6.聖女
「あっ、すみません! ベッドに入ったままじゃ失礼ですよね……!」
そういえばベッドの上に、座ったままだったことを思い出す。
国王たちを立たせておいて、自分はベッドというのは……さすがにありえないだろう。
「いや、大丈夫だ、それは気にしなくて良い。どうかそのままで」
「……そうですか? それじゃ、お言葉に甘えさせていただきますね。ありがとうございます」
「うむ。ーーレオン、すまないが椅子を頼めるか?」
国王は頷き、後ろに控えていた騎士に声をかける。
漫画やアニメなどが好きな弟の影響で私もそれなりに嗜んではいたが、国や組織の中でトップとして登場するキャラというものは独裁的で、私腹を肥やす意地の悪い設定が多かった。
しかし、目の前にいる国王は人に優しく、誠実そうで安心する。
国王を観察しているうちに、レオンと呼ばれた騎士が、寝具の隣に椅子を二つ運んできた。
役目は終わったとばかりに一歩下がり、椅子の後ろに立つ。
王子の分も含めれば、あと二脚は必要だと思うのだが、これで良いらしい。
王子は何も言わずにレオンの隣に立つ。当然だが、椅子には国王と王妃が座った。
……正直こっちが気を使うから全員座っていただきたい。
「遅くなってしまったが、私はこの国を治めるエドワード・スピリットだ」
「ナツ・タカスギです。よろしくお願いします」
軽く頭を下げる。
はたして、国王に対する挨拶がこれで良いのだろうかと不安に思うが、相手は優しく微笑んでいて特に気にしてなさそうだ。
「ーー先ずは、愚息の行いにより、君をこの世界へと召喚してしまったことを心からお詫びする」
四人とも深々と頭を下げる。
特に王子は、土下座でもしそうな勢いで頭を下げていて、想像以上に反省しているように見える。
「あ、頭を上げてください。多少、腑に落ちないところはありますが……起こってしまった事は仕方ないと思っていますので」
この重苦しい空気を少しでも変えたいと思い、できるだけ笑顔で言ったのだが、言葉と一緒に出たのは乾いた笑いだった。
「……すまない」
「本当にごめんなさい……」
その笑いを聞き私の思いを悟ったのか、顔を上げた国王たちはバツの悪そうな表情となった。
なんてことだ。余計な気を使ったことで、さらに空気が重くなった気がする。
「あ、あの! それで、わたしはこれからどうすれば良いのでしょうか? この国を救ってほしいとかなんとか……」
空気に耐えきれず、無理やり話題を変えさせてもらう。過去のことは忘れて……とは口が裂けても言えないが、ここは未来に向けて話し合うべきだろう。
「ーーいや、勝手な都合で呼び寄せてしまったのだ、こちらからは君に対する要望はないので安心してほしい。君から何か要望があるならば、全て私が手配しよう」
なるほど、要するに「勝手な行いをした我々のことは気にするな、お詫びとして何でもする」ってことですね、ありがとうございます。
だけどーーーー
「それだと、わたしは何の意味もなく、この世界に召喚されただけってことになりますよね? ちゃんと理由があるなら知る権利はあると思います」
「うっ……」
私の発言により、国王は言葉を詰まらせる。
「いや、しかし……」と口を噤む国王に痺れを切らし、私はターゲットを変える。
「ルーカス殿下、でしたよね? わたしを召喚した理由を説明していただけますか?」
「そ、それは……」
国王に口止めでもされたのだろうか、同じように口を噤む王子。王妃も先ほどから目を伏せていて話してくれそうにない。
どうしたものかと頭を悩ませる。
「ーー陛下、お言葉ですが彼女の言う通りだと思います。彼女には知る権利がある。本人が知りたいと言うのであれば、全てを話すのが一番でしょう」
「……はぁ、そうだな。ーーすまなかった、ナツ。これから全てを話そう」
レオンに説き伏せられた国王は、ようやく重い口を開く。
「まず、今この国は魔素毒という脅威に脅かされているーー」
国王の話によると、この世界には魔物が生息しており、その魔物からは魔素毒という有害物質が排出されているらしい。
その魔素毒には人を魔物に変えてしまう、恐ろしいものだそうだ。
本来であれば、無属性の魔力を持つ聖女が使える魔法で浄化されているので、人体に影響は出ない。
しかし、理由は不明だが、ここ数十年で魔物が活性化され、魔素毒が濃くなっているという。
こうして話してる間にも、今いる聖女たちが魔素毒を浄化するため力を使っているということだった。
「ーーだが、恐らくあと一年も経たないうちに、この国で聖女とされている人間たちだけでは、浄化しきれない状況になるだろう」
このままでは、この国に住む人たちは一人残らず魔物に変わってしまう。
ルーカスはその現実を変えようと、聖女召喚の術を使用したようだ。
「……もうすでに聖女様がいらっしゃるようですけど、その方たちも召喚された方なんですか?」
「いや、この国で生まれた人間たちだ。聖女召喚の術は前国王が禁忌としたもので、現在は使用されていない」
禁忌とされているものを使ってしまうほどの危機なのだろう。
勝手に召喚したことは許せないが、この国の状況を考えれば頭ごなしに責めることはできない。
「その聖女が一人増えただけで状況が変わるものなんですか?」
「異世界の聖女であれば、な……」
聖女となるには、無属性の魔力が必要不可欠なのだという。
この国では数年、数十年に一人の割合で無属性の魔力を持つ人間が生まれる。
しかし、その魔力は他の属性の魔力と比べて極端に少ないらしい。
そのため一人では全く浄化できず、現在聖女として在籍している八名が、総動員で魔素毒の浄化に当たっているそうだ。
「過去に聖女として召喚した異世界人は、全員無属性の魔力を持っているのが確認されている。それも、膨大な量の魔力をーー」
「それは、わたしもですか?」
「ああ。君の無属性の魔力は、この国では見たことも無いほどのものだ」
「なら、わたしにはその魔素毒を浄化する力があると?」
国王は頷き肯定した。
それなら取る行動は一つだろう。
「……ねぇ、エレナ。魔素毒を浄化するにはどうしたら良いのかな?」
私はエレナに問いかける。
魔法を使うには妖精の力が必要不可欠、恐らく浄化の魔法も同じだろうと考えたのだ。
『そんなの、エレナとナツの魔力を合わせれば簡単なのだわ! ……でも今すぐには無理ね。ナツはまだこの世界に来たばかりだから、魔力が安定していないのだわ』
「安定?」
『そう、不安定な状態で魔法を使うと、暴走する恐れがあるのだわ』
「なるほど……。どうすれば安定するの?」
『…………今はゆっくり休むといいのだわ』
優しく頬を撫でながら微笑み、アドバイスしてくれるエレナ。
ーーそれは、心の問題ってことなのだろうか。
異世界へ来てしまったこと、魔法が使えること、国を救えるということ、二度と帰れないこと、家族や友人に、二度と会えないこと……。
私は、まだ何一つ納得できていない。
ただ物分かりの良いフリをしようとしているだけーー
「……すみません、今すぐには浄化できそうにないです」
少し震える声で告げる私に、国王は静かに首を横に振った。
「ーーいや、構わない。気にしないでくれ。我々が勝手に君を巻き込んでしまったのだ」
そう言って私の頭を撫でる国王の手はとても暖かく、心臓がギュッと締め付けられた。