#12 謁見
「こい、イカロス」
イカロスに手招きをするラファエル。
「行きます、師匠」
その言葉と同時にラファエルに挑みかかるイカロス。
激しい組打ちが繰り広げられる、防具を付けているから怪我はしないだろうが、もし付けてなければ、両者ただでは済まないだろう。
それをただじっと座って見ているユニ。その顔は明らかに不満げだった。
「も~~~、2人ともその辺にしてよ!明日はアテナ様に謁見するんでしょ!」
その言葉にハッとする2人。
「イカロス、もう時間切れだな。今日の稽古はここまでとしよう」
「はい、師匠。稽古ありがとうございました」
そういうとラファエルに深々と礼をするイカロス。2人は汗だくで引き上げてきた。
「もう!折角、旅行に来ているのに、稽古なんかすることないじゃない!」
ユニはひとりで稽古を眺めていただけで、面白くもなんともなかったのだ。もっと他に楽しいことはあるはずなのに、イカロスがこれではつまらない。
「ユニ、許してくれ。イカロスの訓練も任されたのでな。天界一の戦士に育ててくれと」
「はい、師匠。これからもよろしくお願いします」
イカロスは目をキラキラ輝かせてラファエルを見た。
その表情がかわいいのか、イカロスの頭を大きな手でガシガシ撫でるラファエル。
イカロスは天性の才能で戦ってきたが、壁にぶち当たっていた。戦い方が分からないのだ。その身体能力だけでいつまでも戦い続けるわけにはいかない。そのことをミカエルに話したところラファエルに白羽の矢がたった。彼はカナーン一の戦闘のエキスパートである。彼に戦闘理論を教え込まれたイカロスはこの数日でメキメキ実力を上げていた。
だが、それは一緒に旅行に来ているユニにとって耐えがたいものだった。
なにせパートナーたるイカロスが、アテネへ来る途中の宿場宿場でラファエルと訓練訓練訓練である。
馬車の中では2人とも疲れて寝てるし。
つまりユニは、アテネに着くまでイカロスとは全く遊べてないのだ!
さすがにラファエルもユニに気を使い出した。自分からイカロスより離れないとユニが彼に近づけないのだ。ラファエルが近くにいるとイカロスはラファエルに気を遣ってユニから離れてしまうからだ。
それではいけない。
イカロスには、シャワーを浴びて夕食を取ったら自由時間にすると伝えた。
自分は自分で夕食後はアテネの酒場へ繰り出す予定である。ヘルメスと一緒に。
ということで、晴れてユニはイカロスと2人きりになれたのだ。
日が暮れたこともあり、子供2人で外出はダメとクギを刺されたため、仕方なくこの広いヘルメスの仮屋敷内の庭園を2人でブラブラしていた。しかし、その庭園は見事なもので2人を幻想的な空間にいざなっていた。
蛍の光に照らされるユニ。その愛らしい表情に吸い込まれそうになるイカロス。
「きれい・・・」
蛍の舞にうっとりするユニ。
イカロスはそっとユニを後ろから優しく抱きしめた。
それに少しびっくりしたユニだったが、イカロスの優しい抱擁に身を委ねたのだった。
ただ抱きしめ合っている2人。言葉はいらなかった。
蛍の光に照らされながら、2人の時間はゆっくりと過ぎていった。
◇
次の日、アテナ神殿にて。
イカロスとユニ、ラファエルはアテナに謁見していた。
「イカロス、ヘルメスを助けてくれたこと礼をいうよ」
アテナの言葉に、深々と礼とするイカロス。
「ところでイカロス、この部屋に来てなにか感じることはないかい?」
そのアテナの質問に、どう答えていいか分からず狼狽するイカロス。
「な、なんとなく知っているような気がします。このアテネに来てからずっと思っていました。僕はここを知っているような気がします。でもそれだけなんです。それ以上なにもわからなくて・・・」
イカロスは自分が何者なのかわからなくて悩んでいたのだ。その不安がアテナの一言で一気に爆発した。
「アテナさま、僕は何者なんでしょう?生まれる前に何があったんですか?これから何をすればいいのですか?」
イカロスがこんなに不安定になったのは初めてである。心配するユニ、ラファエル、ヘルメス。
