28 新浪の新たな真実
「来たか。あの子はどうした?」
事務所にいた彩芽さんは、俺を迎えたあと開口一番そんな事を聞いてくる。あの子というのは新浪のことだろう。
「新浪ならもう来ませんよ。彼女が興味のあった終わらせ屋がどういうものなのかは十分見せることができましたから」
「そうか……」
彩芽さんは、新浪がいないことにどこか安堵したようでもあり、寂しそうでもあった。
「ところで、新しい依頼ですよね?」
「その事なんだが、実は依頼じゃなくてな……」
「依頼じゃないのに事務所に呼び出すなんて珍しいですね」
そんな軽い受け答えをしていたのだが、彩芽さんはどこか歯切れが悪い。
「そういえば、あの子がどうして終わらせ屋に興味を持っていたのか……君は知っているのか?」
そして、何故か話題は新浪のことばかり。
「本人からすこし聞きました。彼女の両親、今は再婚してるらしいんですけど、前に離婚したとき終わらせ屋が関わっていたらしくて」
「そうか……」
その反応を見る限り、彩芽さんは既に知っていたのだろう。どうやら新浪のことを調べたらしい。
まあ、そりゃそうか。事務所に出入りする人間をそう簡単に放って置くはずはないだろうから。
彩芽さんの顔色が浮かないのは、彼女の現状が同じおわらせ屋によって行われた非道なやり方のせいなのかもしれない。いわば罪悪感。そんなこと彩芽さんが気にすることでもないのに。
「それから?」
「……それからってなんですか?」
「あの子から聞いたのはそれだけかい?」
「それだけって、他にも何かあるんですか?」
しかし、そうではないことを彼女の言動によってなんとなく察してしまった。
やがて、彩芽さんは一度息を吐いたあと真剣な眼差しで俺を見る。
なにか、嫌な予感がした。
「あの子の親が離婚したのには確かに終わらせ屋が関わっている。そして……その依頼をしたのは――あの子の今の父親だ」
「……は?」
彩芽さんから告げられた事。それは、俺が知る由もないものだった。
だが、それを聞いた瞬間、新浪の今の父親が『会社経営をしている社長』だと言っていた時に感じた違和感を思い出し、残酷にも納得してしまう。
「それって、つまり……」
「やめておきなさい。それ以上は憶測に過ぎないよ」
俺が整理しようとしたことを彩芽さんは鋭い声音で咎めた。
そう。俺が思ったことは憶測にすぎない。
「それに、あの子の元の父親が浮気をしていたのは事実だ」
そして、別れる元々の原因をつくってしまったのは新浪の元の父親であることを強調する。
たしかにそうだ。だが……。
それでも、俺はその可能性を考えずにはいられなかった。
もしかしたら……新浪の今の父親は、最初から新浪の母親を狙って、終わらせ屋に依頼を持ちかけたのかもしれない、と。
そのことを彩芽さんも考えたに違いない。しかし、それはあくまでも憶測に過ぎない不確定なことであるため、俺の言葉を遮ったのだ。
「なんにせよ、今の家庭が幸せならそれでいいじゃないか」
「……」
そして、それをそのまま終わらせようとした彩芽さんの結論に、俺は素直に頷くことができなかった。
なぜなら、新浪の今の父親は、新浪がこっそり家を抜け出しても気づかないほど彼女に無関心で、新浪の事を強く制限しているように感じられたから。
ただ、制限に関していえば、それは『親として在るべきもの』のようにも思えていた。
俺の親は成績さえ良ければ何も言わない。何も言ってこない。それどころか、俺がどうなっても良いとさえ感じられる。
だからこそ、終わらせ屋なんて仕事ができているまである。
果たして、それは良いことなんだろうか?
そして、誰かの家庭をメチャクチャに壊してまでも、誰かと結ばれたいという想いは、目を瞑ってしまってもいい程に善なのだろうか……?
――今の家庭が幸せならそれでいいじゃないか。
果たして……新浪はそれで幸せなのだろうか……?
何度も云うように、それは憶測に過ぎない。もしかしたら単なる偶然なのかもしれない。
それでも、偶然で片付けるにはあまりにも出来すぎている気がした。
そして、そのことを新浪は知っているのだろうか。
いや、知るはずはないだろう。彼女が気にしていたのは、『離婚してすぐに再婚した母親に対してだけ』だったから。
もしも、それが今の父親によって仕組まれた陰謀だったとしたら?
