14 学食
昼休み。
「ほら、黒井いくよ」
「林道って本当にすごいな」
授業が終わるとと共に、俺の席へとやってきた林道にそう言うと彼女は小首を傾げてみせる。
「なんで?」
「なんでって……普通あんなにグイグイいくか?」
「いや、あれは黒井のためじゃん」
「なんで俺の為にお前が頑張るんだ」
そう返すと、林道はわざとらしく大きなため息を吐きだす。
「わかってないわね? いい? あんたは四島とよく絡んでる男子で、この男は私と幼馴染なの!」
俺に人差し指を向け、その先は四島へと移り、最後には林道自身へ向けられた。
「つまり、あんたの悪い噂は私に迷惑がかかるわけ。ドゥーユーアンダスタン?」
「なるほど」
「まぁ、昨日部活の奴らと一緒じゃなかったら、静観してたと思うけどね? 昨日あんた滅茶苦茶に言われてたんだから」
「そっ、そうだったのか……」
今さら真実を聞かされて申し訳なくなった。
「いや、なんかありがとう」
「別に。それに新浪さんとは話してみたいと思ってたし、ちょうど良かったのよ。ほら」
促されて立ち上がると、四島が呆けた顔をこちらに向けた。
「なに? お前らどこいくの?」
「新浪の教室だが」
「……なんで!?」
「なんでって、確かお前もいただろ。朝」
「朝……?」
腕組みで首を傾げる四島。
「四島は遅刻したじゃない」
「あれ? そうだったか?」
「うん。確かに僕は遅刻した。なんか廊下で倒れてたらしい」
「お前……らしいってなんだよ。自分のことだぞ?」
「覚えてないんだよね。で? なんで新浪さんの教室?」
俺と林道は顔を見合わせ、やれやれとばかりに四島へと説明をする。
そしたら、新しい仲間が加わった。
「なんか増えちゃってごめんね。ここじゃアレだし学食借りよう」
それで新浪の教室。
それぞれ弁当を持ってきた俺たちは、新浪を誘って学食へと移動する。
彼女と積極的に話すのは林道。その後ろに俺。
「やべぇええ! 新浪さんとお昼とかマジやべぇえええ!」
その後ろをマジでやべぇ奴。
愉快なパーティーはそのまま学食にくると、隅っこの空いてる席へと座った。
「――へぇ、新浪さんの家結構遠いんだね」
「うん。近くの高校にはなんか行きたくなくて」
そうして食べ始めても、新浪と話しているのは林道。
「うめぇぇ! 新浪さんと食べるお昼うんめぇえええ!」
その向かいでは、無言の俺と隣に奴。
もはや、一緒に食べている意味がない気がしてくる。
「あとでLINE交換しようよ」
「あっ、僕も交換いいかな?」
林道が言って四島が便乗。
「いいよ」
それを新浪が快く快諾。
「とうとう僕にも……女の子の連絡先が!」
「いや、あんた私の連絡先あるじゃない」
「おま、それカウントするわけないだろ! あれだぞ! バレンタインにお母さんからチョコ貰ってカウントしてるようなものだから」
「それどういう意味よ。……てか、黒井も交換したら?」
「あー、俺は――」
「ん? 黒井くんとはもう交換してる絡んでる大丈夫」
「「……え?」」
咄嗟に誤魔化そうとしたら新浪が先に答えてしまった。
「……なんであんたもう新浪さんの連絡先持ってるのよ。前に私が連絡先交換しようって言ったら面倒だって断ったよね?」
ジロリと睨んでくる林道。
「おいおい、賽。新浪さんの連絡先ゲットしたら僕にも教えてくれる約束だったよな?」
そんな約束はしていない。
「なんか、成り行きで……な?」
「あー、うん。そう」
どんな成り行きだ。自分で言ってツッコミそうになるが、話せないことのほうが多くて無理やりそれで押し通す。
「まぁ、いいや。これで僕も新浪さんの連絡先をゲットできるんだからね!」
四島は納得いってないようだったが、頬を膨らませてスマホを取り出し高々と掲げてみせた。
「四島! ばかッ!」
「馬鹿ってなんだよ」
「――お前ら……よく堂々とスマホなんか、取り出したな」
「あちゃあ……」
手で顔を覆う林道。四島が掲げたスマホが誰かに奪い取られ、振り返ると教師の長熊がいた……。
「お前ら、全員ポケットのもの出してもらおうか」
最悪だ。
そして俺たちは、持ち歩いていたスマホを没収されてしまった。
「放課後、全員でとりにきなさい」
四人分のスマホを取り上げた長熊は、呆れ顔で言う。
「四島のばかっ! あほっ! これで部活に遅れるの決定しちゃったじゃない!」
「いっ、いや、僕はただ連絡先を」
「なんで今なのよ! しかも学食! 他の先生もいたじゃない! 見えてなかったの!?」
「なんだよ! 僕が悪いっていうのかよ!」
「どう考えても、あんたが悪いでしょ!」
「くっ……だったら取り返してくればいいんだろ? ほら、いこうぜ賽!」
「俺を巻き込もうとすな」
「なんだよ! 元はと言えばお前が既に新浪さんの連絡先持ってたから悪いんだろ!」
「いや、それはとばっちりだろ」
その時だった。
ドンッ! と卓の上に、常備されているお冷やが入ったピッチャーが置かれた。
見れば、食堂のおばちゃんが怒りの表情で俺たちを見下ろしている。
「静かに」
威圧的な一言に黙ってしまう俺たち。
彼女は最後、鼻を鳴らすと食堂の方に戻っていってしまう。
踏んだり蹴ったりだった。
そうして落ち込んでいると。
「――ぷっ、ッッッ」
目の前の新浪が不意に吹き出し笑い始めたのだ。
そしたら。
「ちょっと新浪さん、笑ってる……場合じゃ……ッッッ!」
林道もつられるように笑いだし、しまいに二人は声を上げて爆笑しだしたのだ。
俺と四島は顔を見合わせた。
なぜ、二人が爆笑しだしたのか分からなかったからだ。
だが。
「……賽」
「そうだな?」
こういう時の対処法を俺と四島は知っている。
誰かが笑っていて、そいつが何に対して笑っているのか分からないとき、どうすればいいのかを。
俺は四島の脇腹に手を当て、四島は俺の脇腹に手をあてる。
「「せーのっ!」」
そして、俺たちは互いを擽りあった。
「ブッ! っははは!」
「ひぃー、ひぃいい!」
そして俺たちも笑いだす。
そう。誰かが笑っていたら、取り上えず自分達も笑っておけばいいのだ。
その声は次第に大きくなり、もはや歯止めが効かないほど。
学食にいた他の生徒たちはポカンとこちらを見つめており、そのあまりの温度差に、また笑った。
結局俺たちは再びやってきた食堂のおばちゃんによって学食を追い出されてしまい、その間も馬鹿みたく笑っていた。
「――幸せそうなやつら」
学食をでるとき、そんな声が聞こえた気がしたがまったく気にならなかった。
たぶんそれは、新浪の笑った顔を見たのが初めてだったからだろう。
彼女はこれ以上ないくらい笑っていた。
なにがそんなにおかしかったのかはわからない。だが、正直分からなくても良かったのだ。
大切なのは笑うことじゃなく、一緒に笑いあえる人間がいることだったから――。




