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第三十一話 因果応報

スロー更新(なるべく毎週4000文字)なので、長い目で見てくださると助かります。

数ヶ月後には章が完成していると思うので、一気に読みたい方は気楽に気長にお待ちください。


*主人公を嫌いにならないでやってください。

 恋愛。

 要は若い男女がキャッキャウフフすることだ。

 種族存続のための大切なプロセスで、時には幸福、時には絶望をもたらしてくれる。

 俺は幸福を得た、俗に言うリア充と言う存在なのかもしれない。

 

 しかし、俺は身をもって知った。

 二つの幸福を同時に得ることはできないと言うことを。


「……頼むから俺の話を聞いてくれ。ください」

「黙りなさい浮気者」

「ハコヤくん見損なったよぉ〜、しくしく」


 屋根付き馬車の揺れる音を聞きながら、俺は冷や汗を流すほかなかった。

 視界の右には、人差しで緑色の髪を苛立たしげにいじる、麦わら帽子をかぶった狐耳の少女ことエレナ。

 腕を組んで頬杖をつき、こちらには目もくれない。

 視界の左には、ゆさゆさと揺れる桃色の髪の下で目を伏せる、ふわっとした印象の少女ことエロン。

 メイド服のスカートの裾を握り、依然として涙を流し続けていた。

 日が沈み、昇り、沈み、昇った今も、気まずい雰囲気は健在である。


「あのさ二人とも、ハーレムって知っ……ぶへっ!」

「殺すわよ」

「うわぁぁん! ハコヤくんのばかぁ〜!」


 エレナからは平手打ちをくらい、エロンは大声で泣き出した。状況は悪化したらしい。

 仕方ないだろう、俺は女を手玉に取る知識なんてないし、あってもそんなことしない。


「さ、さっきのは冗談だ。許してくれ」

「許す? 何のことかしら。友人・・に遠慮なんていらないわ」

「ハコヤくん、もう終わり、終わりなの」

「えっ……」


 嘘だ。何かの冗談だ。

 しかし、原因を理解している俺には返す言葉もない。

 取り付く島もない様子の二人に、俺は魂が抜けたように座っているしかなかった。

 もう二度とハーレムもののラノベなんて読むもんか。主人公なんて包丁で刺されればいい。


 居心地の悪い馬車の中で、現実逃避のつもりで今までの経緯を回想する。

 確か好きだった子に振られて。いつの間にかゲームのような世界にいて。

 その直後は生きるのに必死だったためか、何でも入る段ボール箱と幼女のフィギュアしか思い出せないが、それら以外はさほど重要ではなかったと思う。

 そして色々あって、どん底からやり直しというわけだ。


 ここはガドン迷宮都市連合。

 高年収の噂や無税に釣られた冒険者と商人で賑わう、迷宮の周りに広がる都市の集まり。

 今向かっているA区画は、都市連合の中央に位置する広い都市で、交通の要所として発達している。

 肝心の迷宮は、二十六ある区画の中でも一番難易度が低く、エレナとエロンがいても大丈夫なはず。

 なんせこの迷宮、死んでもやり直せるらしいのだ。

 代わりに戦利品のドロップ率や経験値、宝箱が激減するらしいが、生命保証を考えると妥当か。

 しかし、今の状態ではたどり着けるかすらわからない。

 怖い、無意識のうちにダブル恋愛をしていた自分が一番怖い。

 女を一生信じないと言っていた昔の俺はどこに言った。


「坊ちゃん嬢ちゃん、降りろ。A区画だ」


 ……どうやらたどり着けたらしい。

 両側の二人は無言で飛び降り、俺も慌てて降りようとすると、微かな視線を感じた。

 右からはエレナ、左からはエロン、両者とも顔を背けながら、目だけをチラチラ向けていた。

 これは、まさか、あれなのか。

 二択の状況を作って俺の愛を試しているのか。


 とはいえ、俺は二人とも好きだ。

 容姿も性格も胸も、甲乙つけがたい。