「今日呼んだのは、依頼じゃなくそのことを君に教えておこうと思ってな?」
彩芽さんは、静かにそう言った。
「なんで、そんなことを俺に? 教える必要ありました?」
そんな疑問をぶつけると、彩芽さんは目細めたあとしばらく考えていた。
「まあ、私だったら知っておきたいと思ったからだね。ただ、それを盲信して君が勝手に行動することは望んでいない」
「今の……新浪の家庭を壊してしまう要因になりえるからですね」
「そういうことだ」
彩芽さんはゆっくり頷いた。
「私たち終わらせ屋はただ依頼されたことをこなすだけでしかない。なにか作為的なことを誰かの家庭に持ち込んではいけない。そして、もし仮にそれをして良しとする人物がいるとするのなら、その家庭に責任を持てるような人でなければならない」
「終わらせ屋としては動いてはいけないってことですね」
「そう。終わらせ屋としては……ね」
その言い方はどこか含みを感じさせた。
「個人としては動いていいってことですか?」
「さあね? ただ先も言った通り、動いた結果に関われるような人でなければならないとも思う」
その含みは……たぶん、わざと俺に感じさせているのだろう。
「正義感だけで誰かを罰するのなら、罰したことで誰かが不幸になることも加味しなければならない。それを踏まえたうえでも、君は動きたいと思うかね?」
「それは……わかりません」
その答えに、彩芽さんはしばらく沈黙していた。
やがて、
「私は……終わらせ屋なんて難儀な仕事をしてはいるが、この仕事に少なからず誇りを持っている。それは、この仕事を通して関わった人たちには幸せであってほしいと思っているからだ」
彩芽さんはそんなことを語りだした。
「もし、不幸にしかならないのなら私は仕事を引き受けない。受けたとしてもきっと断念するだろう」
それは分かる気がする。
彩芽さんは、他で聞くような終わらせ屋のやり方をよしとしない。「依頼をこなすだけ」と口では言っていても、必ず手段は慎重に選んでいる。
それは、依頼人の幸せを想ってのこと。
もちろん、そんなのは独善でしかない。他人がどれだけ想おうと、その人の幸せはその人にしか理解できないものだ。
「だから、君にもそうであってほしいと願っている」
最後に彩芽さんはそう締めくくった。
その言葉を、俺は正しく受け取れた気がした。
それはきっと……彼女の仕事を、彼女の信念を近くで見ることができたから。
そんな俺にできることは―――。
「……わかりました。まだなにか行動に移すかどうかは分かりませんけど、取り敢えず新浪の元の父親が今何してるのか調べてもらえますか?」
「それは私に対する依頼か?」
「依頼じゃないと彩女さんは動きませんよね?」
「そうだ。そして私は終わらせ屋だ。君は……一体、誰との関係を終わらせたいと願う?」
その質問に俺は思わず笑ってしまいそうになった。
まるで、最初から用意していたかのようなレスポンスの速さだったから。
俺がこれを依頼する以上、新浪と関わることは避けられない。
そして、関わった以上は何かしらの責任が出てくるかもしれなき。
だが、それを嫌がって今の話に目を瞑れるほど、俺は人間できてない。
新浪のためじゃなく、もちろん新浪の家庭の誰かのためでもない。
人を救いたいと言い、依頼してきた人たちほど独善的で厄介なことはない。
俺はそんなことのために、終わらせ屋に依頼したくなんてないし、終わらせ屋として依頼を受けたくもなかった。
だから、
「俺と新浪の曖昧な関係を終わらせるためです」
あくまでも自分のために彩芽さんに依頼をした。
そうでなければ意味がない。
「……なるほど」
彩芽さんはそう言って考えるような素振りをしたものの、口元は笑っていた。
「わかった。その依頼、引き受けよう。金はあるのかね?」
「金って、俺がこれまでやった給料で足りるなら」
「十分だ。足りないなら、これからも働いて貰えばいいだけの話」
「まぁ、そうですね……」
これから先、その金を返すためだけにコキ使われることを想像すると、身震いがした。
「数日貰えれば調査できるだろう」
「お願いします」
ただまあ、それも良いかもしれないと思った。
終わらせ屋としてじゃなく、彩芽さんになら今後も付いていきたいと思えたからだ。




