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ホバー・ドライブ  作者: くもあかり
3/16

1-3

「なに考えてるんだよ! いきなりだったからびっくりしたぜ、まったくよ!」

「す、すみません」ミラは首を縮こませる。「でも、ぱぁっと事件っぽいものが起こって欲しかったのではなかったですか?」

「ああいうのは別に望んでない。もっとこう、刑事ドラマっぽいやつだ!」

 マインは缶コーヒーをゴミ箱に叩きつけた。

「しかもお前、『あなたの言葉を信じます』だぁ? ふざけてんのかよ! あいつらが人の言葉を素直に受け止めるタマかぁ?」

「でも、あのまま放っておいたら死んでたかも」

「だからっておめぇ、あんな中途半端なことしやがって。横槍を入れたせいであのおっちゃんが勾留までに、憂さ晴らしとかいってさらにひでぇリンチにでも遭ったらお前のせいだぞ!」

「フェライトコアに捕まえられたら、それこそ私たちはなんの手出しもできなくなります。だからもう、彼らがあの方に手を出さず、職務を全うをすると信じるしかありません」

「そういうのをな、他力本願って言うんだよ。正直者は馬鹿を見る世の中だ。いい加減、お前も現実を見ろよ。人を疑うことを知れ」

「人を疑う、ですか……」

 マインはそのままホバーの助手席に座って乱暴に扉を閉めた。ミラも慌てて運転席に座る。

「あのおっちゃんも、多分離婚して妻の方に山ノ手の住民としての権限が移ったってクチだろうが、もうちょっと待てなかったのかね」

「フェライトコア社はいま、オート・ルートの23区全域拡大を計画中ですからね。下町にオート・ルートができれば、理論上どこに行くにも所要時間は一定になりますし、下町にもともと住んでいる人たちも恩恵にあずかれます」

「そうしたら捕まらずに堂々と娘とやらに会いに行けたのによ」

 ミラは、先程の黒服たちの暴力を思いだした。「同じ人間なのに、あんなむごいこと」

「まぁ、下町だからな、仕方のないところもある」

「先輩、なんてことを」ミラは眼鏡越しの、ラインの整った眉をこれでもかとひそめた。マインは内心どきりとして、先程の叫びが嘘のように弱く途切れがちな声を上げる。

「だって、あそこは無法地帯だって話じゃないか」

 そう言ってマインは指を折る。

「まずあそこにいる奴らはまともじゃねぇし、武装しないと道も歩けないらしいし、同じ東京の住民とはとは思えない。しかも、マフィアとか非合法組織もいるって噂だぜ」

 行ったことないからわかんねえけど、とマインは小さく付け加えた。

「だからこそオート・ルートの拡大が急がれているわけで、彼らもいずれは私たちと同じ生活圏になるんですよ。なのに、フィーファイを擁護するような言い方」

「23区平定かぁ。まるで戦国の世だ」

 マインは無理やり話題を逸らすようにミラの言葉へかぶせた。

 それと同時だっただろうか。彼らの乗っているホバーカーの無線に、ノイズ混じりの声が入った。

『パトロール中の全ホバーパトに告ぐ。パトロール中の全ホバーパトに告ぐ。というかつまり貴様ら二人!』

 低い、凄みのある女の声だ。

「はいボス、パトロール中の全ホバーパトですどうぞ」マインはにやりとして無線越しの声に応答した。

『いいかよく聞けぐずども。旧芝地区のフェライトコア社製造所にて浮遊鉱石の盗難事件が発生した。犯人はホバーカーで逃走中。フェライトコア社に盗みに入るとは、なかなかどうして度胸だけは買ってやりたいところだ。詳細はナビに送ったから犯人を追跡、捕捉し次第フィーファイの援護をしろ』

「盗み!」マインの鼻の穴が広がった。歯茎が見えるほどの笑顔でミラにサインを送る。

 言われるよりも早くミラはホバーのエンジンを入れた。エンジン部分から流線ラインに沿うように、赤い光が走る。浮遊鉱石に電気が通る瞬間であった。

『貴様ら、万年パトロールだから実践経験は皆無だ。無茶はするな。しかもフェライトコアの敷地での犯罪は普通のとは訳が違う、フィーファイもいつも以上に意地になってるぞ。くれぐれもとばっちりを受けるなよ』

「なーに言っちゃってるんですか課長、これはもうチャンスですよ!」

『おい、クロフト!』

「クオーツ何してる、出せ出せ出せ!」

「私が運転でいいんでしょうか?」

「お前の方が俺より運転がうまい! 俺は射手に回る」

 ミラははい、と応じた後、呼吸を一つした。自分の運転席を見る。

 ホバーカーの内観は地上車と変わらない。だが運転席だけは、まるでそこだけ旅客機の操縦席を丸々移してきたような、大量のレバー類とボタン、レーダーとギアが揃い踏みだ。

 かつて、数年の間で交通戦争以上に死傷者を出した世界一操縦の難しい乗り物、ホバーカー。これで今から、逃亡犯を追う。

 できるか、いや、やるしかない。

「いきましょう」

「おうよ、こういうのを俺は待ってたんだ」

 ミラがレバーを押し上げる。ホバーカーがホバリングしながら地面から浮遊し始めた。

「よおし、下克上だぜ! フィーファイより先に犯人を捕まえてやる!」




 フェライトコア社の旧芝地区製造所は湾岸沿いにある。社が叡智を尽くして開発した浮遊鉱石量産化ノウハウを用いて、人工的な浮遊鉱石を量産する工場だ。その通用口から今、一人の工場員がボストンバッグを持って飛び出して行った。

