第25話 旅立ちの朝
相談したのは、前日の夕方だった。
焚き火が落ち着き、
村人たちがそれぞれの家へ戻り始めた頃。
ユージは、村長を呼び止めた。
「……ちょっといいか」
「はい」
二人きりになる。
「この村、しばらく離れようと思う」
村長は、すぐには答えなかった。
だが、驚いた様子もない。
「……やはり、そういう話ですか」
「ああ」
「あなたがいてくれるだけで、この村は明るくなるんですがなあ」
「村が落ち着いてきた今が、ちょうどいい」
ユージは頭を掻いた。
「俺がいつまでもいると、良くない気がしてな」
「……まあ、いつまでもお引き止めする訳にも参りますまい」
村長は、静かに頷いた。
「しかし皆、悲しむでしょうな」
「ずっといられる訳じゃない」
ユージは苦笑する。
「村は、俺がいなくても回っている。
王国のいやがらせも、もう来ることはないだろう」
「明日の朝、夜明けと同時に出る」
「村の皆には、私から伝えておきましょう。
盛大にお見送りせねばなりませんな」
「いや、見送りは無しだ」
「それでは皆の気が収まりません」
「そういうのは苦手なんだ」
ユージは、念を押すように言った。
村長は、一瞬だけ困った顔をした。
「……伝えておきましょう」
「頼んだぞ」
⸻
そして――翌朝。
夜明け。
空が白み始めた頃。
ユージとナーチャンは、荷をまとめ、静かに村の入口へ向かった。
朝日を浴びて、木々がきらきらと輝いて見える。
そよ風に乗って聞こえる鳥のさえずりが、耳に心地よい。
「……静かで、おだやかな朝だな」
「ええ」
ナーチャンが周囲を確認する。
「誰もいませんね」
ユージは、ほっと息を吐いた。
「良かった」
一歩、村の外へ――
出た、その瞬間。
「行ってらっしゃあああああい!!」
⸻
どんっ、と音がしたかのように。
視界が、一気に色で埋まった。
垂れ幕。
手旗。
即席の横断幕。
《ありがとう 調停官!》
《俺たちは大丈夫だ!》
《また来いよ!》
村人、総出。
老若男女、全員。
「……」
ユージの思考が、止まった。
「黙って行くなんて水臭いじゃないか!」
「俺たちはもう大丈夫だ!」
「心配すんな!」
「頑張って来てくれよ!」
「調停官さーん!」
「ユージさーん!」
⸻
「ちょ、ちょっと待て!」
ユージが慌てて手を振る。
「派手なのは無しって言っただろ!」
「派手じゃないですよ!」
「気持ちです!」
「……こういうの、マジで苦手なんだよ!」
⸻
誰かが笑い、
誰かが涙ぐみ、
誰かが親指を立てる。
村長が、前に出た。
「ご武運を」
それだけ。
だが、それ以上はいらなかった。
⸻
「……もう行くぞ!」
ユージは、半ば逃げるように歩き出した。
背中に、声が降り注ぐ。
「ありがとう!」
「忘れねえからな!」
「気をつけろよ!」
「また帰ってこい!」
⸻
村を離れてしばらく。
ようやく声が届かなくなった頃、
ユージは無言で歩いていた。
ナーチャンは、ちらりと横顔を見る。
ユージの目尻が、ほんのわずかに光っている。
「……」
彼女は何も言わなかった。
ただ、小さく息を吐く。
(冷めているようで)
(存外、熱い)
(だからこそ――勝手に人がついてくる)
⸻
ユージは、空を見上げてぼやいた。
「……いいやつらだったな」
「はい」
ナーチャンは、微笑んだ。
「いい旅立ちでしたね」
「まあ……そうだな」
そう言って照れるユージの表情は普段より柔らかく、足取りも少しだけ軽かった。
こうして。
ユージとナーチャンの二人は、
盛大すぎる見送りに背中を押されながら、旅立ったのだった。
行き先は、境界の砦。
村からさほど距離はないが、
魔族領との境界線に位置する辺境の地。
かつて幾多の激戦を繰り広げてきた、最前線の拠点である。
⸻
昼過ぎ。
丘を越えた先に、石造りの砦が見えてきた。
第三辺境防衛砦。
装飾はない。
だが、威圧感は半端ではない。
実用一点張りの古い砦だ。
「……あれか」
ユージが呟く。
「はい」
ナーチャンが頷いた。
「辺境伯が管理する、正式な境界・最終防衛拠点です」
門前には、数名の兵士。
その中央に、鎧姿の隊長らしき男。
そして――
その少し後ろ。
壁にもたれるように立つ、
やけに背の高い男が一人いた。
王国でも滅多に見ないほど整った顔立ち。
鎧はない。
剣もない。
腰には、工具袋。
砦には似つかわしくない軽装。
だが。
「……」
ユージは、無意識に足を止めた。
(なんだ、あいつ)
視線が合う。
次の瞬間。
男は、ぱっと表情を明るくし、
こちらに向かって軽く手を振った。
「――あ」
楽しそうな声。
「やっと来た」
ユージの眉が、わずかに動く。
「……誰だ?」
男は肩をすくめる。
「リシュン・オグだ」
「辺境の発明王とは、俺のことさ」
一拍。
「で、たぶん――
あんたにとって、これから一番、頼りになる味方だ」
「自分で言うか」
ユージが、苦笑した。
その直後、砦の門がゆっくりと開く。
境界の空気が、はっきりと変わった。
ユージは、嫌な予感しかしなかった。
「やれやれ、また面倒なことになりそうだ」
一歩、踏み出す。
「だが、今回は――俺が選んだ」
その目には、確かな決意が宿っていた。
次回作としてを準備していた
「左遷された辺境ギルド長、戦わないのに最強でした」
2/15日夜より公開します。




