ー5ー
「カリムさん!」ニオが杖に念を込める。「二匹までならいけます、どうか身を守ることを考えて」
「んだかぁあ!?」
ここにきて攻撃系の魔法がない自分が情けなかった。せめて、ディムでも唱えられれば——。
「ラムトダウラ」
背中にラオ爺の声がぶつかった。振り返ると、ヤマタノオロチの頭上に雷雲が出現していた。すぐに轟音がひびいて、龍頭が悲鳴をあげた。あっちの戦闘はどうにかなりそうだが——
「きます!」ニオが言った。
「んだぁ!」
一匹、二匹——ワームが飛び出した。
口を思いっきり開けて、カリムさんの頭に食らいつこうと大きな跳躍を見せる。すこしの時間差を測っているところがにくらしい。一匹が食えなくても、もう一匹が食えるだろうタイミングをよく知っている。
「イファ!」
炎の初級魔法を力強く叫んで、ニオは杖を振った。サッカーボールサイズの火球が飛び、一匹のワームを焼いてふっ飛ばした。
「れんぞくで!」
その声に応えて、火球はもう一発飛んだ。二匹のワームは空中で焼かれて、吹っ飛んださきで煤となり息たえた。
「マディム」
属性攻撃を防ぐ魔法を唱えたのはエリニナだ。振り返ると、ヤマタノオロチが火炎放射を放っていた。一騎討ちの結果、最後の一本となった龍頭が、やけくその攻撃をしたようだ。
「申し訳なぁい!」燃え盛る炎のなかから、ラオ爺の声が。「しかし心配ご無用、これくらいなんとかなりますぞ!」
馭者席の村人は頭を抱えてうずくまり、二頭のバッファランは前足を大きく振り上げて、いますぐにでもここから逃げたいと暴れている。その数メートルさきで繰り広げられる、ラオ爺の単騎決戦。
「さらなる凍えを——シグトフューラ」
ラオ爺が唱えたのは氷の最上級魔法だ。氷の大壁は、吹きつける大炎をそのまま押し返していく。それがヤマタノオロチの口もとまで届くと、ラオ爺はいったん力をゆるめた。すると、氷の大壁は爆発するように一瞬で水蒸気と化した。それを食らった龍頭は一気に湿り気を帯びて——
「ラムファ」
雷の初級魔法だ。必要最小限の稲妻がラオ爺の杖から放たれて、ヤマタノオロチの龍頭に命中。それでも、ばりっ! と大きな音がして、白目になった相手はどっさりと龍頭を地に伏せさせて、はらはらと全身を赤黒い煤に変えていく。
これで前方のヤマタノオロチ、後方のワームを撃退できた——。
「カリムさん!」ニオが叫んだ。
「んだ?」
荷牛車にもどるために小走りをしていたカリムさんは振り返った。その視線はぐわりと上を向いて、とらえたのは——
「ワーム……」エリニナが言った。
完全に油断していた。
一匹のワームが、地中で息を潜めていた。
「だめだ」呪文が間に合わない、とニオは言いたいのだ。
「ちょ——」エリニナはかなり強いマディムをラオ爺に使ったばかり。MPが残っていないかもしれない。
「ディム!」
物理攻撃を防ぐ魔法を唱えたのはわたしだ。とっさの判断——しかしそれは呪文を確実に唱えられてこそだ。出るかどうかわからない魔法を、この土壇場で唱えるのは——ただの賭け。
「んだあああ!」
カリムさんの反撃も間に合うかどうか。かかげられた槍ごと呑みこんでしまいそうなワームの丸口は——グーパンチに殴られ弾け飛んだ。
「ぐー!?」エリニナが言った。
「た、すがったぁ?」
槍の矛先を上に向けたまま、カリムさんは硬直している。
「すごい、あんな防御魔法見たことがない」
きょとんとした顔でニオはこっちを見た。ディムといえば亀の甲羅みたいなものが、対象者を覆って守るのがふつうだ。しかしわたしが唱えたのは、黄金半透明の巨椀が出現して相手をぶん殴るという、まるで防御魔法なのかと、うたがいたくなるものだった。
「まぁ、素材はディムでしたから」ニオは苦笑いをする。「結果オーライです」
「素材は……」わたしも苦笑する。
「んだすかったぁ……」カリムさんは胸を撫でおろして、「白魔術士さんの魔法もいろいろなんだなぁ」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ」
さっきまでヤマタノオロチと一騎討ちをしていたと思えない落ちつき具合で、ラオ爺はこちらにもどってきた。
「守るというよりは、ワームをぶん殴りたい気持ちが勝った。結果のグーパンチ」
「あの、わたし、このさきもディムを唱えたら、ロケットパンチを召喚してしまうのでしょうか」
