決闘です
冒険者ギルドの奥、受付台の前。
騒々しい酒場スペースの喧騒が背中で渦巻く中、エマは案内された木製カウンターの前に立っていた。
受付嬢――先ほどから慌ただしく動き回っていた少女が、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
「えっと、その……まずは自己紹介ですよね!私、カタリナ・レリュートって言います! 新人さんの登録と受付を担当していてっ!」
元気が良いのかおっちょこちょいなのか、やたらと声が弾んでいる。
エマは少し戸惑いながらも会釈した。
「えっと…私は……エマ・フィールドです」
「はいっ、エマさんですね! ではまずこちらの水晶球に手を添えていただいて……魔力・筋力・瞬発力・体力・頑強さの5つの計測を行います!」
ギルドの正面奥に据えられた透明な水晶球。
淡い光を宿すその表面は磨き込まれており、触れただけでひんやりとした温度が指に移る。
「では、お願いします!」
カタリナの言葉に従い、エマは両手をそっと水晶へ。
――次の瞬間
ボフッ プスプスプス……!
水晶球の内部から煙がゆら〜っと立ち昇った。
「………………」
「…………あれ?」
カタリナは、口を半開きにしたまま固まる。
「え、えっと……壊して……?」
「ち、違いますよ!? そんなことあるはず……あるはず……っえええ!?」
慌てふためくカタリナの瞳が泳ぐ。
……まぁ、不良品だったんだろう。うん、そういうことにしておこう
エマが内心でそっと結論づけたその瞬間――
「と、とりあえず……実技試験をしましょうか……!」
「実技、ですか?」
「はい……。最近は水晶計測が主流で、実技はほぼ廃止されてるんですが……こ、こうもイレギュラーが起こってしまうと、再開するしか……」
「他の水晶はないのでしょうか?」
「そ、そのぉ……」
カタリナの視線が宙に彷徨った瞬間、脳内で回想シーンが開く。
――数日前。
台車に水晶球を山積みにしたカタリナが、廊下で「えへへ、今日は先輩に褒められ――」とか言ってたら、段差に足を引っかけて転倒。
ガッッッシャアアアアアン!!!!!
水晶球、全損。
「―――ということがありまして…」
「その…なんと言えばいいか…ところでこの回想シーンって共有することが出来るんですね」
「それは言わないのがお約束です」
すると―――
「おいおい、水晶玉ぶっ壊したのかよ?」
「俺らだってこれから測定あるんだぞ? どうすんだよなぁ?」
割って入るように、モブ感丸出しの先輩冒険者たちが声を荒げる。
「あなた達C級冒険者ですよね!? もっと、こぅ……先輩としての態度というものが……!」
「先輩らしくしてんだろうがぁ!壊したてめぇが口出しすんな!」
「ぐぅ……!」
言い返そうとしたが、言い返せずうなだれるカタリナ。
エマは彼女の肩にそっと触れながら呟いた。
「カタリナ……では、彼らと実技をするというのは?」
「だ、駄目です! 実技は本来B級以上の冒険者が担当することになってるんです!彼らはC級!!たしかに実力で言えばB級にも劣りませんが…」
「では、この中にB級の方は?」
ざわり、と空気が揺れた。
奥の席から、筋骨隆々の大男が立ち上がる。
「B級のボスニアだ。お前……十七かそこらだろ?…ここはなぁ、ガキが来るところじゃねぇんだよ」
「では、あなたが担当を?」
「負けたら諦めて尻尾巻いて帰ることだな」
にやりと笑うボスニア。
勝手に話が進んでいくのを、カタリナはただオロオロ見ている。
―――ギルド裏の実技場。
「お前、俺に勝てると思ってんのか?」
ボスニアが嘲笑するが、エマは無視し、バッグに固定していた細身の剣を外す。
「俺のこと無視してんじゃねぇよぉぉぉ!!!」
大男が涙目で怒鳴る。
二階の観覧席では数十人の冒険者が興味津々で見守っていた。
そして横には―――
「エマさん、勝てるんでしょうか……」
「まぁ……ボスニアさんはB級でも上位の実力者。彼女じゃ分が悪いだろうね」
A級冒険者のオマハ・デスティファ―。
カタリナがため息を混ぜて愚痴る。
「なんでオマハさんが担当してくれなかったんですか……? 手加減も出来たはずでしょ……」
「僕だと彼女が合格するラインで手加減しちゃうからね。現実を見るのも経験だよ」
そんな会話をしていると――
「俺ァ手加減しねぇぞ?」
「えぇ、もちろんです」
ボスニアは鎧を深くかぶる。
一方のエマは、静かに腰を落とし構えをとった。
「……あれ、レンデルム流の構えじゃないかい?」
オマハの顔が興味の顔に変わる。
「れ、レンデルムって……剣聖が創始した、あの……!?」
「まぁ…その名を騙る奴も多い。本物か偽物かはすぐ分かるさ」
空気が、ぴたりと凍りつく。
エマは深く息を吸い込み――
一切の動きを消したまま、攻撃の気配だけを研ぎ澄ます。
そして――




