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第三十話 鹿島立ち

「ハコヤちゃん、こっちよぉ〜」

「ちゃん付け……」


 エレナの母に導かれ、俺はとある部屋の前に来ていた。

 聞くと、親子で一緒に寝る部屋だそうだ。

 夫であるオッサンは、なぜか立ち入り禁止らしい。


「鍵、かかってるのか?」

「すぐに抜け出そうとするのよぉ。オッサンちゃんが心配してねぇ」


 お義母(かあ)さんが鍵を開け、扉を開く。

 小綺麗な部屋で、洗練されていながらも嫌味のない装飾がなされた空間だ。

 その中央にあったふかふかのベッドで、ふてくされた顔をしていた少女。

 どう見ても、何度見ても、エレナだった。


「エレナ」

「何? ……ってハコヤ!? ハコヤじゃない! どうしてあなたがここにいるのよ!」


 彼女は飛び上がり、いきなり抱きついてきた。

 反射的に払いのけたくなるが、我慢だ我慢。俺はツンデレじゃない。


「いろいろあってな、助けに来たんだ」

「本当? さすが私のハコヤ! 愛してるわ!」


 ストレートに愛を伝えられ、驚きのためか、嬉しさのためか、俺はクラッとした。

 俺は今、どんな顔をしているのだろうか。

 きっと恥ずかしくて、エレナには見て欲しくない顔だろう。


「なるほどぉ、ずいぶん仲良しみたいねぇ」

「ママ!? ばっ、べ、別にハコヤのことなんてなんとも思ってないの!」


 頬をりんご飴のように赤く染め、あからさまに動揺しながら飛び退くエレナ。

 おい、なんだその反応は。見てるこっちも恥ずかしくなるだろ。


「まぁまぁ、素直じゃないのは相変わらずねぇ」

「ママがいるからよ! せっかく二人っきりだと思ったのに!」


 まさに親子のやり取りを見せつけられているようで、なんとも微笑ましい。

 まるで反抗期の娘をからかう母のような感じだ。いや、実際にそうなのだろう。


 そんなこんなでエレナは事情を説明され、これからどうするかといった話になった。

 エレナの両親曰く、トライ公国に残って欲しいそうだが、それは俺もエレナも反対した。

 確かに悪くない国だが、エロンとA区画に行く約束もしてるしな。


 迷宮都市に行くとなれば、当然迷宮にも入るということだ。

 危険だからと、一つ条件を付けられた。

 それは、A区画の『迷宮学園』に通うこと。

 迷宮の隣に建てられた学園で、死んでも生き返るという、初心者向けの迷宮があるらしい。

 取得経験値やアイテムのドロップ率が激減するらしいが、命に比べたらどうということはない。

 入学金も出してくれるそうなので、俺は喜んで承諾した。


 そして、祝いのパーティーが開かれて。

 飲んで、食べて、踊って、収納して、召喚して、ドキドキしながら寝て……



****



 馬車が揺れる。奇妙な感覚だ。

 ガタリ、ゴトリ。尻が痛い。

 隣に寄り添うエレナも、出発当時は幸せそうな顔をしていたのだが、

 動き出すと一変、酔いのためか、居心地の悪さのためか、顔をしかめた。


 早朝、日が昇る前。俺たちは馬車を雇ってトライ公国を出発した。

 二人乗りの小さな屋根付きの馬車だ。

 歩き派の俺もエレナも慣れていないようで、すぐに吐きそうになる。


「ハコヤ、吐きそうだわ」

「言うな。口に出すと吐きそうに……うっぷ」

「昨日の晩餐で、あんなに食べなければ……ぉぇっぷ」

「やめろ、もう食べきれない……うぅぅ」


 料理を想像し、吐き気が増大してしまう。

 たまらなくなった俺は、馬車から飛び降りた。


「ふぅ……やっぱり陸地はいいな」

「そ、そうね。二度と馬車には乗りたくないわ」


 続いて降りたエレナ。一応お嬢様だしな。

 久しぶりに見た麦わら帽子に、ふと疑問を覚える。


「なぁエレナ。その帽子って、耳が痛くならないのか?」

「耳? 痛くはないけど、聞こえが悪くなるわね。でも私、この帽子が好きだから」

「なら、耳が出るように穴を開けたらどうだ?」

「その手があったわね。でも、街に戻るのも面倒だし……」

「大丈夫だ」


 悩むエレナに、職人である俺が手を差し伸べる。

 耳の位置を確認し、不要な部分を丁寧に収納した。

 そしてエレナの頭に『ポン』とかぶせると、可愛らしい狐耳が『ひょこり』と飛び出てきた。

 その様子に、ついクスリと笑ってしまう。


「ありがとう……って、何を笑っているのかしら」

「いやいや、可愛いなって」

「もう……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめるエレナを見て、また笑いそうになった。

 出会った当初は大人びた印象を受けたが、子供のような一面も素敵だった。


 そんな時、草原を突風が吹き抜ける。

 エレナの麦わら帽子が、橙色に染まった空の向こうへ飛んでいく。

 遠くまで、遠くまで。


「ハコヤ、競争よ! 先に帽子を取ったほうが勝ち!」


 エレナが唐突に勝負を持ちかけてきた。

 はにかんだ笑顔を向けたのち、俺の返答を待たずに駆け出す。


「待てって! 箱を持ってる俺の方が不利だよ!」


 俺も慌てて後に続く。不思議と足が軽い。

 御者の人が馬車から何やら叫んでいたが、代金は前払いなので問題ない。


「ふふ、ハコヤー! 遅いわよー!」

「待ってろ、すぐに追い抜いてやる!」


 笑いながら、追い風に乗った鳥のような気持ちで。

 俺たちは子供のように、いや、純粋な子供として。

 暁の空の下をいつまでも走り続けた。

第1章 完


お読みいただきありがとうございます。

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