5.妖精の祝福
誰もが無言で、静かに立ち竦んでいた。
『あら、国王なのだわ』
先頭に立つ、いかにも王様という格好をしている男性を見てエレナが呟く。
部屋に入ってきたのは国王の他に王妃と王子、それから腰に剣を下げている男性だった。格好から見て、彼は騎士だろう。
呆然と立ち竦んでいる彼らの目の前に出たのは、私を慕ってくれているであろう小さな妖精たちだ。
『ナツに何の用なのー?』
『ナツはボクたちと遊んでるから忙しいのー』
『そーだ!そーだ!』
『早く出ていくのー!』
『邪魔なのー!』
辛辣な言葉を発する妖精たち。
彼らはこの国一番のお偉い方たちなのだ、もう少し言い方を考えてあげてほしい。まぁ、妖精の立場からすれば関係ないのかもしれないが……。
『出て行けー!』と罵りながら数百匹の子供妖精たちは、国王たちを部屋から追い出そうとグイグイと身体を押している。
「な、なんだ……?」
国王たちは不思議そうに首を傾げていて、何をされているのか理解できていないようだった。
その様子に、私は疑問を覚える。
『ウフフ、残念なことに、人間たちには妖精と話す能力はないのだわ』
「えっ、そうなの?」
『この国でエレナたちと話せるのは、今のところナツだけよ!』
なにそのチート能力。
驚く私を無視して話し続けるエレナによると、普通であれば妖精の声というのは、人間の耳では聞き取れないらしい。
ただ、稀に子供には聞き取れる場合があるが、それも成長するにつれて聞こえなくなるそうだ。
人間の声の周波数と、妖精の声の周波数は違うということだろうか?
……だとすれば、私は一体なんだ?
「わたし、エレナたちの声は普通に聞こえてるし、ちゃんと会話もしてるよね? 気を失う前は王妃や王子とも会話したし……」
『……あら? 言われてみればそうなのだわ』
わたしはいつの間に人間を辞めたんだ。
もしかしてこの世界に召喚された際に、遺伝子か何かが変わってしまったのだろうか……?
『ーーまぁ、気にすることないのだわ! きっとナツがエレナたちとお話ができるのは、この世界の常識から外れた異世界人だからよ!』
なるほど、納得しました。異世界人だからですね、是非ともそういうことにしておきましょう。
私はまだ人間でありたい。
無理やり自分自身を納得させ、目の前の光景に意識を戻す。目の前で数百匹の妖精に取り囲まれた国王たちをどうにかしなければ。
とにかく声が聞こえないのなら、妖精たちの言葉をそのまま教えてあげれば良い。そう思い口を開こうとした時ーーーー
「ーーーー陛下。恐らくですが、妖精たちは我々に『出て行け』と言っているように思えます」
「なっーー! そ、そうなのか?」
私が口を出す前に、騎士であろう男性が正解を得たようだ。
国王と王子はあまりのショックで言葉を失ったようだ。王妃に至っては、この世の終わりとでも言うような表情で今にも倒れそう。そ、そんなにショックなの……?
『見てみてナツ! 国王ったら面白い顔をしてるのだわ!』
指を指し、一国の王の顔を面白いと笑うのはやめてさしあげてほしい。
「国王様たちは何であんなにショックを受けているの?」
『この国は魔法で成り立っているのだわ。その魔法を使うには妖精の力は必要不可欠、妖精に嫌われたらこの国では生きていけないということよ!」
国を治める立場の人間が、自分の国で生きていけないとは一大事では……?
思っていたよりも妖精の存在は偉大なようだ。
『あの騎士はとても良い勘をしているのだわ』
『きっと有能なのね』と褒めるエレナの言葉を聞き、私は騎士の男性に目を向ける。
改めて見ると、彼もSSR級のイケメンだ。
綺麗なプラチナブロンドの髪に切れ長の目。その目の下にある泣き黒子が特徴的だ。
国王、王妃、王子、騎士……ここまで美が揃うと目の保養どころではない。煌びやかさに目が潰れそうだ。
……ちなみにこの国って、美男美女しかいないとかじゃないですよね?
