第四話 なぜ人はハードモードを選びたがるのか
人生とは常にハードモードです。
選択と後悔を繰り返し。やがて辿り着く結末に良い人生だったと言える人は果たして何人いるでしょうか。
まぁ少なくともあなたが、このチート転生課にいる時点でお察しの通りですが。
そんなあなたに人生のイージーモードがございます。チート転生というものです。
長い説明面倒なので省略しますが、迷える魂にチートという特別なスキルを保有する権利が与えられます。
色んなスキルがあるので、自分にあったスキルをお選びください。
……チートはいらない? 自分の手で切り開いていく? 馬鹿ですかあなたは?
まぁ心意気はいいですが、超ハードモードになりますよ。あなたの知る文明よりも劣っていますし、魔力主義な世界になりますし、何よりモンスターで転生するとか自殺志願者ですよ。
あれですか。痛みつけられるのに快感を覚える豚ですか。マゾですか。まぁこのモンスターに痛みはありませんが。
いいでしょう。あなたが望むなら隣のノーマル転生課に並んでください。は? 忙しいから私がやれと?
……あとで覚えてろよ、ラファエル。
あ、後学になるか分かりませんが、あなたと同じようにハードモードを選ぶ人がいましたよ。
俺は貴様らチート共とは違うってイキリ散らしてスライムにノーマル転生しました。
後で聞いた話なんですが、そのイキリ野郎は十秒後にドラゴンに潰されて死んだらしいです。
ちなみに未だこの最速死亡RTAを破った人はいません。一応、転生場所は選んでるんですけどね。
ああ、あと一度死ぬとここに戻って来れませんので、ご注意ください。
やっぱりやめときますか? そうですか。あなたの意思は固いようですね。ゴーレム転生だけに。
だけど忘れないでくださいね。たとえ前世の記憶があろうとも成り上がりは険しい道のりだということを。そういうのじゃない? 際ですか。
ああ、そうそう。
転生したら最初は逃げることを意識してほしいかな。そうすれば生き残りやすいから心に留めておいてね。けどあなたが逃げない日が来たらきっと第二の人生の始まりになる思う。
だから自分から死にに行くのは私の手間が増えるからよしてね。
じゃあ記憶消すからあと頑張ってね。
レッツ異世界ノーマル転生!
◇◇◇◇
辺りは薄暗く静寂に包まれていた。
意識が鋼鉄のように固まっていて、一歩も動くことが出来ない。けどこれでよかった。もう痛いのは嫌だった。不動を貫いてこそ私の生きる道だと思った。
けれど数日ほど経つと変化が訪れた。
「ごーれむしゃんだ!」
ボロボロの布を羽織った小さな女の子がぺちぺちと俺を叩く。
「ごーれむしゃん、ねてるの?」
不動を決め込んでいた私はくるっとした青い瞳に吸い込まれて声に出した。
「起きていル。何者だ君ハ?」
女の子は満面の笑みで一言口にする。
「しゃべった! ごーれむしゃんごーれむしゃん!」
無垢で純粋な女の子の笑顔は私の心を浄化していく。女の子は何よりも美しく穢れを知らない。人間という枠組みから外れて天使のような存在だ。
「いたぞ!」「こっちだ!」「絶対捕まえろ!」
大人達の怒涛に女の子は後ろに隠れて萎縮する。ゴーレムだと言うのに小さな振動が伝って私の心を動かしていく。生命の胎動だ。
硬い腕は守りの盾。原動力は女の子の笑顔。動くは私の意思だ。
女の子を守りたい。ただそれだけ。弱虫で泣き虫で引きこもりの私はもうやめよう。もう一度だけ偽善者に成り下がろう。
「へへ、手間掛けさせやがって」「星人族は高く売れるからなぁ」「傷つけんなよ」
醜い大人達は私が動くとも微塵に思ってない。
一歩また一歩と近づく度、女の子の震えは大きくなって私の心を強く突き動かす。
「へへ、じゃ……」
ゴキっと骨が折れる音が響き渡る。一瞬の出来事に仲間は目の前の石塊を見上げることしか出来なかった。
「私が君を守ル」
二人の男の悲鳴と石が擦れる轟音が洞窟に無慈悲に響き渡った。
◇◇◇◇
「カマエル先輩、この履歴書どうするッスか?」
差し出されたのは前世の迷える魂の履歴書だ。
いつもなら束のように渡されるのに今回は一枚だけで拍子抜けだった。
しかし、目を通すと凄惨な文章が羅列して吐き気を催す邪悪そのものだ。
「これヤバくない?」
「まあヤバいッスね。こんな悲惨な子、久しぶりッス」
「……確かこの子、ゴーレム転生した子だったっけ」
「カマエル先輩が覚えてるなんて珍しいッスね。もしかして特別な感じッスか?」