 まずはエレナの方を見る。

 白いワンピースと、趣のある麦わら帽子。

 風に揺れる緑色の髪は、朝露を身にまとい、川岸で踊る夏草のよう。

 愛くるしい耳がひょこひょこと動き、ふさふさとした二本の尻尾が見え隠れしている。


 反対側に立つはエロン。

 どことなくアレンジされた、看板娘の証であるメイド服。

 朝日を受けたピンクの髪は、縁起よく咲き誇る、清らかな桃花のよう。

 小柄な木に対し大きすぎる桃の果実は、母性を感じさせると同時に支えを求めているかのよう。


 俺はといえば、箱を取れば何も残らない箱根箱也。

 新調した服は、ベージュを基調とする落ち着いたデザインで、冒険者向けの機能美に富んだものだ。

 箱を除けば丸腰に見えるが、この箱から武器はいくらでも取り出せるし、この箱こそが俺の武器だ。

 そんなことより、一体どっちから降りればいいんだ。

 いっそ永遠に馬車に居座るという手も……


「坊ちゃん、早く降りろってんだ」

「あ、はい」


 馬車を収納しようかと思ったが、人目につくと面倒だ。

 俺が荷台の後ろからなんとか飛び降りると、二人はあからさまに顔をしかめた。

 とりあえず澄ました顔で列に並び、街門での検問が一刻も早く終わることをただただ祈るしかなかった。



****



 エロンが市民権を持っていたため、他の区画と比べて厳しめな検問もすんなりと終わった。

 朝だというのに――あるいは朝であるためか――数知れぬ市民や冒険者が通りを埋め尽くしている。

 俺たちは一列になってA区画の大通りを無言で歩いた。

 ちゃんと二人が付いてきているか心配になることもあったが、怖くて振り向けない。

 今のままでは男として最低だ。

 いずれなんとかしないといけないが、タイミングが掴めない。

 とりあえず前を向いたまま、話題を振ることにした。


「あのさ、迷宮がどこにあるか知ってるか?」

「「…………」」


 無視されたようである。

 確かに、この文では誰に話しかけたのかわかりづらいだろうし。

 それっきり会話は途絶えたので、仕方なく他の人に聞くことにした。

 怖くなさそうな若い人を探していると、右斜め後ろから駆けてくる一人の少女が目に入る。

 背後から突き刺さる二つの視線に耐え、俺は意を決して行く手を遮り、口を開いた。


「あのー」

「むゅっ⁉︎」


 慌てて止まろうとする少女の姿を見た俺は、その美貌にハッと息を飲んでしまった。

 なびくクリーム色の髪は、さながら鷹の両翼のように広がり。

 見開かれた空色の瞳は、吸い込まれそうなほど広い青空のようで。

 動きやすそうな鎧から覗く肩は、理性がすっ飛びそうなほどの色気を放ち。

 それでいて気品のある、清楚な雰囲気が華奢な身体を取り巻いている。


 数秒、あるいは数分に感じられた一瞬。

 少女がくわえていた丸いパンが口から離れ、時は動きたす。

 なぜパンを、というのは置いておき、このままでは地面に落ちると思ったのだが……

 真下に小さな魔法陣が現れ、浮かび上がったパンを少女がパシッとつかんだ。


「せ、セーフ」


 ……間違いない、加速魔法だ。

 綿菓子を弟子に作らせた時に見たことがあるが、今のは無詠唱らしい。

 俺は思わず喉を鳴らした。

 この子なら、難易度の高いレインボー綿菓子を完成させることができるかもし――


「あなたはなんですの? だいたい、走っている人の前に飛び出るなんて危険ですわ」

「あ、悪い。道を聞きたくてな」

「わざわざわたくしに話しかけなくてもよろしいでしょう? 学園に遅刻しそうですの」


 そりゃ、食パンというか丸パンをくわえて走ってたからな。

 でも、周りに歳が近い人がいなかったから仕方ない。

 そもそもどうして登校する際に武装する必要があるのだろうか。

 改めて少女を観察すると、腰に凝った装飾の施された青い剣を携えていた。

