29 新浪の元父親が住む田舎町
「いや俺、依頼人なんだけど……」
電車の音がガタンゴトンと去っていく。降りた駅は屋根のない簡素なところで、ひび割れたコンクリートの隙間から緑の草がぽつぽつと生えていた。
そこは、俺が住む街から電車で小一時間ほど離れた片田舎であり、俺が調査を依頼した新浪の元父親が現在住んでいる場所。
なぜ、そんな場所に俺がいるかというと、もちろん調査のため。
「――君は確かに依頼人だ。しかし、依頼した終わらせ屋の一員でもある。なにか問題があるかね?」
新浪の元父親の情報が載った書類を渡しながら彩芽さんは淡々とそんなことを言ってきた。その言い分は間違ってはいない……間違ってはいないが、依頼人が調査するってなんかこう、おかしくないですか!?
とはいえ、俺も彩芽さんの忙しさは知っている。情報を得ることはできても、現地にまで赴いて調査するほど彼女は暇じゃない。
いや、でもさぁ……。
と、そこまで言葉にでかかった愚痴を寸でで飲み込み、俺は改札口に向かった。
駅員である男性が、立ち尽くす俺のことをジッと見ていることに気づいたからだ。
駅のホームは簡単な柵が付いてるだけで飛び越えようとすれば簡単にできてしまえそう。だから、無賃乗車を疑っているのだろう。
そんな疑いを晴らすべく、駅員の刺すような視線を掻い潜って改札を出てみれば、見えたのは自然豊かな田園風景。そして、寂れたお土産屋とちかくを杖をついて歩くおばあちゃんが一人。
新浪の元父親は浮気で離婚したあと、しばらくお相手の女性と同棲していたらしいが結局うまくいかず別れたらしい。そして、その後実家があるこちらのほうに移り住んでいた。
「ええと……」
看板もろくにないため、スマホの地図アプリに住所を打ち込んで目的地の再確認。経路を見ればバスがあるらしい……が、近くのバス停に次来るのは一時間もあとだった。
「歩いたほうが早いな……」
そんな結論を下してスマホをポケットに突っ込む。もはや、これが分かっていたから彩芽さんは急遽俺に頼んだんじゃないかと疑ってしまいそう。
気持ち的には、なにかの企画で田舎にきたかのようだった。
「空が青いな……」
辺りに高いビルがないその場所では、空の景色が伸び伸びと広がっている。
そんなことをわざわざ口に出してしまったのはきっと、他に思いつく感想がなかったから。
「空が青いな……」というわけじゃない。「空が青いだけしか取り柄ないな…」というのが正しい感想。それでも、そうやって良いところをいちいち探さねばならぬほど、これから向かう場所は歩くには遠すぎた。もう、うんざりするほどに。それでも、バスを待つよりマシなのだから、どれほどここが田舎なのかを思い知らされる。
きっと、新浪の元父親もそんな感じでここを離れたのだろう。上京する者たちの考えはだいたい同じだ。
だが、それを捨てて田舎へ帰ってくる者たちの考えは様々であり、予想はできても確信にはいたらない。
だからこそ、直接聞く必要があった。
彼は何を思い浮気をしたのか、何を思って離婚したのか、何を思って……ここに戻ったのか。
それは面白みのない意見かもしれない。
ただの成り行きかもしれない。
それでも、ちゃんと聞いておく必要はあると思った。
離婚したにせよ、彼は新浪の父親であり、その真実は彼女に一生ついて回るものだから。
ズカズカと彼女の関係に踏み込むためには、絡まってしまった経緯を知らなければならない。
それは彼女の視点のみからだけじゃなく、あらゆる視点から。
そうでなければ、終わらせてはならないものまで終わらせてしまう危険性を秘めてしまう。
終わらせ屋は何でもかんでも終わらせるわけじゃなかった。
終わらせなければならない関係、終わらせてしまっても良い関係だけを選んで終わらせる。
それを、依頼人の主観だけで決めたりはしない。何かしらの悪を可能性として考えられる関係には特に。
俺は、それに触れるかもしれない覚悟と、これから長時間歩き続けなければならない覚悟の二つを持って足を踏みだす。
舗装されていないジャリ道のさきは、そんな心配を鼻で笑ってしまうほどに穏やかだった。
◆◆◆
新浪の元父親の本名は、寺田透というらしい。
家をでたのは大学生からでそのまま就職をし五年後に結婚。それはよくある話で、その後に離婚したというのも今の御時世珍しくもない気がする。
ただ……、そこに終わらせ屋の介入があったという事実を除いて。
立派な表札がついた寺田家は庭のある木造の家だった。時間はまだ昼過ぎだが、今日は世間一般的な週末であるため仕事場にはいないはず。
しかし、インターホンを押しても誰かが出てくる気配はない。
「あんた、何用かね?」
そうやって突っ立っていたら、向かいにある家の庭からおばあちゃんが出てきて大声でそう言った。いわゆるご近所さんというやつだろう。
「透さんを訪ねて来たんですけど」
「田んぼのほうじゃないかね?」
「田んぼってどこにあります?」
それにおばあちゃんは、垂れたしわの下から訝しげな視線を向けてきたあとで「何の用かね?」ともう一度聞いてきた。
こういった、田舎町特有の仲間意識からくるヨソ者警戒といったところだろうか。発展した街ならこんなことはないだろうし、そもそも向かいの家を訪ねてる人にもわざわざ話しかけたりしない。
終わらせ屋という職業は、ある程度発展した都会にしかないのだが、それはこういった要因も含まれていた。
田舎で誰かと誰かの関係を終わらせるには、気を遣わなければならない外野が多すぎるからだ。
「前住んでたところで透さんに良くしてもらってたんです。それで訪ねてきたんですけど」
笑顔でそう答えたら、おばあちゃんはコロリと納得したように表情を緩めて田んぼの場所を教えたくれた。
こういうとき自分がまだ高校生のガキであることが有利に働く。と考えれば、某推理マンガで活躍する見た目は子供の探偵小学生は、おおいにその利点を活用しているんだななんて思った。
教えられた場所は、そこから徒歩十五分くらいかかる場所。また歩くのかとウンザリする気持ちは表にださず、感謝だけを述べて早々に向かった。
途中すれ違う人はおらず、車は軽トラックが一台通っただけ。
そうして田んぼに来てみたのだが、そこには人は居らず。
先と同じように近くにいたおじさんが棒立ちの俺に声をかけてくれて、同じ答えを口にだすと、
「ああ、さっき軽トラで帰ったよ」
親切心溢れる笑顔で言われた。
「……ありがとうございます」
それに俺も笑顔で返したのだが、内心はイライラが溜まっていた。
ほんとッッ……空が青い場所だなぁあ!!




