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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第156話 帝国の少年 ジン 後編

 酒場。


 遊び人は杯を傾けながら笑った。


「それで?」


「その小僧は、今度は何をやらかした?」


 商人は豪快に笑う。


「やらかしたって言うより、俺たちの常識をひっくり返しやがったんだ。」



 数日前。


 港では、いつものように商人たちが忙しく働いていた。


 船から荷を下ろし、市場へ運び、店先に並べ、客へ売る。


 その全てを、一人の商人がこなしている。


 その様子を眺めていたジンが、不思議そうに首を傾げた。


「なあ。」


「何でみんな、一人で全部やってるんだ?」


 商人たちは怪訝そうな顔をする。


「何言ってんだ、坊主。」


「商人だからに決まってるだろ。」


「船も動かす。」


「荷物も運ぶ。」


「店でも売る。」


「全部できなきゃ商売にならねぇ。」


 ジンは少し考えると、ぽんと手を叩いた。


「だから人手不足なんじゃん。」


「……は?」


「船を動かすのが得意な人は、船だけ動かす。」


「力自慢は荷物だけ運ぶ。」


「商売上手な人は店番だけする。」


「全部得意な人を探すのは難しいけど、一つだけ得意な人を集めるのは、わりと簡単だろ?」


 商人たちは顔を見合わせる。


「でもよ。」


「儲けはどうする?」


「みんなで分ければいいじゃん。」


 ジンは笑って答えた。


「一人で全部やって一しか稼げないなら。」


「三人で分業すれば四になるぜ。」


「一人分、余計に儲かるんだから、みんな得だろ?」


 港が静まり返る。


 誰もそんな発想をしたことがなかった。


「おっと。」


「そろそろ戻らないと、また教官に怒られるや。」


 ジンは荷物を肩に担ぐ。


「じゃあな!」


 そう言って足早に去っていった。


 残された商人たちは、しばらく呆然としていた。


 やがて一人が口を開く。


「……しかし、なんだな。」


「あの小僧の言ってることにも一理ある。」


「ちょっと仲間内で相談してみるか。」


「ああ。」


「試すだけなら損はねぇ。」



 酒場。


 商人は杯を飲み干した。


「実際に試してみたらよ。」


「坊主の言う通りだった。」


「荷物は早く片付く。」


「魚は新鮮なうちに売れる。」


「売り上げも伸びた。」


「港のみんなが儲かるようになった。」


 遊び人は静かに笑う。


「なるほどな……。」


「面白ぇ小僧だ。」


 教官も苦笑する。


「訓練さえ真面目なら、申し分ないんですがね。」


 遊び人は立ち上がった。


「今日は面白い話が聞けた。」


「酒も旨かった。」


「じゃあな。」


 そう言って夜の港へ消えていく。


 教官と商人は顔を見合わせた。


「変わった人だったな。」



 数日後。


 皇帝執務室。


 一通の書簡が届けられた。


「ユージア国より、人材育成事業への協力要請です。」


 家臣が頭を下げる。


「各国より、将来有望な若者を一名ずつ派遣していただきたいとのことです。」


 ペーターは書簡を読み終えると、静かに笑った。


「面白ぇ。」


 家臣が続ける。


「我が国からも、優秀な訓練生を選抜いたします。」


 その瞬間。


 ペーターの脳裏に、一人の少年の姿が浮かんだ。


 見慣れない漁具を売る姿。


 孤児院へ魚を運ぶ姿。


 港の商人たちへ分業を説く姿。


 そして。


 どれも心の底から楽しそうに笑っていた。


 ペーターは、にやりと笑う。


「おい。」


「訓練生で、いつもサボって金儲けしてるジンって奴がいただろ?」


 家臣は首を傾げる。


「……ジン、ですか?」


「存じません。」


「教官を呼べ。」



 しばらくして、教官が皇帝私室へ案内された。


「失礼いたします。」


 扉を開けた瞬間、教官は固まる。


「……え?」


 机の向こうに座っていたのは。


 数日前、酒場で酒を酌み交わした、あの遊び人だった。


「ま……まさか……。」


 教官の顔から血の気が引いていく。


「へ、陛下!」


「その節は、大変失礼いたしました!」


 ペーターは声を上げて笑った。


「はっはっは!」


「そんなことはいいのだ。」


「酒も旨かったしな。」


 教官は恐る恐る顔を上げる。


 ペーターは笑みを収めた。


「それより。」


「其方が話していた、ジンという少年のことだ。」


「ジン……ですか?」


「ああ。」


「あいつをユージア国へ送れ。」


 教官は目を見開く。


「し、しかし陛下!」


「あいつは訓練をサボってばかりの問題児で……。」


 ペーターは首を横に振る。


「問題児?」


「違うな。」


「あいつは、軍人に向いていないだけだ。」


 一拍置いて続ける。


「優秀な兵士なら、この国にも山ほどいる。」


「だが。」


「国を豊かにできる人間は、そうはいねぇ。」


 教官は息を呑む。


 ペーターは静かに微笑んだ。


「俺は皇帝だ。」


「人を見る目だけはあるつもりだ。」


「商売をしながら、新しい漁具を作る。」


「新しい仕組みまで考え出す。」


「利益を孤児院へ還元する。」


「そんな小僧を、この国だけに閉じ込めておくのは惜しい。」


「ユージなら。」


「あいつの才能を、もっと大きく育ててくれる。」


 教官は深く頭を下げた。


「……承知いたしました。」


 こうして。


 帝国一の問題児は。


 皇帝自らの推薦を受け、ユージア国へ旅立つことになったのである。

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