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3-3

「……あ! そうだ、買い物しないと……」

 ぶすっと不機嫌を丸出しにしていたシドは、自分の家があるマリシアン町の商店街に差し掛かり、我が家の今日の夕飯の材料が乏しいことを思い出した。


 シドは不機嫌な顔に手を当てて、柔らかくするように頬を摩り、表情を幾らか直してから商店街に立ち寄り買い物をすることにした。

 カーネリアン斡旋所からは、ほどほど離れたので歩調はゆっくりになっていた。


 マリシアン町の商店街は円形になっており、町の中心部に出来ていた。町のどの道を通っても中心部に向かうように歩けば商店街に着くように設計されており、はじめて来た人でも迷わない。ただし、自分がどの道から来たのかを忘れた人間は、戻るのが一苦労するという面白い造りになっていた。


 シドはそのまま中心部へと歩き、商店街に出た。そこは夕飯の準備にと食材を買いに来ている人が多く活気があり、賑わっていた。

「お嬢さん、今日は野菜が安いよー!」

「スープの隠し味に香草はいかがっ!」

そこかしこから店の勢いの良い掛け声が、夕飯を何にしようかと迷っている主婦の足を止めていた。


 シドも店をぶらっと見て回る。そんなシドにかかる掛け声はどの店の店員も決まっていた。

「あれ? シシリーさんとこの長男じゃないか。今日も何かしらの『不幸』にあったのかい? 野菜かってくかー」

「あれま。また動物に踏まれたのかい? 果物はいかが? 甘い物でも食べて元気だしなよ」


 などなど、シドの『不幸』体質を知っている町内の皆の掛け声は自身の店の宣伝よりも前にシドの今日の『不幸』を聞いてきた。気心がしれている相手にシドは律儀に「たいしたことはなかった」「今日は果物は買わないよ」とお愛想を言いながら通り過ぎていく。


 商店街で一二と言われているお惣菜、牛肉の角煮が良く売れる生肉店の前に来たときには、あまりにも『不幸』について聞かれたため、せっかく戻したシドの機嫌は地の底にたどりついていた。

「……っらっしゃい!」

 店主が人影を察知し、店の中から顔を上げてみたのは、文句も言えず、堪らなくなって不満を漏らす子犬のようにうーうー唸っているシドの苦虫をつぶしたような表情だった。

「おう、シドじゃねーか。……ははぁ。おめえさん、まぁたなんかあったのか?」

「……皆、そう言います」

 ぶすくれて、ぶっきらぼうな口調で返事を返すシドに、店主のおっちゃんは苦笑した。


「そりゃ、そんな足跡つけりゃ、誰だってなんかあったって思うわな」

「…………ちょっと、水鳥の襲撃にあっただけです」

「ちょっと、じゃねぇような気もするけどよ。相変わらず運がないっつーか、不幸に会いやすいって言うか、だな。まあ、怪我はねぇみたいだけど……で、なんにする?」


 下手に聞けば、この子供はさらに機嫌を悪くしそうだ、と店主は段々と表情に陰りを見せ始めたシドの顔色を察し、さっさと話題を変えることにした。商売上手の秘訣は、お客をなるべく不愉快にしないことだ。

 不幸談でからかわれるのはバーフィアで十分だ、と考えいていたシドは店主の話題転換に軽くため息をついて、これ幸いと応じた。


 生肉店は木のカウンターの上に今日販売している肉の種類が書いてある紙が張ってあり、カウンターの奥には肉を切り分ける加工の台と、その上の光があたらない陰の涼しい部分になっている天井からぶら下がっている肉の塊が見える。シドは今日の肉は何にしようかと紙を一読し、これ、と指を指した。


「じゃあ、この今日のおすすめを下さい」

「あいよ。量はいつもの通りでいいか?」

「はい。お願いします」

 注文を聞き、店主は店の奥に入っていく。暫くすると、ダンダンと律動的な音が聴こえてきた。その音を聞き流しながらシドは今日の夕飯のおかずを何にしようかなどと考えていると音がやんだ。


「はいよ。お待ちどうさま」

 奥から出てきた店主から零れないように蛸糸で留められた、薄く削った木の皮に包まれた肉を渡される。

「はい、ありがとうございます」

「おう。ま、厄払い的な意味も兼ねてちょっとおまけしておいたぞ。小さい兄妹にしっかり食わせてやれよ?」

「いつも、すみません」

 シドは礼を言って、店主に言われた金額を支払い、蛸糸がもち易い様にわっかになっている部分を指に引っ掛けて生肉店を後にした。


「親が遠くで働いてめったに帰ってこない上に、兄妹が多い長男も大変だねぇ」

「その上、一番上の当の本人が面白い不幸に会いやすいっていうのは、災難だね。きっと初代王の祝福があるさ」

 シドの後姿をカウンターから乗り出すように見送った店主の後ろ横から買物途中の主婦が声をかけた。

 声のするほうへ振り向くと、懇意にしている主婦もシドの後姿を眺めていた。

「へい、いらっしゃい! いつもご贔屓に。……まあ、きっと深い意味でもあるんじゃねーですか?」

 店主は愛想よく挨拶をして、主婦の言葉に答えにならないような返答を返した。

 主婦はそんな店主の言葉にさして気にした風もないそぶりを見せる。

「まあ、そうだね。初代王の真意なんて庶民にゃわからんね。……あ、その肉をくださいな」

「へい。まいど」


 『紋章』やそのほかの奇跡と呼べるようなことは、フェリス国では初代王の祝福と一括りに考えられている。

 シドの不幸はある意味奇跡と呼べるものだというのがこの町の町人の共通認識だ。それに、不幸と言葉に出して本当に不幸が自分に降りかからないようにという意味もかねて、『紋章』の効果なのか、それとも別の呪なのか図りかねているシドの不幸は初代王の祝福と呼ばれることが多かった。


 幼いころからこの町に住んでいるシドの笑える様な不幸体験談は今では町の数少ない娯楽の一つのようなものになっていた。そして、商店街でシドの話題はよく挨拶の文句のように使われていた。そのため、今日も挨拶の代わりのように肉屋ではシドの話題を軽く振って、話の種にしつつ夕飯のおかずを求めに主婦達が買い物に来ていた。そのことを当の本人はうすうす感じていたが、商店街の人がよくおまけをしてくれるので、有名税と思って聞き流すようにしていた。

 家に早く帰ろうと、早足になりながらシドは帰路に着く。

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