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すっかりと夜の気配になり、窓からは夜の冷たい空気を感じ、時折外から火の用心を呼びかける声が聞こえてきた。
シドと三つ子の部屋の出窓の隣壁には、二股に分かれた取り付け型の燭台があり、その片方の蝋燭からは、ちりちりと室内を薄く照らす火が揺れている。
本来ならとっくに眠っているはずの三つ子を、どうやって寝かしつけようかと、シドは思案に暮れていた。
「三人とも、早く寝ないと大きくなれないぞ?」
夕食も終え、寝巻きに着替えて、さあ明日に備えて寝よう。と思っていたのに、三つ子はさっきから黙ったまま、じーっとシドの顔を見ていた。
部屋の隅にあった高さのついた箕の子を床に敷き、その上に寝具を敷いている。これが、四人のベッドの代わりだった。
当初シドと両親が考えていた部屋模様の計画段階では、三つ子用とシド用の二つのベッドが部屋に並ぶはずだったのだが、三つ子の寝相が恐ろしいほど自由奔放すぎて、ベッドに寝れば確実に毎回落ちることが容易に想像でき、苦肉の策として箕の子の上に寝具を敷いて寝るようになった経緯がある。
四つの枕を出窓のほうに並べ、扉に近い場所にシド、その左横にリズ、クラン、アレンと並んで寝る。いつもなら、とっくに眠そうな顔になっているのに、三つ子は物言いたげな顔で寝具の上に座ったまま押し黙っていた。
「……そんな目で見られると、お兄ちゃんは困るんだが……」
胡坐をかいて座っていたシドは、苦笑いになった。三つ子がこんな表情をしているのは、夕食時の話が原因だと容易に想像できたからだ。
肉料理を三日ぶりに堪能し、食後のお茶をしているときに、シドはやっと仕事について口を開いた。
「僕、明日からお屋敷の掃除係として働くことになったから、帰りは少し遅くなるかもしれない」
「……お屋敷?」
「また、すごい場所に決まりましたね」
双子が一度瞬きした。これは、かなり驚いているときに良くやる仕草だ。それを知っているシドは、そんなに驚かれても、と思ったが口には出さなかった。
「……兄さん。大丈夫なの?」
カップを手にしていたランカは、ものすごく心配そうに聞いてきた。
「大丈夫って?」
「だって、お屋敷でしょう? もし、兄さんのアレが起こってなにか高価な物を壊したりしたら……」
アレ、とはもちろん『不幸』体質のことだ。
「…………。まあ、大丈夫じゃないかな?」
考えもしなかったが、ありうることに、シドは一瞬言葉に詰まったが、ウィルフズ家の当主とのやり取りを思い出して、そこまで心配しなくても平気ではないかと思った。
「どうして?」
ランカは兄の言葉に納得がいかない様子だ。
「雇い主のウィルフズ家に、僕の渾名について聞かれたから……」
「ウィルフズ? え? 兄さん、そんなすごい所で働くの!」
ランカがたれ気味の眦を大きく開いて驚いた。
「え? なにが、すごいの? 家柄? は、すごいか、貴族なんだから」
ランカの驚きどころが判らなかったシドは戸惑った。そんな兄にもどかしげにランカが卓にカップを音を立てて置いた。
「もう、ウィルフズ家って言えば四家の一つだよ。フェリス国建国の際に初代王に助力した四人の臣下の家柄じゃないか。今でも王様の覚えがあって重位の役職についているって、学校で習ったはずだよ兄さん」
「そ、そうだったっけ?」
「そうだよ。名家で働けるなんて、大出世だよ。母さん達が帰ってきたら、自慢しないと!」
目を輝かせて、椅子から身体を浮かし、乗り出すようにして興奮するランカにシドは口元を綻ばせた。
「驚きです」
「驚愕です」
双子も淡々とした口調だが声色に喜びが滲み出ているようにシドは感じた。
「おどろきー?」
「きょうがくー?」
「びくりー?」
三つ子も家柄などという言葉は良く判っていないようで、不思議そうな顔で首を傾げながらも上の兄達の言葉を真似ねた。
シドは自分の不幸で家族に直接的な被害は殆ど無かったが、自身が行方不明になったりして随分と心配をかけている自覚はあった。そんな家族を喜ばせることが出来たようで、純粋に嬉しかった。
両親が今現在行方不明だと言うのは兄妹全員しっている。五歳の三つ子にもどこからか噂が入る前にと、判りやすいように話した。普通なら兄妹全員で悲観的になるような状況だろうが、シシリー家の兄妹は必ずいつか帰ってくるはずだと確信めいた気持ちがあった。
『不幸少年』と言われるシシリー家の一番上の兄妹が、不幸にあって行方知れずになったことが度々あっても、必ず帰ってきていたので、両親もきっと帰ってくるだろうと楽観的な考えと、状況的に襲われたわけではないと両親の研究仲間から伝えられた事実があるからだ。だから、兄妹たちは、お互い支えあえながら両親の帰りを待っていた。
