奮を隠しきれない。
シェムハザは、興奮してそれを覗いていた。だが、そのとき一瞬、何かが後ろにいる気配がした。
ビクッと振り返るシェムハザ、しかし、そこには何もいなかった。




