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悪役令嬢だって悪くない  作者: めめんちょもり
この不条理を変えてみせる
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レティシア様、慎重にです

街角に紅葉が舞う頃、令嬢たちは楽しげに歩いていた。

レティシアとアリーゼは顔を寄せて何かを相談し、時折ふざけ合いながら通りを軽やかに進む。

その後ろを、二人の侍女が静かに歩いていた。

エマとベラ、ベラ・クリストファー。服の裾を押さえ、足元を確かめながら――それでも会話は尽きない。


「今日もお嬢様方は絶好調ね」

「ほんとに。あの子たち、風が吹こうがお構いなしで」

ベラが静かに笑う。

彼女はアリーゼの側近侍女で、しなやかな黒髪にきちんと結った髪型が映える。

礼儀正しく、それでいて表情が豊かだ。

ゲームでは一瞬の登場だったため顔は殆ど描かれなかった。

しかし…現実でこうやってみると綺麗な顔立ちをしている。

それでいてレティシアとは違う上品さを兼ね備えている。

最近は慣れたと思っていたが…血を吐きそうだ。


「ところで、先日の舞踏会は大変でしたわね」

「はい。誰を狙ったものかは分かりませんが…今思い返しても鳥肌が」

エマは肩をすくめ、ふと自分の袖を押さえる。

あの夜の血の跡はいまや消えたが、記憶は色濃く残っている。


「でもお嬢様方が楽しそうで何より。あの笑顔を見ると、つい許しちゃうものです」

「わかります。でも、家のことを思うと心配にもなりますが」

ベラの声が少し低くなる。

彼女の目には、単なる保護者的愛情だけでなく、重い責務の色が宿っていた。


「そういえば…ベラさんのところはどうなんです? アリーゼ様はご家族のご意向は」

「そうですね…正直に言えばまだはっきりしていません」

ベラは視線を少し逸らし、小さく息をついた。

「もし王家に出すとしても、皇子ではなく二番手の側室に留まる可能性が高いと聞いています。

だから本当に“出すか”は未定です」


エマは無言で頷く。心の中にはゲームの記憶がちらつく。

ボルドール家が力を取り、後にレティシア家を蝕む未来。だがこの今はまだ、微妙な均衡の中にある。


「クローネ家だけじゃないんです。ボルドール家も、王家との関係を完全には望んでいません」

「え?」

「子爵様のお話では、いまは王家との繋がりは“利用できる資産”に過ぎないとのこと。使えなくなれば関係を断つ、そう仰っていました」


ベラの口ぶりは冷静だが、その裏には血のように濃い現実がある。

エマは考え込む。

もし二家が協力して王家から離反するようなことになれば――クローネ家とボルドール家の立場はどうなるのか。

周りからの孤立や糾弾は免れない。

だが彼女の肩にはもっと直接的な目的がある。


…私が打倒すべきは聖女であって王家じゃない。

先に立つのは、常にあの少女をめぐる“本当の脅威”だ。しかし、利用可能な利得は見逃せない。政治は道具だ。使えるものは使う。


「じゃあ、つまり――ボルドール家と手を組むことは、選択肢に入るってことですね」

「ええ。利用できる間だけ。ですから慎重に、です」

ベラは小さく笑みを作る。彼女もまた、家の未来を案じる侍女の一人だ。


エマは静かに吐息をつき、視線をふたたび令嬢たちへ向けた。

二人は花壇の前で何かを見つけ、無邪気に笑っている。無邪気さがまぶしいものだ。

…あの姿を聖女と呼ぶのだろう。


「なら……少しだけ使わせてもらうわ」

心の中で決める。利用するのは一時の手段。目的は変わらない。聖女を阻み、レティシアを守る。

そのためなら、彼女は冷静に駒を動かす。

自分もまた、駒の一つとして。


ベラが小さく頷いた。

「良い判断だと思います。無理はなさらずに」

「はい、ありがとうございます」

二人は顔を見合わせ、短く笑う。

侍女同士の連帯感が生まれる瞬間だ。だが笑いの後ろには、やはり不安が隠れている。


街はゆっくりと秋の午後を深めていく。

エマとベラは無言で歩きながら、それぞれの胸の内で次の一手を思い描いていた。

風が冷たく吹いた。落ち葉が一枚、二人の足元に集まる。それは、小さな決意の合図のようだった。

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