 警報がけたたましく鳴り響く。

 犯人は走りながらボストンバッグのファスナーを上げた。ざらざらとした音ともに、バッグいっぱいの赤い多角形の宝石たちが眩い光を放っている。弾丸ほどの大きさと細さの浮遊鉱石たちだった。男は浮遊鉱石がバッグの外に浮いていってしまう前に、ボストンバッグを締め直してホバーカーに乗り込む。レバーを引いてホバリングをすると、数回かたむき、よろけながら海の上にホバーを走らせた。コンマ数秒で、ホバーカーはレーシングカー並みの速度で加速する。機体がガタガタと揺れ、メーターをまともに見るのも困難だ。

 男はバックミラーがわりのディスプレイを一瞬見る、まだ警報からほんの少ししか経っていないにもかかわらず、フェライトコア社のホバーカーが何台も自分を追ってきていた。ホバーの性能はフェライトコア社の方が上だ、障害物の少ない海上ではいつか追いつかれてしまう。

 男は助手席を見た。

 誰もいない助手席には、人の代わりにあるものが放り置かれている。男は震える片手をどうにかハンドルから離して、それを掴んだ。

 運転席側の窓を開ける。暴力のような風が機体のバランスを崩しにかかる。なんとか手足三つで操縦しながらジャイロのバランスをとり、無理やりそれを持った方の手を運転席の外の、フェライトコア社のホバーカーに向ける。

 引き金を、引いた。




「捕捉しました!」

 ミラは二百キロへ届くスピードを叩き出しながらオート・ルートの高架が乱立する地区を器用に潜り抜け、問題の旧芝地区海上へ躍り出た。

「この速度でぶっ放せるたぁ、お前の動体視力はどうかしてる。まあいい、パーティに遅れずに済んだみたいだぜ!」

「パーティだなんて、縁起でもない!」

 フィーファイが乗る黒塗りのホバーは、遠目からでは一つの獲物にたかるハエのように見えた。マインがパトランプとサイレンのスイッチを押し上げる。

 ホバーカーのスピーカーが唸りを上げた。

「犯人の運転、がたがたじゃねえか。墜落するぞありゃ」

「先輩、なにか様子がおかしくありませんか」

「高度を少し上げろ、様子を見る」

 ミラは言われた通りにホバーカーの高度を上げた。逃亡する犯人、それを追うフィーファイのホバーに並走しつつ、マインは窓を開けて顔を出し、彼らを俯瞰した。

「なんだありゃ!」

 犯人の男が、窓から手を突き出している。いや、よく見るとその手には銃のようなものが握られていた。だが、拳銃にしては大きく、形がまるであべこべだった。

「自作の銃か何かか?」

「彼は、フェライトコアのアンチ、でしょうか」

「それより、あいつ片手運転してやがる! 正気じゃねえよ!」

 その言葉と同時だった。拳銃の銃口が一瞬光ったかと思うと、赤い光の一線がまっすぐ先頭のフィーファイのホバーのボンネットに当たる。瞬間。

 光が着弾したホバーカーが、紙のように後方へ吹き飛んだ。

 まるでバネのように、ギリギリまでゴムの引き伸ばされたパチンコ玉が飛んでいくかのように、空飛ぶ鉄の箱が、銃弾一発でボーリングのピンの如く吹き飛んだ。

 どがぁん、と、爆発にも似た音が響く。ホバーカー同士の衝突で、吹き飛ばされたホバーの後続車が何台もぶつかって、くるくると海へ墜落していった。

「なんだあの武器は。新兵器か?」

 ロクスは頭を引っ込めて窓を閉めた。開いた口が塞がらないのか、次の言葉を待っていたミラが沈黙に耐えかねたのか、一瞬だけ助手席に視線を向ける。

「見たことないんですか?」

「少なくとも重火器じゃねぇ。そもそも、あんなおもちゃみたいな拳銃から出る弾が、ホバーカーを吹き飛ばせるかよ」

「追跡続行しますか?」ミラが不安の二人な顔でマインを見る。

 マインは、猛る自分を押さえつけるかのような笑いを見せていた。

「あたりめーだ! あんなの逃したらやばい! 高度下げてホバーのケツにつけ。銃弾は警戒しろよ!」

「了解」

 ミラは遊園地のアトラクションのように、自由落下に近い速度で高度を落とした。フェライトコアのホバーの先頭に割り込む。

『おい、そこのホバーパト! 我々の邪魔をするな』拡声器越しにフィーファイの一人が叫ぶ。マインは乱暴に拡声器のマイクを手に取った。

『お仲間ブチ落とされといてよく言うぜ! ここは戦力が一機でも多い方がいいに決まってる!』

「先輩! 犯人、街中に逃げ込むつもりです」

 手足を使った操縦で目の前の景色から目が離せないミラは、逼迫した声でマインに告げた。

「かまわん、追い込め! オート・ルートの高架とビル群の中であんなのを撃ったら、自分が墜落する危険がある。撃てなくなればこっちのモンだ!」

 景色が目まぐるしく変わる。先ほどまで広がっていた海は後方彼方へ消え去り、目の前にぐんと都会のビル群が近づいてくる。時速百五十キロは優に超えるホバーカーにとっては、障害物の嵐だ。