「あのね。私はこれでも公私混同するタイプだよ。ただゴーレム転生するって聞いて、ぶっ飛んだ発想の子がいたなと覚えてただけ」
「そうッスか。じゃあ転生後の話を聞きたいッスか?」
「別に。いいから早く仕事を終わらせて」
「はーい。じゃあ語らながら作業するッスね」
「それで仕事できるならいいよ」
ハニエルはにっこりと笑い、淡々と彼女の物語を口にする。
「ゴーレムっ子はある女の子の守護者になったそうッス。けど女の子はその世界ではレアな種族だそうで、貴族に高値で売れるいいカモだったそうです」
どの世界でも奴隷という文化はあるらしい。
本当に人間は愚かだなと思うが、私達も主神に十分こきつかわれているので言い返せない。
「んで、次から次へと刺客が来てゴーレムっ子は傷ついていった。チートがあれば楽に敵を屠れたのに、手に入れないのって私からしたら不思議ッスよ」
私は上を見上げる。そこには何もない。ただ雲一つない青空が広がっていて、どうしようもなく無気力感に包まれそうになる。
「ゴーレムっ子は手も足も切り落とされて女の子を守れなくなった。そしてゴーレムっ子は」
「ハニエル、口を閉じて。今は仕事に集中しなさい」
「え、でも」
「いいから」
それ以上語るとカマエルの逆鱗に触れてしまうだろう。ハニエルは黙り仕事をこなすマシーンに変身した。
しばらくして仕事が終わるとカマエル達はいつも通り帰路に着こうとする。
「ハニエル」
「なんッスか?」
「ちょっと寄り道しよう」
カマエルの誘いは飲み以外で考えられない。長い付き合いだからこそ瞬時に思い浮かべることが出来るのだ。
「飲みに行くんッスか?」
「いや、違う。ある場所に行く」
「え、どこッスか?」
「行ってからのお楽しみってことで」
ハニエルは首を傾げつつ、カマエルに連れられていく。そして天界で誰もが知るその場所にハニエルは思わず口にする。
「異界扉じゃないッスか」
無数の扉が宙に浮かび、幻想的な光景を生み出している。けれど見学するために来たわけではない。
カマエルは一本の金鍵を翳す。
すると目の前に無骨な木の扉が降りてきて、カマエルは鍵を差し込んだ。
「ほら行くよ」
「は、はぁ」
ハニエルは滅多に下界に降りることはない。
別に嫌っているわけではなく、寧ろ積極的に降りたいと思っている。しかし、ただの天使が下界に降りるのは不可能だ。
特別な鍵。異界扉の金鍵という限られた神と大天使が持つ鍵がなければ下界に降りられない。
カマエルはその一人だ。
神や天使がやらかした後始末を自ら降りて修正することが多いため持たされている。時折ストレス発散のために娯楽に使うこともあるが。
「レッツ異世界!」
扉から眩しい光が溢れ出す。
カマエル達は輪郭を失い、真っ白な世界へ一転する。しかし、それもほんの一瞬で次にまぶたを開いた時は草木が生い茂る森の中にいた。
「阻害魔法をかけとくよ」
「了解ッス」
神目すら欺く透明状態で開けた場所まで歩く。
視界に映るのは色とりどりに花と小鳥のさえずりが奏でられる森の楽園だ。
「先輩あれって」
「うん。ゴーレムの子だよ」
ツタが体の至る所に巻きついている姿は朽ちた証だ。守るべきものを守った。哀愁漂う成れ果てにカマエル達は見守ることしか出来なかった。
「……! 先輩、あの子は!」
森の奥から一人の白髪少女が果物を持ってゴーレムの上に座る。
「ゴーレムの子が守った女の子だね。もう成人してるのに、心の穢れが一切見当たらない」
魂の色を見れるカマエルだからこそ言葉にできた。ゴーレムの子は守った。報われた。特別な能力に屈しなかった。己の力量だけで蹴散らした。
これは紛れもなく偽善者が為せる未知の可能性だ。
「よ、よかったッス」
「なに泣いてんの?」
「だって……ぐす。ゴーレムっ子が守ったものを生で見れるの感動でぇ……今も天界から見守ってるッスよきっと」
「はぁ、やっぱり勘違いしてたか」
「……え?」
「ゴーレムの子、生きてるよ」
「うえええええ!?」
ハニエルが大絶叫で叫ぶが、森の中はいつも通りに穏やかだ。カマエルが予想通り防音魔法もついでにかけておいて正解だった。
「生きる意思か」
ほんと寒いオヤジギャグだ。けど傍観者として生きた石にならず、守護者として生きる意思となり少女を見守り続けている。
カマエルはゴーレムを見つめた。石像だから表情は分からない。けれど魂は明るく笑っていた。