【国王side】予期せぬ事態
何の変哲もないある日の午後、体調を崩し病床に伏していたマーガレットを見舞っていた最中に、その報せを受けたーーーー
「国王陛下! ルーカス殿下が、聖女召喚の術を成功させました!」
その言葉に驚き、思考が止まる。
それはマーガレットも同様だったようで、上半身を中途半端に起こしたまま、固まっていた。
元々悪かった顔色が、さらに悪くなったようにも思える。
「そ、それは……本当なのですか……?」
震える声でマーガレットが問う。
頼むから間違いだと言ってくれ!と、願う私を嘲笑うかのようにその者は言った。
「はい、もちろんです! これでこの国は安泰でございます!」
清々しいほどの笑顔で、はっきりと、そう言ったのだ。
私は深く息を吐き、そして頭を抱えた。
ーーーーなんと愚かなことを。
「こ、こうしてはいられません……!」
「ーーーーマーガレット!」
マーガレットは私の声を無視して、自分が病人だと言うことも忘れたかのように寝具から抜け出し、全速力で部屋を出て行った。
あいつ、何も聞かないまま出て行ったが、ルーカスの場所がわかるのか……?
「はぁ……ルーカスは今どこにいる?」
「はっ、過去に聖女召喚の術が行われたとされる広間でございます!」
「ああ、あそこか……」
聖女召喚の術とは、異世界から聖女を呼び寄せるというもの。呼び寄せられた聖女は、この国の誰よりも優れた無属性の魔力を持ち、そして国の繁栄のための力となるとされている。
その術は、数十年前まで、幾度となく人知れず行われてきた。
ーーしかし、結果は伴わなかった。
召喚に失敗し、術者が死亡することもあれば、例え成功したとしても、召喚された者の人格が壊れていたりもした。
人格を保ったまま召喚された者はごく僅かだ。そのごく僅かしかいない者たちも、元の世界へと戻れないことを知り、やがて心を病み、そしてーーーー闇堕ちする。
闇堕ちした者の無属性の魔力は、闇の魔力へと変化させ、この国に災いをもたらす。
闇の魔力に変化した者は、誰にも治すこともできず、国が滅ぶのを待つか、その者の命を奪うかのどちらかしかない。
もちろん歴代の国王たちは、国を、民を守るため、召喚した者の命を奪い続けた。
国のためにと、無理やりこの世界に呼び寄せ、利用価値がないとなれば殺すーーーー
そんな非人道的な行いに疑問を抱いたのが前国王である、私の父だった。
父が国王となったと同時に、聖女召喚の術は禁忌とされたが、貴族たちはそれを良しとはしなかった。そんな貴族たちに父はーーーー
「国の如何なる問題は、国に住う我々で対処すべきだ。決して異世界の人様に背負わせるものではない。それが出来ぬというならば、国を治める王など不要であろう」
貴族から声が上がるたび、常々、そう言い聞かせていた。それでも全ての貴族たちを黙らせる事はできなかったがーーーー
ルーカスはもうすぐ成人すると言っても、まだまだ子供だ。自分がしでかした事の重大さを、恐らく理解はしていない。
「……とにかく、私も向かおう。召喚された者の様子はどうだった?」
「そこまで注意深く観察したわけではないのですが……とても落ち着いているように見えました」
術が行われたとされる広間に向かう途中、この先私は、これほど足が重く感じることはないだろうな、と感じていた。
もし、召喚された者になにかあれば、私はこの国のためその者の命を奪わなければならない。
何の非もない、ただの被害者である者を。
それがどれほどーーーー
「ーーーー! ーーーーーー!」
暫く思索しながら歩いているうちに、広間の近くまで来ていたらしい。遠くの方からマーガレットの声が聞こえてきた。
まだ少し距離があると言うのにここまで声が聞こえてくるとは……よほどルーカスに腹が立っているのであろう。
……母親の立場からすると当然の話ではあるが。
もし召喚されたのが腹を痛めて産んだ、自分の子だったら?
二度と帰って来ず、生死もわからない。
そんな立場に立たされた時、はたしてどんな気持ちになるのだろうか。
愛情深い彼女のことだ、きっと召喚された者の親の立場が、痛いほどわかるのだろう。
「マーガレット」
私が来たことにすら気づかず、未だルーカスを叱り付ける彼女を呼ぶ。
それよりも、まずは気にかけるべき人がいるだろうと窘め、召喚されたであろう人物へと視線を移す。
今は特に変わったところは無さそうだと安堵すると共に、目の前で正座したままの愚息に怒りを覚え、マーガレットに代わり叱り付ける。
ーーーーとはいえ、ルーカスはまだまだ子供ではあるが、この国の次期王となる人間だ。
それなりに厳しく教育してきたのだから、馬鹿ではない。
この聖女召喚の術についてのリスクは、この私が再三と教えてきたのだ。それなのに、なぜこんな愚かなことを……。
しかも、不自然なほどまでに突然すぎではないだろうか?昨日までそんな素振り一切なかったはずだ。……誰かが裏で糸を引いているのかーーーー
「あの! それよりも、早く家に帰らせてもらえると嬉しいんですけど……」
「家族が心配している」という彼女の言葉に、私は息をすることも忘れ、目を伏せ固まる。
ああ……ついに、来てしまった……。
愚息よ、お前のしでかしたことの重大さを思い知るが良い。お前は彼女から全てを奪ってしまったのだ。そして、それらを返すこともできない。
こんな事になる前に、もっとしっかりと言い聞かせておくべきだったか……。
「ルーカス……この世で一番愚かなことを、お前はしでかしたのだ」
「……は、い……父上……」
膝の上で拳を握り震えるルーカスを見て、ことの重大さを理解できたことを悟る。
さて、これからどうしたものかーーーー
「エド! 大変、ナツが……!」
マーガレットの緊迫した声に驚きながらも、すぐさま駆け寄る。意識を失ったであろう、召喚されたナツという名の女性は、マーガレットの腕に抱かれていた。
「……大丈夫だ、ただ気を失っただけのようだな」
「そう、ですか……良かった……」
優しく彼女を抱きしめるマーガレット。
そんなマーガレットの肩を抱きながら、本当に愛情深い女性だと、改めて思い知らされる。
こんな冷たい床の上に、体調を崩しているマーガレットや彼女を座らせておくわけにはいかない。
「どこかゆっくり休める部屋へ、彼女を連れて行こう」
「ーーーーでは、私が運びましょう」
この騒ぎを聞きつけ駆けつけたのであろう。護衛騎士団の一つである、ルクス騎士団長のレオンが現れた。
近くにはいなかったようだが、良くこの場にいると分かったものだな……。
「訓練中、近くにいた妖精たちが慌てた様子で城内に入って行ったのを目撃しまして。私には彼らの声は聞こえませんが、何かあったのだろうとーー」
そんな私の思考が分かったのか、レオンは軽く微笑み言った。なるほど、確かにこの女性の魔力はこの国では考えられないほどのものだ。妖精たちが慌てるのも無理もない。
「……そうか。レオン、すまないが彼女を頼む。そしてこの事について、他の者には決して漏らすでないぞ」
「ーーはっ。仰せのままに」
「他の者は、私と共に来い」
目を覚ました後の彼女に何事もないことを祈りながら、未だ涙を流すマーガレットを支え、広間を後にするーーーー