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ホバー・ドライブ  作者: くもあかり
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2-2

「先輩……!」

 自分が操縦を誤ったばっかりに、こんな重傷を負わせてしまった。助けてくれた男が場を去って、初めてミラは自分を責める心の余裕が出てきた。

 やはり犯人を撃ち落としたあのとき、無理やり追いかけるべきではなかった。まさか、引き返した先で犯人のホバーカーと正面衝突するなど、考えてもいなかったのだ。とっさに機体を逸らしたが、助かったのは自分だけだ。衝撃で気を失いかけながらなんとか着陸には持ち込んだが、後悔の涙がじわじわ喉元から押し寄せてきて、胸が痛い。

 だが、まだ泣けない。ミラは目元を片手で拭った。

 とにかく、今は止血をするしかない。気づけばミラは、自分の指が青くなるほど強く上着を傷口に押し付けていた。

「あった、あそこだ!」

 ミラの後方から声が響く。さきほどミラを助けてくれた男の低い声ではなく、すこしダミ声の混じった高い男の声だった。足音がする。おそらく二人だ。

「おい、これホバーパトだ。高く売れるぜ。三ヶ月はもつ!」

「早速バラし……あ、おい」

 二人分の足音が、ミラの背後すぐ近くで止まった。止血のために抑えている両手が、震える。

「まさか、搭乗者が生きてるとか聞いてねえよ」

「マニュアスのやつは直接現場に行ったわけじゃねえからな」

「しかも、ポリ公」

 ミラは止血の手を緩めず、ゆっくり、背後の声の方を向いた。

 一人はバールを持った長身の男で、ミラの生活圏の中では見たことのない、屈強だが粗野なボロを纏った男だ。もう一人は手押しの人力運搬車を押している。ミラの身長か、それよりもすこし低い男だった。男たちはミラの顔を見て、お、と声を上げて唇を吊り上げた。

 ホバーパトが高く売れる、男たちはそう言っていた。

「あ、あの、けが人がいるのです。どうか、助けてはくれませんか」

 ひっついていた喉を無理やり唾で飲み込んで、ミラは声を上げた。男は二人顔を合わせ、へへ、と笑う。

「あんたら、俺たちのこと知ってるだろ? 下町の住人だぜ俺たち。フェライトコアのせいで居住圏から締め出されて、山ノ手に入ろうと思っても人がいるのは二十階くらいからで、ホバーカーがないと入れもしない。だからこうして鉄屑売って生きてんだ。なのにお前ら国家権力ときたら、どれだけ助けてくれと頼んでも、今の今まで俺たちを放って置いてんじゃねえか」

「なのに今更、助けてなんて言われても、なぁ」

「で、でも」

「いや、でも俺たちだって鬼じゃあないさ。そこのホバーをくれるってんなら、命だけは助けてやるよ」バールを肩に置いて男が言う。

「そ、それは……」ミラは視線を泳がせた。だが一瞬で、先ほどよりも確かな声で「それはできません。直せばまだ動くかも……怪我人を病院まで運べるかもしれません」と言った。

