第2話 勇者失格、おっさんは天井を見つめる
※第2話です。ユージの異世界生活が少しずつ始まります。
目を覚ますと、見知らぬ天井があった。
いや――正確に言えば、見知らぬ「木の板」があった。
「……低っ」
ユージは仰向けのまま、ぼそりと呟いた。
第1話で見た城の高い天井とは正反対。腕を伸ばせば触れそうなほど近く、ところどころ黒ずんだ梁がむき出しになっている。
体を起こすと、簡素なベッドが軋んだ。
薄い毛布、硬い寝台、狭い部屋。壁際には小さな机と椅子が一脚。窓はあるが、ガラスは入っておらず、外の風がそのまま入り込んでくる。
「……宿屋、だよな。たぶん」
城の魔法陣で気を失った――のかどうかは分からないが、気付けばここにいた。
少なくとも、檻や牢屋ではない。そこは少しだけ救いだった。
ベッドの縁に腰掛け、頭を掻く。
「勇者失格、か……」
思い返せば、扱いは露骨だった。
魔力測定が「測定不能」になった瞬間、期待が失望に変わるあの空気。
そして、さっさと判断を下したあの男の冷たい声。
「不適格、ねえ……」
日本でも、何度となく聞いた言葉だ。
資格がない。前例がない。想定外だ。
産廃処理業なんて、誰もやりたがらない仕事を選んだ時から、そういう視線には慣れている。
ユージは苦笑した。
「異世界でも変わらねえな」
ふと、机の上に置かれた小さな布袋に気付く。
中を覗くと、硬貨が数枚と、紙切れが一枚。
紙には、簡素な文字でこう書かれていた。
――当面の滞在費用として支給する。
――城への立ち入りは許可があるまで禁止する。
「……放置プレイかよ」
怒りよりも、呆れが先に来た。
勇者として期待しておいて、外れだと分かった瞬間にこれだ。
とはいえ、追い出されて野垂れ死によりはマシか、と現実的に考えてしまう自分がいる。
窓の外を見る。
石畳の道を、見知らぬ服装の人々が行き交っていた。人間だけではない。角のある者、耳の尖った者、明らかに体格のおかしい者もいる。
「……完全に異世界だな」
夢ではない。
酔ってもいない。
これは現実だ。
そう理解した瞬間、胸の奥に、じわりと重たい感情が広がった。
「……さて、どうする」
帰る方法は分からない。
城には近づけない。
頼れる知り合いも、保証も、仕事もない。
条件だけ見れば、詰んでいる。
だが、ユージは深く息を吐き、背筋を伸ばした。
「まあ……生きてりゃ、なんとかなるか」
不思議なほど、焦りはなかった。
追い込まれる経験なら、何度もしてきた。
金がない、信用がない、味方がいない――そんな状態から、少しずつ足場を作ってきた人生だ。
「まずは情報収集だな」
宿代はいくらか分からないが、硬貨はある。
街に出て、飯を食って、話を聞く。
どこの世界でも、生きる基本は変わらない。
その時、ドアの向こうから足音がした。
軽く、規則正しい足取り。
そして――
「……こちらに、召喚者の方が滞在していると聞きましたが」
控えめなノックとともに、女性の声が響いた。
ユージは眉を上げる。
「……はい?」
城に立ち入り禁止を言い渡されたはずだ。
それなのに、わざわざ訪ねてくる人物。
嫌な予感と、わずかな好奇心。
ユージは立ち上がり、ドアへ向かった。
――この出会いが、
彼の「勇者失格」人生を、静かに、しかし確実に動かし始めることになる。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回も引き続き更新していきますので、よろしければお付き合いください。




