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家族の問題は世界を救うより難しい

 促されて手元の資料を読む。細かく状況が書かれていたけど大まかには香織から聞いていた通りだった。


「香織から聞いた通り、母親はかなりの教育ママみたいね」

「いい大学へ入学させて良い就職先へ。子供のことを思っての行動ではあります。ですが……」

「子供の気持ちを無視してるっていうと酷い言い方になるけど……そういうことよね」

「はい。子供は1人の人間です。その子が思い描く未来があります。親でも一方的に未来を決めていいわけではありません。もちろん中には両親の希望通り、または途中から自分で希望して大学へ行く子もいますけど……全員ではありません」

「香織は自分が本当は何をしたいのか分からないのよ。今まで母親に言われた通りに人生を歩いてきたから、自分1人ではどこに歩いていったらいいのかまだまだ分からないって感じね」

「宮田さんのことをよく理解されているようですね」


 安藤さんが褒めてくれたが私はすぐにそんなことはないと首を横に振る。


「理解なんて出来てないわ。人一人を理解するには何年、何十年も必要よ。私、そういうの苦手みたいなの」

「とてもそうは思えませんが……」

「ちょっとばかり長生きだからそれっぽいことを言えているだけよ」

「は、はぁ……」


 安藤さんが困った表情を浮かべた。仕方ない、今のは私の失言だった。見た目はどう見ても安藤さんの方が年上なのだから長生きと言ったら困惑するのは当然の態度だ。


「えっと、つまりはいろんな国に行って沢山の人々と関わったから経験豊富ってこと」

「……はぁ」


 安藤さんは納得してくれない。ここは話題を変えて乗り切るしかない。


「斎藤君はこの手の仕事じゃなくて相談かしら。受けたことあるの?」

「事務所の先輩の手伝いで何度かですね。その時は先輩がメインで私はサポートでした」

「その時はどんなことをして対応したの?」

「特殊なことはしてません。話を聞いて妥協できる箇所を見つける手助けをする。それだけでした。仲がいい家族に戻れたという事例はあまりないのが残念ですが」


 表情を沈めた斎藤君に続いて安藤さんが話を始めた。


「子供が家出までしている家族の修復は難しいんです。家出するまでに決定的な何かが壊れてしまっているので。壊れた原因をなんとか解決出来たとしても壊れた事実はなくなりませんから。お互いに負い目になってしまっていることが多いですね」

「香織の場合はどうするのが一番いいのかしらね。母親に教育に関して何も言わないように説得すればいいの?」

「いえ、それだけでは宮田さんが家に居ずらくなり、また家出する可能性が高いです。母親が完全に宮田さんを放置するネグレクトになる可能性もありますから」

「ネグレクト? なにそれ?」

「ご存じないですか?」

「知っていることが普通な言葉かしら?」

「いえ、最近はニュースでも取り上げられることがあるので周知は前よりもされていますが知らない人がいても不思議ではないです。ネグレクトとは育児放棄のことです」

「育児って香織はもう高校生よ」

「法律では未成年、18歳以下の子供に対しても当てはまります」


 机に用意されていたペンで資料の隅に『育児』と書いてみる。


「育児。育てて『児』は『こ』って読むことあるのよね。なるほど親として『児』なら年齢は重要じゃないってことか」

「はい、ですからただ宮田さんを家に帰せばいいというわけでもなく、家族として家に帰す必要があるんです」

「……うーん、世界を救うより難しい問題ね」


 世界を救う場合、極端に言えば魔王なり邪神なりを倒せばいいが、家族の場合、誰かを倒せばいいというわけではない。この日の話し合いは夜遅くまで行われたが、香織の母親と面談する日程しか正確には決まらなかった。

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