「……まあ、ウィルフズ家っていっても、別邸のほうの掃除係りになったんだけどね」
兄妹たちの驚きように、シドは照れ隠しに鼻の頭を人差し指でかきながら、早口で答えた。
「別邸?」
「そう。ウィルフズ家のご長男のヴァリアス様が住んでいらっしゃる所だよ。知ってるか? この東地区のはずれ辺りにあるお屋敷なんだけど……」
「長男!」
「不吉伯爵!」
「何でそんなところに!」
上三人の弟達がシドの話しを聞いた途端、悲鳴交じりの声を上げた。
「へ?」
シドは驚いて、目を瞬かせた。
「兄さん! 何でそんな所で働くの!」
「え?」
さっきまでのお祝いの雰囲気からは一変して、ランカからは心配げな言葉が紡がれた。
シドはあまりの変わりように対応できず、ぽかんとしたままだった。
「ヴァリアス様は生まれたときかから、不吉なことが起こっているって話です」
レンが話すと、後にライが続いた。
「その人に近づくと、必ず事故などの不吉なことが起こり、ひどい怪我をすると聞いています」
「唯でさえ、兄さんは変な厄介ごとに巻き込まれやすいのに、なんでそんな不吉なところで働くの。……あ! あの斡旋所の所長の所為だね」
次男の表情が普段の優し感じから、あっという間にたれ気味の眦を吊り上げて、ぎりっと歯軋りの音が聞こえそうなほど怖くなった。
ランカと斡旋所所長のバーフィアは一度顔を合わせたことがあるが、かなり仲が悪かった。
あれは一月ほど前だった。シドがやっぱり仕事の最中に『不幸』にあって、服をぼろぼろにしてしまい、斡旋所でバーフィアにそのことをからかわれていたら、斡旋所に来ていたシシリーを知っている近所の人間が丁度家にいたランカに話したのか、ランカが斡旋所に服をもって現れた。そのときシドはバーフィアがまったくもって善意で用意してくれたはずだと信じたい、フリフリの服を着なければならないのかと悩んでいた最中だった。所長の顔はとっても極悪人面で哂っていたが善意だった。まったくもって、親切心だった。そうはまったく見えなかったが。
自分の服が来たのでとても助かり、思わずほっと安堵の息を零したのもつかの間。はじめてあって三秒で、確か心は乙女だったはずの男は山賊のようなドスの聞いた声に変わり、普段おっとりな感じの弟は、「あれ、僕の弟で無表情って双子だけじゃなかったっけ?」と首を傾げたくなるほど、表情が無かった。あれは、今思い出しても恐怖の一時だった。あれも、もしかしたら『不幸』の一つじゃないかと未だに勘ぐっているくらいだ。
ランカの表情は段々とそのときの表情に近づいていっている。シドはこれはまずいと焦った。
「え? そりゃ、斡旋所を通して仕事を見つけたけど、別に所長が悪いわけじゃないよ。むしろ、僕でもやっていけそうな所を紹介してくれたんだよ」
早口で言い切ったシドに、ランカのみならず、双子まで普段の無表情にうっすらと冷気のようなものが漂ったように兄は感じた。
「…………兄さん」
「な、なに?」
ランカの目は据わっている。シドはおっかなびっくり聞き返した。
「ぜっ……たいに、あの性別が行方不明になっている所長に良い様に使われているよ」
「そ、そうか?」
弟の所長嫌いに、シドはたじたじになるしか出来なかった。
「……性別のみならず、意図も行方不明」
ぽつりとレンが言葉を零す。
暫く間が開いた。
「…………イマイチです」
ライが真っ先に言葉を発した。
「……失敗しました」
レンは悔しそうにライに返す。どうやら、双子的に今の発言はお気に召さなかったようだ。
「…………」
シドは兄として、時折我が家の双子はツッコミなのか、ボケなのかと、ふと悩んでしまう。
「……ま、まあ。レンの言う通り何考えているのか判らないし、あの所長、ぜったいに裏があると思う。兄さん、今からでも遅くないから、その仕事止めない?」
双子的のツッコミに怒気が削がれたのか、ランカはいつもどおりの優男の表情に戻り、心配げに眉を下げた。
弟達が心配しているのは良く分かった。しかし、シドは仕事を辞めようとは思わなかった。
一つの仕事をずっと続けて見たい。それが、今のシドの希望だ。
今まで受けた仕事は、三ヶ月で十二もだ。そのどれもが最長で三日。最短で半日で何かしらの不可思議現象といえる不幸にあって、クビになった。
幸いにも、どの仕事も責任を取らなければならない程の損失は出していないが、シドは仕事が失敗するたびに悔しい思いをしていた。自分の町や隣町の仕事を中心に行っていたため、自分がいかに『不幸少年』か、ということを殆どの人間が知っている。そのことを知ってなお、雇ってくれた人たちがいた。その人たちに恩返しの意味も込めて、丁寧に仕事をしていたはずなのに、気がつくと何かが起こって、仕事場を荒らしてしまった。そうすると、皆がやんわりと辞めてくれないか、と言ってくる。シドはいつしか、その時の言葉を聴くのが嫌になっていた。




