59 ワクワクして来た笹岡空将補
クラリッタとの共同生活は順調に時を重ね、日が経つほどにその仲を深めていると誰もが思っていた。
だが、スフィダンテのプレイヤー・ウィールが未知のテクノロジーで封入されていた事から、クラリッタはプレイヤー・ウィールに触れる事は叶わず暗礁に乗り上げてしまう。
クラリッタのポータルが示した言葉『スフィダンテの心に触り当ポータルを完全起動させよ 』ーーこの言葉が何を意味しているのか全く分からなくなってしまったのである。
神州の格納庫に収まった状態、格納スタイルの『社モード』のままだからクラリッタのポータルは反応を示さないのかと考え、神州のプリズム迷彩に身を隠しながら戦闘直立モードに移行してみても結果は同じ。まるで反応しない。
クラリッタも智也も一体何が正解なのかと頭を抱えつつ、暗中模索のままあっという間に二週間が過ぎてしまったのである。
◆ ◆ ◆
「クラリッタ君は今でも飄々(ひょうひょう)と構えていますが、逆に犀潟君の方がプレッシャーを感じているみたいですね」
「なるほど。彼女のためにと、真剣に頑張ってるのですか」
「いやあ、どうでしょう? 犀潟君は集団生活が苦手なのか、群れようとしませんからね」
「案外、厄介払いのために必死になっていると? 」
「その線は捨て切れませんね」
「わはは! それは勿体ない。あんな綺麗なお嬢さんを前に逃げ腰とは。私なら前へ前へと自分を奮い立たせますがね」
「いやいや、全くです」
巡空艦神州の士官室、長テーブルに真っ白なテーブルクロスが目に痛い格調高い部屋で今、榎本艦長は来客を迎えている。
それは、今の今まで有名無実の存在であった『航空自衛隊 空陸機動団』がいよいよ戦闘部隊として組織化を開始し、具体的に動き出した事を意味していた。
今までの空陸機動団はあくまでも予算獲得の組織であり、主に日本共和国亡命者の受け入れ施設であるリトルナガサキの管理運営を行う事務方の隊員がそのほとんどを占めていた。
しかしいよいよ戦闘部隊として組織化するよう命令が下り、先に選抜されていた幹部士官や下士官の頂点に立つ者が赴任して来たのである。
・航空自衛隊 空陸機動団 団長
笹岡義郎空将補
空将補とは、航空幕僚長と空将に続く将官であり、海外の軍隊の序列においては少将又は准将の立場にある。
空将補は航空基地の副司令クラスの権限を有し、旧日本共和国空軍の巡空艦神州の艦長である榎本中佐を凌ぐ階級を持って、巡空艦神州をも含めた独立戦闘群として空陸機動団を包括指揮するのである。
ーー本日は榎本艦長と面談し、防衛出動時における神州の搭載能力について話を詰めに来たのである。
防衛出動と一概に言っても様々なケースがある。
敵リバティ・ギアが異世界から現れた際に、その対抗手段としてスフィダンテを迎撃に向かわせるのが、今現在の巡空艦神州の主たる任務となってはいるが、敵の本質はリバティ・ギアではない。
あくまでもこの国土を蹂躙しようとして現れるのは異世界のソビエト連邦である。
よって、突如この世界に現れて侵攻を開始する異世界ソ連軍の部隊編成に沿って、こちらも充分な対抗措置を講じながら防衛出動しなければならないのである。
……リバティ・ギア同士が派手な闘いを行なっているその足元で、異世界ソ連軍がどんどんと部隊を展開したとしても、自衛隊が何らかの対抗措置を講じていなければ、それはもう負け戦同然なのだ……
防衛出動命令が下った際、スフィダンテと共に神州に搭乗する地上部隊。異世界ソ連軍の地上侵攻部隊に応戦出来る、必要最低限の地上部隊と各種兵装。
そして侵攻して来た異世界ソ連軍の規模を見据えた上での空陸機動団部隊編成。……神州にこれでもかと防衛装備を満載すれば、当たり前の話足が遅くなる事から、適切な積載重量に抑えなければならないのだ。
会議は自衛隊側の一方的な“お願い”で終わる事無く、神州に積んだままになっていた余計な荷物を降ろしたり軽量化を重ね、有事即応体制の向上を図ると言う榎本艦長の約束を引き出して無事終了した。
会議が終了したのちの事……副団長の堤一等空佐と、幕僚の郷田二等空佐が席を後にし、神州側も岸田副長と徳永少佐たちが退出した後、お茶でもどうですか? と、榎本艦長と笹岡空将補の一対一の対談が始まったのである。
話題はもちろん智也とクラリッタについて
二人の現在の関係に苦笑しながらも、今後についての展望を意見交換していたのである。
犀潟智也については、初戦であったリバティ・ギア・アレスタイプの撃破後に罪の意識が芽生え、PTSDの可能性があると報告を受けている事。次戦のヘラタイプの際は持ち直したかに見えるも、いずれにしても今後においてカウンセラーの存在は必要不可欠だとの認識で一致した。
