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第三十五話 背水の陣

 あまりの大きさに足がすくむ。

 魔物の咆哮が鼓膜を揺らし、俺はハッとした。


「みんな、逃げ……ッ!」


 遅かった――いや、相手が早すぎた。

 その巨体からは考えられない速度で迫った大狼。

 突進をもろに食らい、数メートル先の壁に叩きつけられる。


「「ハコヤ⁉︎」」


 パリン、とガラスが割れるような音がした。

 武器屋の少年から買ったお守りが致命傷を防いだのかもしれない。


「だ、大丈夫だ。あと六回は防げる」

「大丈夫なわけないでしょう! 早くしないとまた来るわよ!」

「いいから逃げるんだ! 一分くらいなら稼げるし、ここは死んでもいい迷宮だろ?」

「なら私もここで死ぬわ! 入り口まで戻るの面倒だし!」

「私もー」


 本来なら、いい仲間を持ったとでも言うべきなのだろうが。

 とても説得力のある理由を口にされて微妙な気分になる。


「でも、その……」

「あなたがカッコつけるのは百年早いわ!」


 そう言いながらエレナが弓を放つ。

 敵の脇腹に突き刺さるものの、相手は動じた様子を見せない。


「わかった。エレナは遠くから急所を狙って。エロンは隙を見て下から魔法を」

「任せなさい」

「はい」


 俺の攻撃力はたかがしれている。

 相手はC級最強と名高い魔物、一撃で仕留めることはできないだろう。

 箱さえあれば、などとは考えず、手数を増やして地道に傷を負わせるしかない。


 地面を蹴り、相手めがけて走る。

 先手必勝を心がける俺にとって、もはや癖のようなものになりつつある行為だ。

 それが状況によっていかに失策であるか、同時に走り始めた大狼を見て悟った。


「グルゥゥゥゥ!」

「……なっ⁉︎」


 まるでくろがねの砲弾に突っ込むような錯覚に陥る。

 むしろ砲弾に勝る勢いの頭突きを食らい、再び吹き飛ばされた。

 これでは傷を負わせるどころではなく、いかに長く囮になれるかという話になる。


「ウォールアッパー!」


 エロンが地面に触れると、大狼の真下に魔法陣が展開される。

 壁が撃ち出され、天井に衝突するものの、大狼は余裕を持って避けていた。


「初見であれをかわすって……。魔法陣で勘付かれたのか?」


 エロンも避けられるとは思っていなかったらしく、あたふたしながら壁を引っ込めた。

 俺はかろうじて手放さなかった剣を構え、二人に注意が行かないよう走り始める。


「ゴルルッ!」


 再びこちらに襲ってきた大狼。

 タイミングを見計らい、右に大きく飛んで転がる。

 相手もなんとか反応したようだが、遅れて出た爪は空振りした。

 初めから避けることを意識していたからだろう。


 すぐに体勢を整え、相手に向き直った。

 見れば、大狼は急には止まれないらしく、また突っ込んでくるまで時間を要していた。

 嫌なことに、今度は速度を落としてこちらに向かってきている。

 隙のない小ぶりな攻撃をしようというのか。

 俺が前の犬と戦った時の作戦と同じだ。


「ガァ⁉︎」


 急に大狼の動きが止まる。

 エレナの矢が相手の左目を貫いたのだ。


「今よ!」

「ウォールアッパー!」


 魔法陣が現れたのを見て、俺は素早く飛び退く。

 同時に壁が盛り上がり、大狼を天井に押し付ける。


「ゴルゥゥ‼︎」


 大狼は身動きが取れず、恨めしそうに鳴いた。

 壁を受ければ潰れるかと思ったのだが、四本の足で踏ん張っている。

 なかなかタフらしい。

 とりあえずエロンのところに集まって会議をする。


「矢があと少ししかないわ」

「ハコヤ、魔法疲れる〜。早くして〜」

「できれば今のうちにとどめを刺しておきたいな」


 もともと狼が巨体であるため、壁は1メートルに満たない高さで止まっていた。

 あれくらいなら俺でも登れるだろう。


「よし、俺が剣でなんとかしてみる」

「なんとかなるのかしら」

「やらないよりはマシだ。……待て、あれは何だ?」


 ふと大狼が口を大きく開けているのに気づく。

 煙を出す量が増え、ドラゴンが炎を吐く寸前のような、銃口を向けられた感じがする。

 やばい。


 ――ボウッ!


