第135話 現場視察
ユージア城を飛び出した一行は、王都の中心部から少し外れた庶民街へとやって来ていた。
夕暮れ時。
通りには仕事帰りの人々が行き交い、屋台からは香ばしい匂いが漂ってくる。
「いい雰囲気だな」
ペーターが上機嫌で周囲を見回した。
「だろ?」
ユージも満足そうだ。
「こういうのは実際に歩いてみないと分からん」
「まったくだ」
皇帝と国王。
本来なら国の命運を背負う二人が、まるで学生時代の友人のように並んで歩いている。
その後ろでは。
「大丈夫でしょうか」
ハミータが呟いた。
「大丈夫じゃないだろうな」
タケシトが笑う。
「まあ、楽しそうだからいいじゃねぇか」
全然護衛らしくなかった。
◇◇◇
やがて。
一行は目当ての酒場へ到着した。
木造二階建て。
特別高級でもない。
かと言って安酒場でもない。
庶民に愛される、繁盛店である。
扉を開く。
途端に活気が飛び込んできた。
「いらっしゃいま――」
若い給仕の娘が振り向く。
「あっ!」
その顔がぱっと明るくなった。
「王様いらっしゃい!」
「おう」
ユージが手を上げる。
「元気してたか?」
「もちろん!」
娘は満面の笑みだ。
「とりあえず、いつものでいい?」
「ありがとう」
「それで頼むわ」
「喜んで!」
娘は厨房へ駆けていった。
ペーターは呆然としていた。
「どうした?」
ユージが聞く。
「いや……」
ペーターは店内を見回した。
「今のは何だ?」
「何が?」
「王様いらっしゃい、だ」
「ああ」
ユージは当然のように頷く。
「常連だからな」
「常連なのか」
「そうだ」
するとタケシトが笑った。
「リーダーは暇になると飲みに来るからな」
「暇じゃねぇよ」
「怪しいな」
「怪しくない」
いつものやり取りらしい。
だが。
ペーターが驚いたのはそこではなかった。
店内を見回す。
職人。
船乗り。
商人。
冒険者。
誰もが楽しそうに飲んでいる。
そして。
誰も国王が来たことに驚いていない。
もちろん気付いている。
だが。
それで態度を変えない。
しばらくして。
先程の娘が料理を運んできた。
「お待たせしました!」
豪快な唐揚げ。
焼き魚。
煮込み料理。
そして酒。
どれも実に美味そうだ。
「あと王様」
「ん?」
「今月もちゃんと働いてる?」
ユージが固まった。
「働いてるわ!」
娘は疑わしそうな顔をした。
「ホントに?」
「ホントだ!」
タケシトが笑う。
「俺も怪しいと思う」
「お前は黙れ」
店内がどっと笑いに包まれた。
ペーターは目を丸くしていた。
「国王にそんなことを言うのか?」
娘は首を傾げる。
「だって王様だし」
「?」
「王様ならちゃんと働かないと」
当たり前のように言った。
ペーターは絶句した。
そして。
ゆっくりと笑う。
「なるほど」
「面白い国だ」
◇◇◇
料理は絶品だった。
「美味い!」
ペーターが叫ぶ。
「だろ?」
「この魚は何だ?」
「アジだな」
「アジか!」
「それとこれはイカ」
「イカ!」
昼間の会談を思い出しながら、二人は盛り上がる。
気付けばジョッキは何杯目か分からなくなっていた。
やがて。
少し酒が回った頃。
ペーターがぽつりと言った。
「ユージ殿」
「ん?」
「皇帝というのもな」
珍しく真面目な顔だった。
「案外つまらん」
「ほう?」
ユージは酒を飲む。
「しがらみばかりだ」
ペーターは苦笑した。
「貴族」
「商人」
「軍部」
「宰相」
「皆好き勝手言う」
「何を決めても反対が出る」
「何をやっても批判される」
少しだけ疲れたような顔。
「なるほどな」
ユージは頷く。
「でもさ」
「うむ?」
「そんなの関係なくね?」
ペーターが瞬きをした。
「関係ない?」
「おう」
ユージは当然のように言う。
「みんなのためになると思うことをやる」
「自分が正しいと思うことをやる」
「それだけだろ?」
「しかし反対もある」
「あるだろうな」
「批判もある」
「あるだろうな」
「失敗するかもしれん」
「するかもしれんな」
ペーターは苦笑した。
「全部あるではないか」
「だから何だ?」
ユージは肩をすくめた。
「筋さえ通ってりゃいいじゃねぇか」
静かな声だった。
「外野が何を言おうが気にするな」
「結果が出れば黙る」
「出なくても仕方ない」
「だって自分が正しいと思ってやったんだからな」
ペーターは黙った。
しばらく考える。
そして。
大笑いした。
「ははははは!」
店中が振り返るほどの大声だった。
「お前」
「ん?」
「国王でありながら自由だな!」
「そうか?」
「すごいぞ!」
ペーターは本気で感心していた。
「俺もそうありたいものだ」
「なればいいじゃん」
「簡単に言うな」
「簡単だろ」
再び大笑い。
「今日は愉快だ!」
ペーターが立ち上がる。
「もっと飲もう!」
「いいぞ!」
ユージも立ち上がった。
「よし!」
「次の店だ!」
その瞬間。
タケシトが親指を立てる。
「待ってました!」
「二軒目はリコちゃんの店だ!」
ユージも笑った。
「流石だ!」
「任せろ!」
ハミータは小さくため息を吐いた。
ナーチャンの言葉は正しかった。
護衛ではない。
完全に飲み会幹事だった。
こうして一行は。
さらに賑やかな夜へと繰り出していくのであった。