そんなイカロスをアテナは抱きしめた。まるで泣きじゃくる赤子を抱くように。
「心配ない。過去に何があろうとお前はお前だ。いずれ己の役目に気づく時が来る。それまでの辛抱じゃ」
アテナはイカロスを離し、続けた。
「今は考えるな。見たまま感じたままに生きよ。ユニを大事にするのじゃぞ」
その言葉で顔が真っ赤になるユニ。
その後、イカロス、ユニ、ラファエルは観光のため出かけて行った。
短い謁見であった。しかし、元々この謁見は短い時間で終了する予定だったのだ。イカロスの反応を見ることだけが目的だったからだ。
「ヘルメス、見ていてどう思った?」
アテナは残ったヘルメスに話しかけた。
「思ったより手ごわいですね。姉上を見れば思い出すと思ったんですけど」
「あたしもそう思ったよ。思い出しやすくするために、わざわざこの部屋で会ったんだし。そこにある盾もサンダルも引き金にはならなかったみたいだね」
「この部屋でしたね。僕が彼にこの翼のついたサンダルを、姉上がこのアイギスの盾を貸し与えたのは」
「ちょっとは思い出してほしかったな~~~」
本音が出るアネナ。それを笑うヘルメス。
「まあ、まだチャンスはありますよ。パーティーでは過去の彼と面識のあったものが大勢来ますからね。みんなびっくりするでしょうね。今頃になって現れたんですから。どうして彼はこんなに遅くなったんですか?知ってるんでしょ?そろそろ教えてくれませんか?」
ヘルメスはアテナにイカロスの過去の秘密について問いただした、だが・・・
「すまん、それはまだ言えん」
アテナは答えなかった。その表情は急に暗いものとなっていた。
(許しておくれイカロス。でもあれの因果の糸を断ち切れるのは、彼女を本当の意味で開放できるのはあんたしかいないんだよ)
アテナは思い出したくないもの思い出したようで、ひとり暗い顔をしていた。
ヘルメスはそんなアテナを黙って見守ることしかできなかった。
◇
「では作戦の確認です。まず会場に入ったらペガサスの女王の位置を確認します。会は進行すると必ず社交ダンスへと移行します。ここがチャンスです。ここではあの化け物も彼女から離れざろうえません。おそらく『首』が彼女に接近するとしたら、このときでしょう。彼女に首が接近したら、この壺を持って首に近づき、首を吸引するのです。そのとき私は、会場の照明を一旦落とします。その隙に、逃げ出すのです」
アスタロトはシャムハザに作戦を説明していた。
「そんなうまくいくのか?大丈夫なのか?」
シェムハザは不安げにアスタロトに問い直した。
「大丈夫です。抜かりはありません。あとはあなたの度胸だけです!さあ、ついに『首』が手に入るのですぞ!天界の王への第一歩です。楽しみですね~~」
アスタロトはシャムハザの不安など気にする様子もなく、はしゃいでいた。
そんなアスタロトに多大な不安を覚えるシェムハザだった。
ここはペガサスの屋敷
「ねえ、アルカイオス、このドレスはどう?」
テンマは部屋中にドレスをまき散らして、あれでもないこれでもないとドレス選びに夢中であった。
「どれもお似合いですよ、姫」
そんなテンマをほほえましく思うアルカイオス。
(だが、首が現れたとなると、油断はできないな。いつどこで襲われるか・・・)
アルカイオスは今度のパーティーに対して胸騒ぎがしてならなかった。
「ねえ、アルカイオス?」
「なんですか、姫?」
「どうしてアルカイオスはあの人に似ているの?」
「あの人?」
「テンマの旦那様。いつも夢の中に出てくるのよ!」
突然の告白に驚くアルカイオス。
「優しくてかっこいいの。いつもテンマを守ってくれるの!」
そういうとアルカイオスをじっと見つめるテンマ。
「アルカイオスも好きよ。いつもテンマを守ってくれるし」
テンマはそういうと、窓の外をじっと見つめだした。
(会いたいな~~。どこかにいるのかな?)
テンマはまだ見ぬひとに思いをはせた、そしてこのとき、その機会がまじかに近づいているなどと思いもよらなかった。
そしてパーティー当日の朝、アテネの高級洋服店から石化した店員が見つかった。