 火球が打ち出され、洞窟を照らしながら飛んでくる。

 俺は手を広げ、仲間をかばうように受け止めた。


「くっ、早く!」


 数度宝石が割れて、バリアが発動したのがわかった。

 構わず抑え続け、二人が射線から外れたのを確認してから、地面に倒れるように回避した。


「び、びっくりしたぁ。ごめん、今ので魔法が解けちゃった……」

「あんな技を隠し持っていたとはな」


 ブレイズウルフ、炎の狼。

 その名に違わず、口から炎を吐くことで知られている。

 もっとも、魔力の大半を失ってしまう諸刃の剣なので、滅多に使うことはないらしい。


 バリアはあと何回持つだろうか。

 首飾りを確認すると、残っている宝石は二つだった。


「あんな大技を使った後だ、相手も弱っているはずさ。俺が一気にけりをつける」

「わかったわ。気をつけなさいよ」


 そうは言ったものの、大狼はまだ余力があるらしい。

 体の自由を噛み締めるように地面を引っ掻き、こちらを睨んでくる。

 ――来た。


「ゴァァァァ!」

「ふぬっ!」


 相手の牙を剣でなんとか逸らす。

 痺れる手足に鞭を打ち、同じ場所にとどまらないよう動き回る。

 巨体の欠点は死角の多さと、周囲を確認するのにかかる時間。

 それを利用して相手を疲弊させ、絶好の隙を突くつもりだ。

 無論、でたらめに攻撃されたらひとたまりもなく吹き飛ぶだろうが。


「ぐっ……!」


 案の定、大狼が振り向く際に後脚が俺に直撃する。

 地面を滑って受け身を取るが、また攻撃の機会が遠のいてしまった。

 幸いバリアは発動しなかったらしいが、中途半端に痛みが残って動きづらい。

 アドレナリンが切れれば激痛と化すかもしれない。


「ガルル……」

「…………」


 構えを解かずに睨み合う。

 お互いに視線を逸らさない。

 体格も実力も劣っている俺が、なぜ強者に立ち向かうのか。


「ふっ、なんでだろうな」


 自分を変えたいから。

 仲間を守りたいから。

 理由ならいくらでもつけられるが、どれが本当か自分でもわからない。


 ……どうでもいい。

 戦闘に集中しないと。


「ガルッ!」

「……ビンゴ!」


 大狼の顎が、獲物を狙って素早く動く。

 敵の動きに山を張っていた俺は、斜め右後ろに飛んで想定通りに避けた。

 開かれた大狼の口に、すかさずエレナの矢が突き刺さる。


「ガ……ッ‼︎ ガアアアアアアアア‼︎」


 喉を穿たれた狼は、涎を垂らしながら苦しそうに絶叫した。

 大きな隙が生まれ、俺は待ってましたとばかりに脇腹を突き刺す。


「ガオォォォォォォ‼︎!」

「ぐぎっ……!」


 分厚い脂肪に剣が阻まれ、致命傷までとは行かなかった。

 挙句、滅茶苦茶に暴れ狂う大狼に巻き込まれ、地面に叩きつけられる。

 バリアが発動した。

 残り一回。


 少し距離を取り、暴走が鎮まるのを待つ。

 今ので決められなかったのは歯がゆい。

 やはり攻撃力が足りないのか、それとも狙った部位が悪かったのか。

 が、あの反応からして、効いていないということはなさそうだ。

 相手が倒れるまでやるしかないのか。


 俺はエロンに目配せをし、大狼に向かって駆け出す。

 こちらに気づいた相手は、懲りずに口を開けてきた。


「……まさか⁉︎」

「ガァァ‼︎」


 ――ゴォォォォ‼︎


 メラメラと燃え盛る、威力が増した火球が迫る。

 前回より近い距離で放たれた高熱の塊に、俺は避けもせず飛び込んだ。


 パリン。


 バリアが割れる音がした。

 火球を防ぐものがなくなり、俺は焼かれる前に炎を突っ切る。

 ついに大狼と対面し、心臓が大きく波打つ 。

 バリアは七回使い果たし、一撃でも食らえば即死。

 背水の陣をしいた以上、ここで止まれば勝ち目はない。


「ゴアア‼︎」


 振るわれた大狼の右腕。

 体がとらわれそうになる。


 止まらない。

 限界以上の力で地面を蹴り飛ばし、さらに加速!


