英雄と運命
友人の張要の好意によって護送隊が行軍を休止している間、呂布は今回の己の失脚劇の本質を考えていた。戦いは順調に進み、後一歩で反乱軍の首謀者達を捕縛出来た。しかし、全てが順調であったことが、本国の主流派に疑念を抱かせたのだろう。全ての徳の中の最高の徳は中庸であるとアリストテレスは言う。
「勝ちすぎたのだ」これが今回の失敗の本質であったと呂布は思った。
そもそも、この戦いの目的は何であったろうか。大将軍に任じられたからには、反乱軍を戦場で蹴散らし、首謀者を捕らえ長安に連行する事だと、自分は素朴に考えていた。
しかし、それは余りに皮相な行動ではなかったか。大将軍などと煽てられてもアリストテレスに言わせれば、所詮奴隷の行動原理でしかない。
《狡兎死して良狗煮らる》と我が国の故事にもある。主人に気に入られるように一生懸命獲物を取ってきても、主人の気が変われば捨てられるだけだ、今の自分のように。
呂布は位人臣を極め王にまで上り詰めながら、死罪を命じられた古の大将軍韓信の事を思った。
まさに、わしの立場は淮陰侯(韓信)と同じ。
・・しかし、一体彼はどうすればよかったと言うのだ。
韓信は軍事の天才であり、彼が才能を発揮するのは、言わば自然によるものだ。
自然・・即ち天が彼を作り、才能を発揮させたのである。もし韓信が一生涯才能を隠し続けたら、彼は苦悩と鬱屈で気がおかしくなったであろう。しかし、その才能を発揮することによって身を滅ぼしたのも事実なのだ。
《人間の最大の特長は知性である。知性を発揮するときに人は幸福であり、知性ある人間だけが中庸を知る》とアリストテレスは言うが、
韓信と共に功績を称えられた前漢の三英傑の一人、張良こそが、智者の振る舞いであった。
張良は中庸を理解していたと言えるだろう。
「奉旋、そろそろ参ろうか。」物思いに耽る呂布に張要が声をかけた。
張要は馬を連れてきて呂布にあてがった。
「この馬に乗れ。この先どうするも貴公の自由よ。」