 清々しい衣服も、まるで軽々と飛ぶ白鳥のように着こなされている。

 チャームポイントは羽の意匠が施された銀のサークレットで、整った顔立ちをより一層引き立て――


「エロン、どこを狙おうかしら。尻? かかと? 心臓?」

「ハコヤくんなんて土に還ればいいよ〜」


 背中にナイフが突き刺されるような錯覚に陥りそうになったため、思考回路をリセットする。

 よし。


「え、なんだって?」

「だ・か・ら、学園に遅刻……あ、今日から40連休でしたわね」

「おい……」


 夏休みかよ。


「ところで、何か御用でして?」

「ああ。その学園、迷宮学園ってところだよな? 俺たちも入学するんだが、場所がわからないんだ」

「だったらちょうどいいですわね。案内して差し上げますわ」

「助かる」

「ついでですわよ、お気になさらず」


 彼女は心地よい笑顔で受け入れてくれた。

 すんなり話が通ってよかったのはいいが、嫌な予感がする。

 特に後ろから険悪なムードが漂ってくるが、とりあえず話題をつなぐべきか。


「あのさ、休みなのに登校する必要ってあるのか?」

「ないですわ。ですが、学園に通う理由は授業よりも迷宮ですの。一般解放されてませんし、そのために入学する人もいますわね」

「確かに。入学と退学のタイミングも自由らしいからな」

「生徒の大半が学園の寮で暮らしてますし、すでに成人なさっている生徒の中には、ずっと迷宮に入り浸っている人もいますわね」


 成人は確か15歳以上だと聞いたことがある。

 その基準なら俺もエレナも一応成人しているが、有用な授業があれば受けてみよう。

 まあ40連休だから、当分先の話になりそうだ。


「とりあえず自己紹介をさせてくれ。俺はハコヤ、A級冒険者だ。C区画の迷宮で死にかけたからA区画に移動したヘタレだが、荷物運びなら誰にも負けない自信がある」

「う、す、すごいですわね。ご丁寧にどうも、わたくしはミリー・ブラックネルと申しますの。ところで、後ろの方々は……」

「私はアローン、エレナって呼ばれてるわ。この馬鹿の元伴侶よ」

「私は酒場Cの看板娘、エロンだよ〜。この馬の骨の元愛人なの〜」


 ミリーさんが目をひくつかせた。

 やめてくれ、もう許してくれ、死にたくなる。


「殿方としてはどうかと思いますが、英雄色を好むと言いますし……変な先入観は持たないでおきますわ」

「ほ、本当か? 助かる……」


 後ろの二人が舌打ちしたように聞こえたのはおそらく気のせいだろう。

 やはり気品のある人は器が大きいな。

 なるべく粗相のないようにしないと。


「はぐれないように手をつなぎますわよ」

「わかった」

「「なっ!」」


 繊細な手に触れて、温もりと冷たさが同時に伝わってくる。

 すると同時に、反対側の左手をエレナとエロンが掴んできた。

 痛いけど、なんというか、幸せ。


「せっかくなので、魔法で加速しますわよ。ABC、遥かなる空を舞え、スカイフィッシュ」

「は? いや、別に急がなうおおおおっ、おっ、おお……」

「きゃぁぁぁぁ!」「あわわわわっ!」


 いきなり体が浮上し、斜め上に加速する。

 やがて速度が安定し、景色を見る余裕ができた。

 人混みが川のように流れ、区画の全容がよく見えて。

 連なる建物の屋根は、地上とはまた別の顔を見せてくれる。


「おお、雲があんなに近くに」

「何度見ても飽きませんわ〜」

「なんで落ち着いていられるのよ! 怖い怖い怖い!」

「お、おろしてぇ〜!」


 このままではあっという間に学園に着きそうだ。

 都市の中央にある高めの塔が迷宮なのだろうか。

 俺は何も考えずに、何もかも忘れて、空中浮遊を楽しんだ。

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