「――――ッ」


 鋭利な爪が空を切る。

 片目を見開いた大狼の下をくぐり、懐に踏み込んだ。

 即座に剣を垂直に構える。


「うぉぉぉぉぉ!」


 無防備な腹を力の限り突き上げる。

 刃は半ばまで刺さるものの、内臓には届かない。


「今だ!」

「ウォールフォール!」


 刺した剣を手放すや否や、エロンが魔法を発動させる。

 俺が後ろに飛んだ直後、天井から壁が降りかかった。


 ドゴォォォォォォォォン‼︎


 さながら鉄槌を下すかのごとく、大狼は潰される。

 その勢いで剣がさらに深く刺さり、声も上げずに脱力した。

 皆が固唾を吞んで見守る中、巨体が消えて魔力が消散する。


「よっし!」


 思わず両手を挙げてガッツポーズをとった。

 駆け寄ってきたエロンともハイタッチをする。

 エレナの方も見るが、困惑しているらしい。


「何よ今の……」

「ノリ悪いなぁ。にしてもいい戦いだった」

「いい戦いだった〜」


 喜びで心臓が引き締まるような感じだ。

 エロンが壁を戻し、倒れている剣を取りに行く。

 剣を拾おうとして、力が抜けてへたり込んだ。


「ちょっとハコヤ? どうしたの?」

「気にするな。勝利の余韻に浸ってるだけさ」

「私も疲れた〜。だら〜」

「よく頑張ったな、頭撫でてやろう」

「えへ〜」


 すぐ隣で横になるエロンがなんとも微笑ましい。

 だらしなく緩んだ頰を見て、こちらも頰が緩んでしまう。


「さ、さっさと次の階層に行くわよ!」

「え〜? 休憩しようよ〜」

「俺はもう帰りたい。もう疲れて動けない」


 今になって、体の至るところが痛み始めた。

 あんな死闘を繰り広げたんだし、当然か。

 なるべく心配はかけたくないな。


「帰るにしても、結構な距離を歩かないといけないわよ」

「うへぇ。エレナ、俺を出口まで背負ってくれないか」

「私もおんぶしてほしい〜」

「はぁ、しっかりしなさいよ。私まで疲れてきたわ」


 エレナもつられて地面に座る。

 女の子座りとかを期待していたのだが、あぐらだった。

 それはそれで悪くないのだが。


「いやぁ、お見事お見事。面白い倒し方だね。普通は逃げて次の階層に行くんだけど」


 奥の方から音が聞こえてきた。

 俺は慌てて起き上がり、反射的に戦闘に備える。

 いや待て、落ち着け、あれは人の声だ。


「銀髪……まさか邪神か⁉︎ はっ、箱持ってない! 詰んだ!」

「邪神? 心外だなぁ、あんなロリと一緒にしないでよ」


 黒いセーラー服を着て現れたのは、銀髪を短めのポニーテールにまとめた碧眼の少女。

 生意気な十代の若者といった感じだが、邪神をロリ呼ばわりとは、只者ではないな。

 なんだこの違和感は。

 そうだ、なぜセーラー服を着ている。


「私はミカ。謎に包まれた美少女さ」

「自分で言うなよ」

「そんな美少女が迷宮の奥で何をしているのかしら」


 エレナが前に出て問う。

 ミカとやらは学園の生徒なのだろうか。


「君たちを歓迎しているのさ。若き冒険者さん、ようこそ迷宮へ!」

「「「…………」」」

「迷宮にはたくさんのものが眠ってるんだ。夢、浪漫、宝。もちろん、魔物や罠などの危険も眠ってる。でも、障害を乗り越えてこその冒険さ」

「よくわからないが、君は迷宮の管理人って認識でいいのか?」

「えっ、いやその、正体は秘密だから……」


 顔を赤らめて目をそらす少女。

 図星か。


「と、とにかく、このA級迷宮アルカディアにはとある秘密が眠ってるんだ。僕も暇で暇で仕方がなくてね、ぜひ探してみてほしいんだ」

「秘密?」

「そうさ。一番簡単な迷宮として軽視されがちだけど、この迷宮は想像以上にすごいんだ。そのためにも、今まで誰一人たどり着けなかった迷宮の心臓部を目指してほしい」


 そう言った彼女は手を前に出し、俺たちの足元に大きめの魔法陣を展開させる。


「な、何だ?」

「さっき帰りたいって言ってたよね? 特別に私が入り口まで送ってあげるよ。またのご挑戦、お待ちしてま〜す!」


 場が光に包まれ、景色が変わる。

 どこまでも広がる青い空を見て、迷宮の入り口に転移したのだと悟った。

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