そんな馬鹿なことを考えていた私に気がついたのか、不意に騎士の男性と目が合った。
綺麗なエメラルドグリーンの瞳の色が遠目からでもわかる。思わずジッと見続けていると、彼は軽く微笑む。
「ーーっ!」
私はすぐさま目線を逸らした。
いやいやいや、なにあれ色気の暴力!めっちゃ怖い!今すぐ家に帰りたい!……だめだ、帰れないんだった。
「ーーすまないが、これから今後についての話をしたいと思っている。こういうことは君にとっても早い方が良いと考えたのだが……どうだろうか?」
「あっ……」
彼の言葉を聞き、我に返った。
元の世界へ戻れない以上、私はこの世界で生きていかなければならないので積もる話が山ほどある。
なんせ右も左も分からず、一からの生活になるのだ。何か手厚い社会保障でも貰わなきゃ、やっていける気がしない。
「そうですね、わたしも聞きたいこととか沢山ありますし……」
しかし……と、顎に手を当て考える。
この妖精たちが騒いでいる状態では、落ち着いて話はできないだろう。
話が終わるまで静かにしてるとも思えないし、暫く席を外してもらうしかないか……。
「ねぇ、妖精さんたち。申し訳ないんだけど、わたしたちお話しなきゃいけないから、外に出ててもらえるかな?」
妖精たちは一斉に私へ目を向ける。数百匹の目が全てこちらを向いている光景は、はっきり言ってめちゃくちゃ怖い。
その状態のまま暫く沈黙が流れたのち、耳を塞ぎたくなるような大音量で激しい抗議の声が上がる。
『いやだーー!』
『ナツと離れたくないー!』
『一緒にいるーー!』
『ナツともっと遊ぶー!』
『こいつらよりボクたちとお話しよーよー!』
数百匹が叫ぶとこんなにも煩いのか……と、思わず白目を剥く。鼓膜が破れそうだ。
妖精の声が聞こえない国王たちは、私の様子を不思議そうに見ていた。聞かせてさしあげたいこの騒音……。
「みんなお願い。お話が終わったらいっぱい遊ぶから、ね?」
『やだー!』
『やっぱりこいつら悪だ!』
『そうだ!そうだ!』
『ドッカーン!ってやっちゃおう!』
「うわぁぁぁっ! 悪い人たちじゃない! この人たち、わたしのお友達だから何もしないで!」
物騒なことを言い出す妖精たちに、慌てて待ったをかける。高貴なお方たちを、お友達呼ばわりしてしまい大変申し訳ない。
『えー! うーん、ナツが言うなら……』
『でもワタシたちまだナツと遊びたい……』
『やだやだー!』
「お話が終わった後でまた遊ぼう?」
『そうよ、別に一生会えないってわけじゃないのだわ! これからはいつでもナツの居場所がわかるのだから、言うことを聞きなさい!』
私とエレナの言葉に、妖精たちはピタリと騒ぐのをやめる。まだ少し不服そうではあるが、言われた通りに部屋から退出してくれるみんなを「また後でね」と声をかけながら見送った。
はぁ、ようやく静かになった……。
「ごめん、エレナは一緒にいてくれる? 一人じゃちょっと心細いし……」
『ええ、もちろん! エレナはずっとナツの側にいるし、もし国王たちがナツに悪さをしようとするなら守ってあげるのだわ!』
「ありがとう、心強いよ」
頬に擦り寄ってくるエレナを優しく撫でる。
彼女は私の肩に座り脚を組む。頼れる小さな相棒が出来たようで嬉しい。
「き、君は……」
「えっ?」
驚いた様子の声に視線を移すと、国王は「信じられない」と言いたげな表情で私を凝視していた。
……あ、もしかして私、独り言を喋ってた感じになってます?
「ああ、いや……すまない。少し驚いてしまってね」
「あー……いえ、こちらこそすみません。いきなり一人で喋り出したら驚きますよね」
実際にはちゃんと会話はしているのだが、他の人には妖精の声が聞こえない。
悲しきかな、側から見れば私は一人で喋る痛い奴だ。
「ナツ、あなたは妖精の言葉がわかるのですね?」
王妃に問われ、私は小さく頷き肯定する。
しかし、この能力は知られても大丈夫なのだろうか。知られてもちゃんと人間として扱ってもらえる?
「もしや、元の世界では当たり前のことだったりするのか?」
「そんなまさか! 私が妖精の言葉を理解できるのはこの世界の常識から外れた人間だからだそうです」
「それはそこの妖精が……?」
「はい、エレナがそう教えてくれました」
「なるほど」とすんなり納得する国王たち。
エレナが言ったからなのか、言葉自体が万能なのかは分からないが、何かあればこの台詞を使わせていただこう。
「エレナというのは、その妖精の名前なのか? 妖精に名前があるとは知らなかったな……」
「いえ、エレナという名前はさっきわたしが付けたんです。名前を持つことに興味はあるようですが、自分たちで名付ける習慣はないみたいです」
「ほう……」
今まで妖精と会話をすることができなかったのだ、恐らく妖精についての情報は何もないのであろう。国王たちは関心を示す。
「それにしても、妖精と話せる人間が現れるとはな。しかも祝福も授かって……」
「祝福、ですか?」
「ああ、先ほどそこのエレナという妖精から額に口付けをもらっただろう?」
確かにもらった。
ただの挨拶みたいなものかと思ったが、その後すぐに輝かしい光に包まれたから驚いたものだ。
あれが祝福ってことだろうか?
「ある書物の一説に、妖精の愛し子というものがある。それにはーー妖精の祝福を授かりし者は、妖精に愛されし者。それは末代まで続き、危害を加えた者には罰が下る。授かりし方法は妖精の口付けと、輝かしい光ーーと記されていた」
「……」
その話を聞くだけだと、確かに私は祝福を受けていそうだ。妖精の愛し子とは、少し気恥ずかしい呼び名ではあるが、あの妖精たちの様子を見れば、確かに好かれていると思う。
「過去に一度だけ、妖精の祝福を授かった人間いたとされている。その者が残した言葉だ、信憑性はあるだろう」
「なるほど……」
過去に一度だけ。そんなレアなものを、私が授かって良かったのだろうか?
私の視線に気づいたエレナは、目を合わせてニッコリと微笑んだ。
『エレナはナツが大好きなのだわ!』
「……ありがとう、わたしもエレナが大好きだよ」
きっと、好きだから授けただけだ、気にするなってことだろう。悪いものじゃないみたいなので、ありがたく受け取っておこう。
「それで、これからについてなんだが……」
ああ、そうでしたね。
妖精たちが騒いでしまったからすっかり忘れていたが、やっと本題に入れる。