そして話題がクラリッタに移った途端、二人の表情は今まで以上に無い真剣さに変わり、部下の前では話せないような内容の会話を始めたのだ。
「クラリッタ嬢については、現有戦力でないのは明白ですが、今後についても過度な期待は禁物かと判断します」
「榎本さんもそう感じますか? 正直私もそう考えておりました。リバティ・ギアが発現してもしなくても、彼女はここに長居はしないのではないかと」
「おっしゃる通りです。発現すれば合衆国戦力として連れ戻されるでしょうし、発現しなければ役立たずの烙印を押される」
「我々の認識以上に合理的ですからね、彼の国は」
「彼女と一緒に監視役が乗り込んで来るかと思ったのですが、一人もいなかったのが意外でした」
「一応、日本政府と自衛隊側に誠意を示しての事だと聞いてはいますが、、、」
「笹岡さん、あなたの部隊を貶めたり名誉を汚す気は全くありません。それを前置きした上で意見具申したい事が」
「いや榎本さん、あなたがそれをおっしゃらなくて良い、わざわざ悪役に回る必要は無い。私もそれは承知しとります」
榎本が危惧している事、そしてそれは言わなくて良いと押し留める笹岡、二人の認識は言葉にしなくてもバッチリと合っていた。
『空陸機動団、旅団規模約七千名の自衛隊員の中に、CIAのスパイがいる可能性』ーーそれを示唆しているのだ。
鉄の絆で結ばれた自衛隊員、そこにスパイが潜むなどと指摘すれば気持ちの良い話ではない。だから榎本は先に謝り、笹岡は承知の上だと遮ったのである。
「榎本さん、この国はスパイ天国なんですよ。公安も動いてはいるが、どうしても対象は赤国 (あかこく・仮想敵国)になってしまう」
「同盟国のヒューミント(スパイ活動)に甘くなるのはどこも同じですよ」
「彼女に対して危害を加える目的は無いのでしょうが、正直腹の中を蠢かれるのは面白くない。内々に管理体制の強化は行う積もりです」
承知しましたと榎本は言いながら席を立ち、コーヒーサーバーのポットを手にお代わりを注いでやる。この笹岡空将補なる人物、なかなかに見通せる眼を持った人物だと感じているのか、榎本は楽しげな顔付きだ。
「笹岡さん。スパイはクラリッタ嬢を監視するのではなく、クラリッタ嬢に近付く者を監視するのだと思われます」
「一理ありますな、合衆国側は彼女が指示に従わなくなるのを一番警戒するはずだ」
そこでですーーと榎本は眼を光らせる
異世界ソ連軍の侵攻に対して少しでも戦力を整えたい我々としては、クラリッタをお客様扱いしてそのままアメリカに帰らせるのではなく、長期戦力として期待する存在に育て上げるべきだ。そう榎本は主張したのだ。
それには笹岡も心の底から同意し、榎本がその先何を提案して来るのか期待し前のめりになる。
いくらクラリッタが合衆国の庇護にあり、合衆国政府の意向に従わなければならない立場にあったとしても、いざリバティ・ギアが発現して唯一無二の存在になれば、いくら合衆国が自由主義諸国のリーダーで軍事大国であったとしても、契約者に嫌われればそこで終わりなのだ。
つまり、クラリッタのリバティ・ギア発現に関して協力的であり、なおかつ彼女が居心地の良い場所だと思ってもらえる環境作りをすれば良い。アメリカに帰りたくないと本人が主張する状況を作り上げるのだ。
「そうならないようにCIAが警戒しているのじゃないのかね? 」
「もちろんです。だが我々が暗躍しなくても、彼女が自然と帰国したくなくなる良い方法が一つあります」
「ほう! それは興味深い。小官にも是非お聞かせ願いたい」
「簡単ですよ。犀潟君と仲良くなってもらえば良いのです」
笹岡はポカンと口を開けて一瞬動きを止める。
いやいや、この目の前にいる人、ひどく当たり前の事言ってるけど、自信満々の策と言ってそれかよーーと 榎本から出た言葉があまりにも当たり前過ぎて、思考が停止してしまったのだ。
だが、榎本の言葉には必ず裏があると踏んだのか、笹岡の頭脳は急速に回転を始め、やがて導き出した結果を噛み締めながら盛大に笑ったのだ。
「なるほどなるほど! 男女の仲などと下卑た事までは言わんが、犀潟君とクラリッタ嬢が親睦を重ねて仲良くなれば、帰国命令が出たからと言って、帰りたいとは言わんな」
「そうです、余計な入れ知恵などしなくても、彼らが互いを理解して思いやってくれるような、そう言う環境を作れば良いと思います」
豪快に笑う笹岡と苦笑する榎本、どうやら共通認識は完全に構築されたようだ。
「榎本さん、ちょうど良いタイミングだ。部隊が揃って来たから習熟訓練を始めようとしてたんだ。あの二人……ちょっとお借りするが宜しいかね? 」
「お借りするも何も、あなたの部隊ですよ」
こうして、智也とクラリッタは日々の生活において、今まで以上に肩を並べて同じ時間を過ごす事になったのだ。