「お前の運転なら追いつける、くれぐれも操縦ミスるなよ!」

「はい」

 ビル風に煽られて、ホバーパトに続く何台かのフィーファイのホバーがすでにバランスを失っていた。そんななか、犯人のホバーはビルの合間を縫い、オート・ルートの高架を潜り抜ける。レールを支える太い柱が、窓の真横数センチを通り過ぎる。ミラは犯人のホバーにぴったりと張り付いて、付かず離れずの追跡を続けた。絶え間なく四肢が動く、高速で思考が回転する。動体視力がものを言う。

『警視庁交通課だ! そこのホバー、止まれ! 止まらんと発砲する!』

 高速の追いかけっこの最中に、マインの拡声器越しの音が犯人へ届いているかどうかも定かではなかった。だが少しずつ、ほんの少しずつ距離は縮まってきている。ミラの正確無比な運転が、犯人をじわじわと追いつけていた。

「我慢比べだ……。俺らとお前、どっちがじれてミスるかのな」

 三メートルもないビルの隙間が迫る。ミラはジャイロを操作し機体を縦に傾ける。通り過ぎた途端に平行飛行に戻る。

 高架と川の間に出た。ホバーの通り過ぎた水面がしぶきをあげる。

『最後の警告だ、止まれ!』

 前を走るホバーは、減速も、発砲もしなかった。

「隅田川を遡上して下町に逃げ込む算段でしょうか」

「だな。警告はした、逃げ込まれる前に仕留めるぞ」

 マインは助手席足元に引っ込んでいたレバーを引き出した。ガシャリと音が鳴って、レバーに連動しているヘッドライト上のギミックが動き狙撃用砲口があらわになる。レバーは、手もたれに逆むきのトリガーがついたような形だった。セットして、腕を乗せ、引き金に手をかける。

「前後よーし、人はなーし、装填よーし!」

 引き金を4本指で引いた。砲弾が追跡するホバーを狙う。引き金を引いている間は間髪入れずに連続して砲弾がはじき出された。水面に軌跡を描きながら機体に着弾する。

「やったか!?」

「テールランプを割っただけです。あ、でも!」

 着弾の衝撃でホバーがバランスを大きく崩した。機体の後方が水面にあたり、その衝撃で機体が弾かれたように上へはねあがる。

 がががが、と機体の左側がオートルートのを支える柱の一つにかすった。ほんのすこしかすっただけだった。だがそれだけで機体がバランスを大きく失う。かすっただけの小さな振動がホバーカーの元々の加速で増幅され、運転席の襲撃者はいままさにガツンという衝撃をもらっているところだろう。

 ホバーカーは恐ろしく速い、空飛ぶ車だ。レバーの操作を誤る、鳩が飛んでぶつかる、強風に煽られる。たったそれだけのことでいとも簡単に墜落してしまう乗り物だ。かつて一斉を風靡したラジコンドローンも、離陸時に少し機体が傾いただけでジャイロが狂いそのまま失墜して、操縦者を苦悩させたと聞く。浮遊鉱石を使った乗り物はことさら機体のバランスを保つだけで一苦労のうえ、機体が大きくなった分、さらにささいなことで事故が起こってしまう。

 くるくると旋回し、煙を撒き散らしながらもホバーは川から逸れて道路に出た。その煙を遅れて浴びながらも、ホバーパトは未だに川に沿って走っている。

「クオーツ、なぜ追わない!」

「今追ったら破損した機体の破片をもらってこっちが墜落します。無理をせず相手が完全に墜落するのを待つほうが」

「そんなこと言ってる場合か!? 見失ったら終わりだ、捕まえられる最後のチャンスだぞ!」

「でも!」

「行け! 破片は俺が撃ち落とす!」

「……はい!」

 ミラは腹を決めて川をそれ、高架をくぐり抜けて旋回した。機体が落ちると思われる地点にむけて走り出す。

「あっ」

 目の前にホバーカーがいた。

 ミラが声を上げている頃には、すでに機体が正面衝突することは決定事項だった。

 ホバーカーは速すぎる。

 止まれない。ブレーキを踏んでも間に合わない。正面に迫る犯人の男の顔がよく見えた。

 あ、これは死ぬな。

 マインは思った。

「くうぅっ!」

 ミラが最後のコンマ数秒で、機体を思い切り傾けた。

 瞬間、目の前は真っ暗になっていた。

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