18 二人のタイミング
短め。
帰ってきた彩芽さんから少し説教を受けた。
まぁ、当然だろう。
依頼人以外と接触し、内容を話し、挙げ句の果てには個人で依頼を受けるというのだから。
それは終らせ屋以前のことだらけだった。
「本当にごめん!」
事務所を出て暗くなった道を歩いていると、新浪が突然謝ってきた。
もうこれで何度目の謝罪かわからない。
もういい、そう言っても気がすまないのだろう。
だから、気がすむまで謝らせておくことにする。
「ところで依頼の話なんだが、やっぱ彼女さんに協力をあおいだほうがいいよな?」
「あ、えぇと……うん。そうだね」
おそなんというアイドルを推し、彼女のためにオタクを止めたいという敏伸さん。
同じくおそなんを推しており、それキッカケで敏伸さんを好きになった倉沢さん。
二人は共通したアイドルを推していて、どちらも奥手なのか知られたくない部分がある。
簡単に解決するなら敏伸さんにバラしてしまうのが一番だ。
彼に「彼女もおそなん推しだ」と伝えれば、彼がオタクを辞めることもなく、彼女と素のまま付き合うことができる。
だが、それをすると「なぜ彼女がおそなん推しだと分かったのか」という事を話さなくてはいけない。
――実は彼女、あなたを尾行してらしいんですよ。それと、おそなん推しってことも前から知ってたみたいですよ。
それを聞いた彼は何を思うのだろう。
彼女はそれを勝手に話されて、どんな気持ちになるのだろう。
それは……本人たちが自分達の"タイミング"で言うべきことのような気がする。
だから、俺たちがすべきことはおそらく、このタイミングを作ってあげることなのだろう。
簡単に言えば、両思いの二人がいて、彼らをくっつける場を設けるようなものだ。
「これが飲み会とかなら、皆で企んで二人っきりにする……だとか、どちらか一方を酔わせて家まで送らせる……みたいな手法ができるんだがな」
「黒井くん……変なの読みすぎじゃない?」
「例えだ、例え。二人が素直に「おそなん推し」を暴露できるタイミングを考えないと。だから、彼女の方に協力をあおぐって話になったんだろ」
「まぁ」
彼女に協力を取り付けていれば、そういったタイミングは作りやすい。
だが、問題はそのタイミングをどうするかだった。
「俺は敏伸さんに依頼通り「オタクを辞める方向」で接触する。新浪は倉沢さんに「おそなん推しを明かす方法」を考えてほしい。もし、彼女がすぐにでも明かせるならその方が良いんだが……明かすならとっくの昔に明かしてるよな……」
「たしかに」
明かしてないのは、たぶん明かせない事情があるのかもしれない。たとえば、職場におそなんをひどく嫌っている……とか? いや、そんなわけなさそう。
とにかく、彼女とはもう一度会って話をする必要があった。
「なんか、本当に終らせ屋の仕事じゃなくなっちゃったね」
「ん? あぁ、そうだな」
「私のせいで黒井くん怒られちゃったし」
「それは気にしなくていい」
「そっか。ありがとう。私……一生懸命頑張るから」
責任を感じているのだろう。新浪は強くそう言った。
「それじゃ、ここで!」
最後、新浪は元気よくそう言って駆け出す。
「――きゃっ!」
そして、そのまま彼女は、道のわきのガードレールに体当たりして転んでしまったのだ。
何してるんだ……。
「いたたっ」
「大丈夫か」
しりもちをつく新浪に手を差しのべる。
張り込みのときも……今日のことだってそうだが、彼女は夢中になると周りが見えなくなることがあるらしい。
「あー、ありがと……」
手を掴んだところで引き上げる。
「なんか、黒井くんには助けられてばかりだね」
「たしかに、俺はお前を助けてばかりのような気がする」
「そこは「そんなことない」って言わないんだ?」
「……事実だからな」
それから新浪は、スカートについた汚れを払ってから息を吐く。
「じゃあ、今度こそ」
「あぁ、気をつけろよ」
「うん」
本当に……俺はなんとも思っていなかった。
むしろ、ここ最近は彼女のお陰で楽しいとさえ感じつつあった。
これまでは、ただ終らせ屋としての日常と、学生としての日常を淡々と過ごしているだけだった。
だが、新浪に秘密がバレてから……俺自身笑えることが増えたようにも思うのだ。
だから、たぶん「ありがとう」を言いたいのは俺のほう。
そして、俺はそれを言わずにおく。
なんというか、それを言うタイミングは今ではない気がした。
それに。
「お礼を言って調子に乗られるのもシャクだしな……」




