91話 呼び出し
「またずいぶん派手にやったわね」
放課後、僕はニーナに呼び出されてとある場所に向かっていた。とある場所がどこかは僕も知らない。
「そうカッカすんなよ。僕は手加減するなって言われてたし、王子の後ろ盾もある。いくら天下のヘンリー皇子様といえども文句は言わんだろ」
「そうじゃなくて、いいの? ただでさえ最近はフレデリック王子の影響で目立っちゃってるのに。これ以上変なのに目をつけられたら何されるかわかったもんじゃないわよ」
「ああ、それか。まあ、問題がないわけじゃないけど多分大丈夫だと思う」
ニーナの言い分はもっともである。僕だって、王子に目を付けられるまではなるべく目立つことを避けてきた。
しかし、もはや目立たないなどということができる状況ではないのだ。それにヘンリー皇子に実力を見透かされていた以上、あの場で隠すことはできなかった。
ただ、だからと言って僕も何の考えもなしにシスティをコテンパンにしたわけじゃない。今の僕には全くの無問題というわけでもないが、それなりの対処法があるのだ。
「?」
ニーナは僕の返答にいまいち理解ができていないようだった。のちのち話してやるとしよう。それよりも、これとは別のことを聞かなければならないだろう。
「なあ、そんなことよりも、僕はどこに連れていかれるんだ?」
「もうすこしでつくわ」
そう言ってニーナは少し僕から視線をずらした。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。しかし、僕に拒否権などありはしないのだろう。
そうあきらめてニーナの後ろについていった。その廊下の上で僕は少し前のことを思い出していた。
この学園でエリザベートと初めて会話したその時のことである。
ちょうどこの廊下を酒樽のようにエリザベートを抱えて走ったのがなんだかずいぶんと昔のことのように思えた。
そういえば、最近あの女とは全く会話をしていない。
時折、アリーシャへの嫌がらせを目撃することはあるが、今の僕にあいつを止めることはできない。もう僕が何を言ってもあいつに届くことはないだろう。
それに、今となってはそんなことをする必要もない。
ただ、記憶を取り戻してからというもの、あの女に固執していたためか、何の意味もないがどうしても気になってしまう部分はあった。
ほんの少し僕の行動が違っていればこんな手段を取らずに済んだかもしれなというのに、なんとも情けない話である。
「そういえば、最近エリザベートとはどうしてるんだ?」
気づけば口が開いていた。
一応は表面上はニーナとエリザベートは旧知の仲として仲がいいということになっている。もっともそれはエリザベートの一方的なものではあるが。
「あ、えー、エリザベート……ね」
ニーナは何とも歯切れの悪い言葉を発すると、先ほど同様に視線をそらすのであった。
「なんかあったのか?」
「いや、まあ、そういうわけでもないけど……そ、そろそろよ」
ニーナはそういって返答を濁すと、目的地と思しき場所、というか、まんまエリザベートを担いできたそのルートであの裏庭への角に僕を誘導した。
なんだか嫌な予感がした。
角を曲がり、日の光が僕の目に入り、まぶしさから腕を掲げる。そして、視線の先には太陽の光を背に、だるまのようなアンバランスな体系の女とその取り巻きがたたずんでいた。
「よく来たわね。ベストール・ウォレン」
「エリザベート様……」
予想外の人物に僕は開いた口がふさがらなかった。
なるほど、道理でニーナが言葉を濁すわけだ。エリザベートの頼みごとをニーナは立場上断れない。おそらく、エリザベートに自分が呼び出したことは伏せるように言われているのだろう。
「なにか御用でしょうか」
僕はすべてを察し、すこしうんざりしたようにそう言いながら少しだけエリザベートに近づいた。
「あなた、英雄だか何だか知らないけど、騎士の分際でエリザベート様の前で失礼よ! 跪きなさい!」
取り巻きの一人がそんなことを口にする。
エリザベートの取り巻きか……確か、個人名がゲームの地点でちゃんとあったはずだが、もう忘れてしまった。
当然だが、エリザベートには複数の取り巻きがおり、個人名を与えられているのはベストール・ウォレンだけではないのだ。
むしろ、ベストール・ウォレンはせこい嫌がらせに加担するため、登場回数は多いがほかの取り巻き令嬢のほうがキャラは立っていた気がする。
しかし、こいつらはあくまでエリザベートのいいなりであり、こいつらにエリザベートの性格が捻じ曲がる原因があるわけではない。
そのため、僕自身も必要ない情報として記憶から抹消しているのだろう。ベストールの名だって、自分の名前でもなければ忘れていたはずだ。
「それは失礼いたしました」
一礼すると僕はとくに抵抗することなくその場に跪いた。あまりにもあっさりとした対応に取り巻きたちは動揺していた。エリザベートも動揺していた。
ニーナはとくに驚く様子はない。話を円滑に進めるために僕がこのくらいのことは普通にすることを知っているのだ。
「わ、わかればいいのよ」
「それで、どのようなご用件でしょうか」
あまりにも淡々とした流れに一同は違和感を感じながらもエリザベートは腕を組み、僕のすぐ目の前に近寄ってきた。
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