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【第1章完結】碧眼の花と緋の刃  作者: 伊太利 ひなぎく
第1章

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第23話 後編《動き出す影③》


その日の夜、ラルフはツェントルム郊外の人気のない通りを歩いていた。

背後の気配に神経を研ぎ澄ませながら、路地を一つずつ確認しては進む。


(ちょっと警戒し過ぎな気もするけど……でも、ここでヘマをするわけにはいかないからな)


そう考えながら歩いていると、やがて目的地である廃教会へとたどり着いた。

蝶番の外れかかった扉をそっと開き、中へと足を踏み入れる。

割れたステンドグラスや壁の破片が床一面に散らばっており、1歩歩くたびにパキッと乾いた音が室内に響いた。


「……来たか、サヴォイア曹長」


その声にラルフが顔を上げると、中央の祭壇に1つの影が見える。

その時、月を覆っていた雲がわずかに割れ、冷たい銀の光が差し込む。

廃教会の中心に立つ男の顔が、ゆっくりと照らし出される。

ラルフを見下ろす男の琥珀色の瞳は、どこまでも静かで、どこまでも狂気を孕んでいるように見えた。


挿絵(By みてみん)


「お待たせしました、シュヴァイガー大佐」


ラルフは祭壇の上に佇むハインツにサッと一礼する。


「さて……早速だが報告を聞かせてもらおうか」


ハインツの言葉に、ラルフは「はい……」と口を開きかけてふと思いとどまる。

全員で山中を駆け抜けた光景や、つい数時間前に7人でサンドイッチを頬張った光景──遠征訓練中での出来事の数々が脳裏を掠めた。


(本当に、全てをありのままに報告して良いのか?)


そう考えながら言い淀むラルフに、ハインツは怪訝な表情を浮かべる。


「曹長、どうしたのかね?」

「あ、いえ……色々あったもので、どこからお話ししたものかと」


先ほどの疑問が、頭の中をぐるぐると何度も駆け巡る。

やがて、ラルフは意を決して口を開いた。


「まず、到着早々に発電機の断線については気付かれましたね。ありがたいことに、それ以上を追及する気配はありませんでしたけど……」

「ふむ、気付いたのは誰だ?ひょっとして──」

「お察しの通りですよ。あの子、工学部在籍でしょ?」


ラルフの返答に、ハインツは「なるほど……」と納得したような表情を浮かべる。


「修理を試みた結果ということか。他に、クロイツァーたちに何か勘付かれたことは?」


ハインツの問いに、ラルフは一瞬考え込んでからすぐに首を横に振った。


「いえ……()()()()()()()。その前の週に、総出で諸々回収した結果かと」

「そうか……まあ、こちらとしてもその方が好都合だな。では、訓練スケジュール通りに動いたということか?」

「あ、そこについてなんですけど……」


ラルフはそう言うと、山中で熊と遭遇したことやソニアとユリウスが一時遭難したこと、最終的に熊は討伐したことを簡単に報告する。


「大型の熊、か」


そう呟くハインツをじっと見つめつつ、ラルフは口を開く。


「あの熊……ひょっとして、共有情報にあった熊だったんですか?」


その問いに、ハインツはコクリと首を縦に振る。


「そうだ」


淡々とそう言い切るハインツに、ラルフはグッと拳を握りしめた。


「あんな獰猛だとは、一言も聞いてませんでしたよ?幸い、()()()()()()全員ピンピンしてますけど……」

「何を言うか、熊はそもそも獰猛なものだろう?」


ハインツはため息をつきつつそう言うと、冷たい視線をラルフに向ける。


「君の役目は、あの劣等種を我らテオリム教のものとするための協力だ。それ以上でもそれ以下でもない」


そう言うハインツの様子に、ラルフは思わず俯いてしまう。


(この人は、本当に他人のことを駒としか思ってない……だけど、それよりも──)


そう考えつつラルフは顔を上げると、以前からの疑問を口にする。


「どうして、そこまでして彼女を?」


ラルフがそう問いかけた瞬間、ハインツは彼を無言でじっと睨みつけた。

その圧に、ラルフは背中がゾクリとしてしまう。

ハインツは俯いて小さくため息を漏らすと、ラルフに向き直る。


「……君は、自分がそれを知るべき立場だと思っているのかね?」


まるで全身を刺してくるかのような鋭い声色に、ラルフは瞬時に頭を下げた。


「申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」


そう言う彼の額に冷や汗が伝う。


(俺はただ……あの子が、なぜそこまで執拗に狙われるのかを知りたかっただけだ。このまま利用されるなら、せめて理由だけでも……そう思っただけ。でも──)


