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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第154話 帝国の少年 ジン 前編

 ネバランド帝国。


 港町の夜は、昼とは違う賑わいを見せていた。


 昼間は船乗りや商人たちの怒号が飛び交う港も、日が沈めば酒場に人々が集まり、一日の疲れを酒で流している。


 そんな酒場の片隅で、一人の男が深いため息をついた。


「はぁ……。」


「浮かねぇ顔してるな。」


 声を掛けたのは、隣へ腰を下ろした遊び人風の男だった。


 日に焼けた肌。


 無精ひげ。


 豪奢ではないが、どこか洒落た着こなし。


 誰にでも気さくに話しかけるその姿は、とても身分の高い人間には見えない。


「兄ちゃんも一杯どうだ?」


「ご馳走になります。」


 二人は軽く杯を合わせた。


「何かあったのか?」


 教官は苦笑する。


「私は、訓練生の教官をしているんですけど、一人問題児がいましてね」


「ほう。」


「問題児か?」


「ええ。」


「とんでもない問題児です。」


 教官は一気に酒をあおった。


「剣術訓練はサボる。」


「操船訓練もサボる。」


「体力訓練なんて最初から来ません。」


 遊び人は吹き出した。


「そりゃまた豪快だな。」


「いるんですよ。」


「しかも困ったことに、頭だけは切れる。」


「今日も港へ探しに行ったら、案の定、商売をしてましてね。」


「商売?」


「漁具ですよ。」


「見たこともない妙な道具を売ってるんです。」


 遊び人は興味深そうに身を乗り出した。


「ほぉ。」


「面白そうだな。聞かせてくれ」


 教官は苦笑しながら頷く。


「実は、今日こんなことがありまして……。」



 昼。


 港町は、いつものように活気に満ちていた。


「へい、いらっしゃい!」


「今日は面白い物があるよ!」


 港の一角。


 一人の少年が、小さな露店を開いていた。


 露店に並ぶのは、木で削られた小魚や細い竿、見慣れない金具。


 通りかかった漁師が足を止める。


「坊主。」


「これは何だ?」


 少年は木製の小魚を持ち上げた。


「釣り用の餌だ。」


「餌?」


 漁師は鼻で笑う。


「こんな木のおもちゃに針を付けただけで、魚が食い付く訳ねぇだろ。」


 少年はにやりと笑った。


「じゃあ。」


「見てなって。」


 一本の竿を手に取る。


 その竿には、不思議な糸巻きが取り付けられていた。


「何だそりゃ?」


「竿と糸巻きがくっ付いてるのか?」


「ああ。」


「これはリール。」


「遠くまで投げられるし、大きな魚とも勝負できる優れ物なんだ。」


 ヒュンッ。


 擬似餌が沖へ向かって飛んでいく。


 少年はゆっくりと糸を巻いた。


「こうやって巻くと、生きた小魚みたいに泳ぐんだ。」


 その瞬間だった。


 ゴンッ!


 竿が大きく引き込まれる。


「おっ!」


「かかった!」


 竿が弓なりに曲がる。


「よーし……。」


「暴れるなよ。」


 少年は慌てることなく魚をいなし、少しずつ足元まで寄せていく。


「今だ!」


 サッ。


 網ですくい上げられた魚が、銀色に輝いた。


「どう?」


 少年は得意げに魚を掲げる。


 漁師たちは目を丸くした。


「すげぇ!」


「餌も使わずに!」


「しかも陸からこんな大物が!」


 一人の漁師が叫ぶ。


「おい、坊主!」


「その竿とリール、それに餌!」


「全部まとめて売ってくれ!」


「毎度あり!」


「俺にも!」


「こっちにも!」


「順番、順番!」


 少年は笑顔で商品を手渡していく。


「あはは!」


「今日も儲かっちゃったな!」


 革袋の中で、硬貨が軽やかな音を立てた。


 その様子を、少し離れた場所から見つめる男がいた。


 訓練教官である。


 額に青筋を浮かべ、拳を握り締めている。


「……ジン。」


 低い声で呟く。


 少年はまだ気付かない。


 商売に夢中である。


 教官は大きく息を吸い込んだ。


「こらぁぁぁぁぁ!!」


 港中に怒声が響き渡る。


 少年の肩が、ぴくりと震えた。


「ジン!!」


「お前、また訓練をサボったな!!」


 少年はゆっくりと振り返る。


 そして、乾いた笑みを浮かべた。


「……やべっ。」



 酒場。


 そこまで話すと、教官は杯を置いた。


「……という訳です。」


「本当に手の掛かる奴でしょう?」


 遊び人は腹を抱えて笑っていた。


「はっはっは!」


「いや、面白ぇ小僧じゃねぇか。」


 教官は呆れたように肩を落とす。


「笑い事じゃありません。」


「あいつは帝国の訓練生なんですよ。」


 遊び人は酒を一口飲み、口元を緩めた。


「それで?」


「捕まえた後はどうした?」


 教官は深いため息をつく。


「それが……。」


「あいつは、捕まった後も、ただでは終わらなかったんですよ。」

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