「試してみては?」ニオが言った。「軽ーい気持ちでディムを唱えたら、実戦レベルではないですが、弱めの魔法が確認できますよ」
「んだら、おれにもっぺんかけてみ?」
カリムさんのご厚意に甘えて、わたしは杖を構えた。
「ディム」
素材はたしかに結界のそれだったが、やはり突然召喚されたグーパンチであることには変わりなく。しかも、その拳はカリムさんのアゴをとらえてしまうという大失態を犯してしまい。
「ちょっと!」エリニナが叫んだ。「殴ってどうすんのよ!」
「ごめんなさぁあああああい」
わたしはあわてて荷牛車から降りて、大の字に倒れて白目と泡を見せるカリムさんに回復魔法を唱えた。
すぐにくらっときて、入れ替わるように大の字に倒れたわたしの視界には、まっ赤な空が映った。
「ああ、またMPが——」
わたしの言葉が蚊取り線香の煙みたいに浮いた。
「ほんと、さきが思いやられる」エリニナ嬢の声が聞こえる。
「なんというか、ものすごい力を秘めているんだけど、それを使いこなせていないんですね、スズさん」
ニオが優しめに言ってくれる。
「よくわかります。ぼくも似たような時期がありました。でも、それはいまだけです。かならず精神力が追いついてきますから」
「そうだと、いいですが——」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。一難も去ったことですし、ガムドラへ急ぎますかね。久々に見るラクトの顔がぁ、楽しみですわ」
ラオ爺はそう言いながら、念力の力でわたしの全身を浮かせて、荷車の上へ——優しく運んでくれた。
「ほいじゃ、急ぐであ!」
気を取り直した馭者席の村人が長鞭を打つ。すぐにバッファランの鼻息と、大地を蹴る足音が耳を染めた。
わたしは寝そべったまま、車輪が小石を踏む振動を背中に感じながら、ただひたすら、ガムドラまでモンスターに襲われないことを祈った。
ガムドラ城下町を囲む防御壁、その大門は閉じられ、深い水堀をまたぐ跳ね橋も上がっている。
「ご到着ぅー!」
大門の両脇にある物見櫓の片方で、兵士が叫ぶ。もう片方の物見櫓にいる兵士がラッパを吹くと、跳ね橋がゆっくりと降ろされて、大門も開いた。
「城下町はどうなったんだろ」わたしは言った。
「大丈夫よ、強いもの。この町の人たち」
エリニナの言葉どおり、町の人々は災害ともいえるゴブリン騒乱のあとでも、笑い声をひびかせるほどの活気を保っていた。もちろんケガをしている男たちや、泣き崩れている女性や子供の影はあった。
石材や、日干しレンガで造られた家々は壁ごと壊され、夜の寒さを越すには、しばらく別の家に住む必要がありそうだった。
死者はいるのだろうか。ガムドラ城へとつづく大通りを荷牛車で進んでいく最中、打ち覆いで布を被った遺体を無意識に探してしまった。わたしが最後に見た死体は——とても大切な家族のものだ。あの日からなにもかもが変わって、わたしは姉と母の役割を、その瞬間から一気に背負った気がしている。
「だれも死んでいないといいけど」エリニナが言った。
「そればっかりはぁ、あまり期待してはいけませんな」
ラオ爺の言葉は冷たいように感じられるかもしれない。けれど、これが現実だ。可能性がある以上は、その悲惨を受け止める覚悟を持たないとならない。
「牛車はここまでだぁ」馭者席で村人さんが言った。「王さまんところまで、あとはあるいで」
城門をくぐって、大噴水がある庭園まで運んでもらった。
「ありがとうございました」牛車を降りて、ニオが頭を下げた。
「なーんもなんも」村人さんは片手で後頭部を掻いて、「村を助けでもらったんだぁ、これぐらいしがでぎなくで申し訳ねぇくらいだであ」
「では、すぐに謁見の間へ」ラオ爺が言った。
「休むひまなしとはこのことね」エリニナは言いつつ歩きだした。
すると、背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「おー、無事だったか! 来てもらっちまってわりぃ!」
振り返ると、まさにいま牛車で通ったばかりの道を走ってくるひとりの男が。
「ラクトじゃない!」エリニナの声が明るくなった。
「よぉ!」
まるで戦闘後とは思えないいつものテンションで、ラクトは手を振っている。小走りで近づいてくると、まずは黒魔術士のふたりを見て目を大きく見開いた。
「ラオ爺じゃん!」
「ひさしいな、英雄どの」