「ああ? てめえ、なめてんのか」

 ガン、とバールの先をホバーのルーフに叩きつける。音に反応してミラの肩が飛び上がった。

「こっちだって死活問題なんだよ。だったらなんだ? てめえが養ってくれるとでも言うのかよ」

「調子に乗るなポリ公」

 人力輸送車の男がそう言ったのと同時に、バールの男はミラのポニーテールを掴んで、マインの横たわる助手席から引きずり出した。

「や、やめてください!」

「なんだ、ポリ公のくせに反撃の一つもしやがらねぇのか」

「いまの奴らはフェライトコアの犬だ、体術も銃もねえ。そこらの警備会社よりも弱いんだよ」

「おい、浮遊鉱石を押さえろ、あれが一番高く売れる」

「はいよ」

 背の低い男が、バールを受け取ってボンネットへ歩み寄った。バールの先を隙間に差し込んで無理やり押し上げると、ボンネットがひしゃげた音とともに外れる。

「おお!」現れたのは、地上車のエンジン部分ほどの巨大な結晶だった。赤く光を放つ特大の水晶が、はめ込まれて光を反射している。

「こんな特大な天然鉱石、見たことがねえ。さすが宮仕えのホバー!」背の低い男が、鉱石にバールを振り上げる。

「やめて!」ミラは血塗れになった手で、ポニーテールを掴む男の手を引き剥がそうとした。

「き、汚え! 血だ……」ヌルヌルとした感触に、背の高い男が手を離す。その隙に手をすり抜けたミラは、そのままバールを持った背の低い男の前に立って、頭を下げた。

「お願いします、お願いします! どうか、このまま帰ってください! 怪我人の治療に専念させてください。どうか、私たちのことは放って置いてください……」

「な、なんだこいつ」男は一歩後退りした。

「お願いします!」ミラはお辞儀をし、言い続けた。「お願いします」

「おい、女」男の低い声に、ミラは顔を上げた。背の高い男が、低い男からバールを取ってミラの顎を掴む。

「こんな無法地帯で、タダで帰れってのはねぇよ。冗談にしても寒すぎる」

「いまの私たちが、あなたがたに何かできることはありません、なので、どうか」

「俺んところにこい」

「えっ」ミラが今まで必死に見せまいとした硬い表情が、初めて恐怖にほんの少し歪んだ。

「何も渡せるもんがねえのに見逃してほしいなら、こんくらいの見返りはなきゃな。なぁに、あんた結構な上玉だぜ」

「や……やめ」

「お前が一緒にくるってんなら、そこのホバーと怪我人の男は助けてやるよ」

 男は強い力でミラの顔を手元に引き寄せて、ポニーテールを結いている紐を解いた。黒髪が扇状に揺れる。

「ほ、ほんとうに、私が行けば、見逃してくださるんですか」ミラの声は震えていた。過呼吸で肩が上下に動く。

「ああぁ、遊んでやるよ。なにせいまの下町は若い女が少ねえんでなぁ」男はミラの長い髪の人ふさを手に取って匂いを嗅ぐ。ミラは、声が出るか、出ないかわからない声でヒッと言った。

 声を出さないように我慢するので精一杯だった。

「おい、兄貴」

「うるせえな文句は無しだぜ、俺が先に手をつけ……」

 ぽん、と肩に手が置かれた。バールの男はくわっと振り返る。

「しつけえぞテメェ、俺が先にこの女を──」

 目の前にいたのは、仲間の背の低い男ではなかった。引きつった笑みを浮かべた男が、立っている。

「てめぇええ、このクソ非常時に分別の一つもつけられねえのかぁ? えぇ?」

 さきほどミラを助けた、ニットの男だった。

「だ、だれブゲラァッ」バールの男が吹き飛んだ。ニットの男の放った右からの強烈な拳がヒットしたのだ。

 バールの男の手が離れたミラは、そのまま地面にへたり込んだ。

「あ、兄貴」背の低い男が、吹き飛ばされたバールの男にすっとんでいく。「だ、だれだよてめえ!」

「あぁ? どうだっていいんだよんなもん。それよりよぉお前ら」

 ニットの男はへたり込むミラを通り過ぎ、ゆらりと男二人の前で仁王立ちになった。

「俺はいま、ニコチンが切れてとてつもなくイラついていやがるんだ。加減なんかできねぇぞ」ギリギリと歯軋りをした後、どんな凄みのある万人の声すらかすれて飛んでいくような低音で、言った。「とっととうせろ」

「お前、その顔。まさか、ロクスか?」

「ぐ、らぁああ」背の低い声の誰何に被さるように、殴られた男が飛び上がった。そのままバールを思い切り、ロクスと呼ばれた男の脳天に振り下ろす。

 ロクスはその攻撃を受ける前から体重を前に傾けた。懐に入る。固めた拳、その掌を前に突き出す。

 男の腹にぶちこんだ。一秒もないモーション、ごあ、と声を上げてバールの男が胃液を撒き散らすとともに吹き飛ぶ。

「あ、兄貴」駆け寄ろうとする背の低い男の道を塞ぎ、ロクスはバキボキと指を鳴らした。

「お前はあそこにいる愚か者と同類か?」

「め」背の低い男は、両手を前で組んで肩を丸める。「めっそうもございません」

「そうか、じゃあ五秒でうせろ」

「す、すみませんでしたぁ」

 背の低い男は、倒れたバールの男を人力輸送車に放り投げて、ほんとうに五秒程度で綺麗にその場を去っていった。

「ああまったく。止血している人間に手をだすとは、クズやろうどもめ」

 ロクスはすぐに駆け戻って、ミラの手を取って立たせた。

「わるいがすぐに処置だ。手伝ってくれ」

「は、はい」

 ロクスの手際は素早かった。もってきたナイフでマインの服を切り、散乱して埃まみれになった医療器具を正確に扱い、ミラには度が強そうにしか見えない、いやだれが見ても度数の高いアルコールを注射前のマインの肌や、患部に注ぐ。その間、ロクスは口元が寂しいと言って、火をつけていないタバコを口にくわえっぱなしにしていた。

「駄目元で聞くけど、君タバコって知ってる? ライター持ってたりしないよな?」

「ライター」

 ミラ止血をしつつしばらく考えた。そして何を思ったのか、手元のグローブボックスを開け、銀色の箱のようなものを掴んだ。

「これでいいでしょうか」

 ジッポライターだった。

 しばらく無言で、ロクスは差し出されたジッポを見ていた。だが思い出したようにそれを受け取る。この場でタバコに火をつけるのかと緊張してたミラだが、ロクスはすぐに、さきほど服を切ったナイフをライターであぶった。

「君、喫煙者?」うめくマインへ処置をしながら、さきほど男たちへと放っていた声からは想像もつかない軽い口調で、ミラへ聞く。

「いいえ。祖父の遺品です」

「お爺さま、洒落た趣味してるぜ」

「ええ、私もそう思います」ミラの声が、言葉として聞き取れる音をなしていなかった。ロクスが一瞬手を止めて、ミラの顔を見る。俯く彼女の顔は解けた髪でほとんど隠れてしまっていた。止血している両腕の中に顔を隠している。押し殺した声が聞こえた。涙が、ホバーカーの床にボロボロと落ちていく。

「あんた、処置するのに衛生上良くないから、髪を縛ってくるといい」

 ミラは答えられず、俯いたまま何度もうなずいて、静かに車外に出た。しばらくした後も、車の外で押し殺した泣き声が聞こえていた。

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