30 寺田透
日に焼けた小麦色の肌、という表現が現代に合っているのかわからないが、玄関からでてきた寺田透の第一印象はそういう感じだった。
農作業をしていたからか頭にタオルを巻いていて、その下から覆いきれなかった黒髪がはみ出している。たぶん、タオルが白いから焼けた肌がより強く見えるのかもしれない。
ただ、纏っているものはこの田舎町に馴染んだものばかりなのに、顔の造形や立ち姿はそうじゃなかった。
「この辺の子じゃあないな?」
落ち着いた声もそう。第二印象で言うならば、「モテるんだろうな」というのが率直な感想。
もはやこの時点で、彼が新浪の実父であることを感じさせられる。彼女は案外父親似なのかもしれない。
「俺は、新浪と同じ高校に通ってます」
「晴香と……?」
新浪の名前を出した途端視線が鋭くなった。まあ、それはそうだろう。これが「終わらせ屋です」だったなら、それは殺意にも等しいものだったはず。
それから、その視線は俺の周囲を探るように動いた。
「新浪はいません。彼女には何も言わずに勝手にきましたから」
「……そうか」
安堵するように表情が緩む。
「彼女から家庭のことを少しだけ聞きました」
それを見計らってそう言うと、再び彼の顔が強張った。
「話したのか。きみ、晴香のカレシかい?」
それに俺は首を振る。
「別に、仲が良いわけでもないです」
「じゃあ、なぜ?」
「今日ここに来たのはそれも関係してます」
なかなか本題に入らない俺に彼は首を傾げた。入らないのではなく、まだ入れないだけなのだけれど。
「俺は……新浪から家庭の話を聞いて、その後、妙な違和感を覚えました」
「違和感?」
俺は慎重に頷いた。
「あなたが離婚したキッカケでもある終わらせ屋への依頼人が今の父親だったことです」
「なんだって……!?」
やはり、彼も知らなかったらしい。どうやらこの情報は彩芽さんだから手に入れられたもののようだ。
「それを……晴香が話したのか?」
「新浪は知りません。おそらく母親も。知ってるのは今の父親と終わらせ屋だけだと思います」
そこまで言ってようやく、彼の視線が高校生を見るような目から変貌していく。
「……きみ何者だい?」
それを確認してから名刺をだした。
「実は、俺も終わらせ屋をしています。晴香さんとはそれキッカケで知り合いました」
「きみが……?」
怒りよりも驚きのほうが勝っているようだった。
「俺は新浪からしか話を聞いてません。ただ、話を聞いて、その事実を知って妙な勘繰りをしています」
渡した名刺が震えていた。もしかしたら、彼は気づいたのかもしれない。
ということは、心当たりがあるのかも……しれない。
なら、もう遠回しに言う必要はないだろう。
「もしかしたら、これは新浪の今の父親がぜんぶ仕組んだことなのかもしれません」
「……」
「もちろん直接的な原因はあなたの浮気です。浮気なんてしなければこんなことにはならなかった」
「……」
「でも――その浮気すらもあなたに仕掛けられた罠だったとしたら?」
彼の目が大きく見開かれた。それに「もちろんまだ憶測ですが」と強く後置きしておく。
「最初、あなたは浮気相手と幸せに暮らしてるんだろうなと思ってました。でも、離婚してほどなく、その女性とも別れてますよね?」
「ああ……」
声に力はなかった。
「その女性のこと、詳しく教えてもらえませんか?」
「ああ……」
「俺は別に正義のためにどうこうしようとかは考えていません。さっきも言った通り結局のところ浮気したほうが悪いと思ってますから。ただ……それすらも仕組んだかもしれない人が新浪の父親であることをあまり良く思ってないだけです」
無意識だろうか。名刺を持っていない手が強く握りしめられたあとで脱力する。それと同時に名刺の震えも止まった。
「俺は終わらせ屋をしてますが、今日は彼女を知るお節介人としてここに来ました。だから、あなたからも話を聞いてみたいと思ったんです」
彼は言葉を失ったように口を開けたまま黙ったまま。
それに何も言わずにこちらも沈黙していると、やがてその口はしっかりと閉じられたあとで、ゆっくり開かれた。
「取りあえず……場所を移そう。家には両親がいるんだ」
それに頷くと、彼は家の中に「少し出かけてくる」と大声で言ってから、車庫におさめられた軽トラックへと歩いていく。
「乗り心地は悪いが、きみは女の子でもないから気にしないだろ?」
弱々しい笑みでそんな冗談。それは、過去に良い車で隣に女性を乗せていたことと彷彿させる発言でもあった。
彼がいま、何を考えているのかは話を聞いてみるまでわからない。
それでも、終わらせ屋をしている俺に対してや、その憶測を聞いて怒りに支配されていない様子を見るに、ひとまず、うまく接触できたらしいことを実感する。
「助かります。もう歩くのにウンザリしてたところだったので」
言いながら、彼よりも先に助手席へと乗り込むとバタンと扉をしめた。
それに彼は呆気にとられたあと、「そうか」と苦笑してから遅れて乗り込みエンジンをかける。言われたとおり、振動が直接体に伝わってきて乗り心地が良いとは言えない。
ハンドルを握る彼の横顔はモテる男の雰囲気があって、同じ男としてどことなく劣等感。と同時に、そんな彼が田舎っぽさ全開の身なりをしていることや、高級車ではなく軽トラを運転してることに悪意ある優越感を覚えてしまう。
そんな彼が運転する軽トラがジャリ道を走っていると、向かいに自転車に乗っている女子の集団が見えてきた。全員学校指定と思われるジャージ姿をしていて、頭にはヘルメットを装着している。今日は休日だから部活かなんかの帰りだろうか?
「あっ! とおるさーん‼」
その中の一人がこちらに向かって手を振ってきた。
とおるさん……?
それに軽トラが速度を落として、自転車集団の横で止まる。
「いま帰りかい?」
「そう! あれ、その人は?」
「ああ……、まあ、知り合いでね?」
「そーなんですね? わたしも今度隣に乗せてもらっていいー?」
元気な声に、他の女子がきゃあきゃあとはやしたてるように笑う。
「今度ね」
それに彼は爽やかに言って躱し、彼女は「約束ですよー?」と約束を強引に取り付けた。
再び軽トラが走り出す。やはり乗り心地は悪かったものの、今は優越感など欠片もない。
「ここらの中学生なんだ。田んぼが通学路の横にあるからよく会うんだよ」
聞いてもいない説明をされる。それだけで名前で呼ばれる関係になどなれるものか。
もちろん、彼にその気なんてないのだろう。口調はどこまでも淡白だったから。いや、あったらヤバいんだけどね。中学生だし。
ただ、まだ話を聞いてもいないのに、彼が浮気をして離婚したという結末は誰が聞いても納得できるものなのかもしれない……なんて思ってしまった。