少しでも言葉を、行動を間違えれば…自分の命はない──ハインツの放った言葉には、そんな意図が見てとれた。

そんなラルフの様子に、ハインツはやれやれと再びため息をつく。


「わかれば良い。立場をきちんと弁える者は長生きできるからな」


そこまで言ったハインツは、ふと不機嫌そうな表情を浮かべる。


「それに比べてあの男……」

「クロイツァー大尉のことですか?」


そう尋ねるラルフの言葉に、ハインツは思わず舌打ちした。


「覚えておくと良い、ああいうタイプは早死にする。全く、無関係なことにわざわざ首を突っ込めばどうなるのか……いずれ思い知らせてやる」


苛ついた様子を見せるハインツ。

そんな彼に、ラルフは言葉を選びながら口を開く。


「……大尉への手出しは、危険なんじゃありませんでした?」

「その通りだ。が、方法がないわけでもない」


ハインツの言葉に、ラルフは一瞬目を見開いた。

そんな彼の様子に気付かないまま、ハインツは言葉を続ける。


「とはいえ、こちらも可能な限りリスクを背負うのは避けたいからな。とりあえずは、低リスクであの小娘を奪うことが最優先だ」

「再来月は、結局諦めるんです?」


そう問いかけるラルフに、ハインツはやれやれとため息をつく。


「致し方あるまい。あの男もいない絶好の機会だと思っていたが……あれの部下が研修官で入るというのならば、尚更第2回に延期してしまった方が安全だろうからな」


ハインツの説明に、ラルフは腕を組んで考え込む。


「確かにそうですね……研修官は半年なんでしたっけ?」

「そうだ。向こうが延長を試みてくる可能性は大いにあるが……そこを見越して、予めこちら側で妨害工作を仕掛けておけば、特に問題にはなるまいよ」


そう説明しながら、ハインツはじっとラルフを見つめる。


「君がこのままきちんと働いてくれるのであれば、()()()()については君が心配する必要は何もない。私の言いたいことは、理解できるな?」


その言葉に、ラルフは静かに目を閉じるとゆっくりと頷いた。


「……もちろんです。今後もきちんと大佐の指示通りに動きますのでご安心を」


ラルフがそう言うと、ハインツはニコリと笑う。


「これからも引き続き頼むぞ、サヴォイア曹長」

「はい。では、俺はこれで失礼させてもらいます」


ラルフはサッと一礼すると、くるりと向きを変えて出入り口へと向かっていく。

扉が静かに閉まり、ラルフの足音が遠ざかっていく。


廃教会に再び沈黙が戻る。


ハインツは、壁に背を預けるようにしてしばし目を閉じた。

そして、静かに目を開くと部屋の隅を見据える。


「……もう出てきて構わない」


その言葉に、物陰から人影が姿を現す。

テオリム教の司祭の衣装を纏った男は、口元をニヤリと歪ませた。


「相変わらず、貴方様は人を脅すのがお得意ですな……」

「私がいつ脅したのかね?彼とは、合理的な取引をしているまでだ」


ハインツはそう答えつつ、小さくため息をつく。


「あれこれと自分で動くには、少々出世し過ぎてしまったのでな。手足となる存在が必要であろう?」


その言葉に、司祭はくっくと笑う。


「仰る通り……ですが、あの男をこのまま使い続けて問題ないのですか?対象と近過ぎても、下手に勘付かれる恐れもあるかと存じますが……」

「勘付かれたところで、彼が我々を裏切ることは()()()()()()()からな……実に有用な駒だ」


ハインツはそう言いながら腕を組む。


「何より、彼のおかげで我々は今、あの劣等種に監視をつけられているようなものだからな」

「その通りでございますな。これぞ、主のお導きなのでしょう」


司祭はそこまで言うと、じっとハインツを見上げた。


「しかし、ようやくアーネンルーエ聖域(我らが聖地)の管理権が目前に迫ってきたというのに……運命の巡り合わせというものは非情なものですな」

「構わんよ。今となっては、あの劣等種の方が余程重要だからな……あれさえ手に入れば、管理権の有無など誤差の範囲だ」


そう言うハインツに、司祭は顎に手を当てて考え込む。


「しかし……まさか、15年前に逃げ切った個体がいたとは」


それを聞いたハインツは小さく頷いた。


「記録まで丸ごと書き換えていたとなると、あの劣等種共、あの時点で既に小娘の()に気付いていたのだろう」

「してやられましたな……ですが、あれもいずれ我らが手中に戻ることになるでしょう」


その言葉に、ハインツは司祭に鋭い視線を向ける。


「その通りだ。そのためにも……わかっているな?」

「もちろんでございます。教会員一同、入念に準備を進めさせていただく次第です」

「うむ……数千年にも及んだ探究の旅も、これでようやく終わるだろう」


ハインツはそう告げるとニヤリと笑う。


「我らテオリム教の目的が果たされる日も近い。君たちも、心してかかりたまえ」

「はっ。教会員にもそのように伝達いたしましょう」


司祭はサッと頭を下げると、そのまま廃教会を後にした。


1人残されたハインツは、ゆっくりと祭壇の方へと振り返る。

薄暗い廃教会の中で、祭壇の上の薄汚れたエンブレムだけが月明かりに照らされていた。

その下で、男は微笑む。


「──真実を知った時、奴らはどんな顔をするのだろうな」


不敵な笑みを浮かべながら、ハインツはそう呟くのだった。

第1章は、ここで一区切りとなります。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。


それぞれの思惑が交錯する中、物語はまだ続いていきます。

彼らが辿る先に何が待っているのか──

その行く末も、見届けていただけましたら幸いです。


現在、第2章を執筆中です。

更新再開まで少しお時間をいただきますが、

もしよろしければ、ブックマーク等でお待ちいただけますと励みになります。


また、第1章完結記念として、16日0時よりKindle版第1巻(12話まで収録)が発売となります。

大幅改稿、キャラクターデザイン及び挿絵を一新、

描き下ろしとキャラクター紹介等が追加されておりますので、

ご興味のある方は是非にお手に取っていただければ。


今後とも、本作をよろしくお願いいたします。

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