79話 IF
僕は店をすぐに飛び出し、二人が消えていった方角に急いで向かった。しかし、休日の大通りには大勢の人がいて思うように前に進めなかった。
結局二人を見失った曲がり角に差し掛かっても二人の姿は見えなかった。
まずい。かなりまずい。僕の直感がそう告げている。
この後の展開はなんとなく予想ができる。貧民街で身なりのいい二人に適当な悪役がちょっかいをかけてくるのだ。
そして、当然拒否する二人。しかし大人数を前になすすべなく二人は捕まり、王子はきれいなお顔をねたまれてなぶり殺し。アリーシャは輪姦の一つでもされて国外に売り飛ばされるに違いない。
エロ同人か。いやでも、これが一番あり得る展開であることは否めない。早いところ二人のルートを修正してやらなければ。
しかし、そんなことを考えると同時にあの二人が消えた場合の自分に対するメリットを考えてしまう。
エリザベート問題が一気に解決してくれるというのは僕にとっては願ったりかなったりなのだ。
それに、フレデリック王子が死んだとしても双子の兄のガーラン王子がいるため、国民たちに不安を煽ることにはなるだろうが、次期国王にはなんの問題もない。
アリーシャに至っては、ゲームの主人公とはいえ、ただの平民である。ぶっちゃけいなくなったところで何も問題は起こらないはずである。
そう考えるとますます自分があの二人を助ける意味が分からなくなった。
なんとなくニーナに言われるがままに飛び出してきてしまったが、今からでも見失ったことを言い訳に引き返してしても別にいいんじゃないか?
だって、あの二人が護衛もつれずに出歩いてるのが悪いんだし。というか、なんで護衛がいないんだ?
仮にも一国の王子が外出の際に護衛を連れてないって、どうなってるんだ。これはゲームシナリオ制作者のガバガバ展開なのか?
十中八九、王子の勝手な単独行動なのだろうが、とはいえ、こんなことは今考える必要はあるまい。
僕は歩みを止め、深呼吸をすると、その場を振り返ることにした。かわいそうではあるが、あの二人には僕の未来のための礎となってもらおう。
さらば。そう心の中で一言つげ、一歩踏み出そうとした。
その時、この世界に転生する前に画面越しに見た二人の顔が浮かんだ。
僕はあのアニメは十分面白いと思ったし、そんなことを思うのだから、もちろんキャラクターだって嫌いじゃない。
アリーシャは見た目も性格もぶっちゃけたことを言うとドストライクだったし、フレデリック王子も嫌いなキャラクターじゃなかった。むしろ、ストーリーが進んでいくにつれ、本人の人柄とか、ギャップとか、そういうのがすごくよくできてて男性キャラクターの中では一番好きだったかもしれない。
僕は、現実の二人は知らないが、画面の向こうの二人は知っているのだ。考え方によってはそれは気持ち悪いもののようにとらえられるかもしれないが、どうしても僕には赤の他人だとは思えなかった。
もし僕が、クラウディウス領に生まれていなかったなら、
もし僕が、騎士なんてしょぼい身分じゃなくてもっといい身分だったなら、
もし僕が、こんな風に常に未来のことを考えなければならない立場じゃなかったなら、
きっと、僕はあの二人とは友達になりたかった。
そう思った時にはもうすでに理性的な判断はできなくなっていた。頭の中ではわかっていても、あの二人を助けるメリットは何一つないとわかっていても、僕は貧民街に向けて走り出していた。
思っていたよりも僕は残念な頭の持ち主だったらしい。しかしそれでもいいと思えた。
仕方がないじゃないか。ここで二人を見殺しにしてしまったら僕は間違いなく後悔する。何より、見知った人物を見殺しにするなど寝覚めが悪い。なんなら夜、寝てる間にでも亡霊となって寝首をかかれかねない。
そんなどうでもいい言い訳を自分に言い聞かせ、僕は自分の足を動かした。そして、しばらくすると目的地の貧民街の入り口に足を踏み入れていた。
周囲を見渡すと、貧民街ならではの、とでもいうのだろうか、実に人相の悪い人間が僕をにらみつけるように凝視していた。
ここで暮らす人物たちと比べれば僕も十分に品のいい格好をしている。視線を集めるのはこの際仕方があるまい。
さて、見渡す限りでは二人の影も形もない。まさか、先回りしてしまったのか?
いや、その可能性は薄い。ここに来るまでにそれなりに時間がたっている。二人の歩くペースからしてまだここにたどり着いていないなんてことはないだろう。
となると、僕の見当違いだったのか? 二人はどこかで進路を変えてここは通らなかったのだろうか?
いや、とはいえ、ここに来ないとすると、めったに使わないような変な脇道を使ったことになる。そんな道を王子とのデートでわざわざ選んだろするのだろうか。
仕方ない、ここは情報収集しなければなるまい。そう思い、僕は近くに座り込む老婆に声をかけた。
「お姉さん、ここに身なりのいい男女が通りませんでしたか? 二人とも歳は僕と同じくらいで、男性のほうは金髪の美丈夫で、女性のほうは男性に比べると少し見劣りはしますけどこちらもかなりの美人なんですけど」
「……いくら出す」
老婆は少し考えた後、そう言った。いくら、とは単純に金銭を要求しているのだ。これに対してはとくに疑問を覚えることはない。
理由は単純に、戦争中、貧しい人間とは幾度となく顔を合わせてきたからだ。その際、仲良くなった連中から貧民街のルールみたいなのも教えてもらっていた。
彼らにモノを尋ねるときはチップを用意しなければならないのだ。
「銅貨一枚でどうですか」
「三枚よこしな」
「たくましいことで」
老婆はそういうと僕の手のひらから奪い取るように銅貨を取り、本物かどうか疑っているのか、一枚一枚観察していた。
「あっちだよ。まっすぐ行って四つ目の曲がり角だ。連中はあそこをたまり場にしとる」
老婆はふてぶてしく指をさし、そういうとそれ以上口を開かなかった。
「ありがとうございます」
僕は礼を言い終えると指をさされた方角に向かった。
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