78話 想い人
「なんであの二人がいるのよ……」
「さぁ……」
僕がそう答えた次の瞬間、ニーナは僕のほうに手を伸ばし、しっかりと肉をつまんでひねってきた。
「イッタっ! なにすんだ!」
「夢じゃないわね……」
「そういうのは自分ので試せ!」
「いやよ。……それにしても、なんであの二人がいるのかしら? まさか、他人の空似ってこともないでしょうし……」
ニーナの言う通り、あれは正真正銘、フレデリック王子とアリーシャである。
そして僕はニーナに頬をつねられたその時にあることを思い出した。これはイベントなのだ。
妹曰く、ゲームでは休日に攻略対象を誘ってそれぞれのイベントをこなすことができるのだという。これはおそらく、その一つだろう。
ただ、思い出せたのはいいが、少しだけ不安な点もある。
フレデリック王子の場合は街に出ていくつかの選択肢を選んでデートを成功させるというものだと、妹が言っていた。
そしてそれと同時にその選択肢を間違えた際、理不尽なバットエンドが待っているとも言っていた。曰く、アリーシャは奴隷にされ、フレデリック王子は目の前でなぶり殺しにされるらしい。
それがどういう選択肢かまではさすがに知らないが、妹がコントローラーを地面にたたきつける程度には理不尽なものなのだろう。
とはいえ、よりにもよってそんな最悪の選択肢を現実で選ぶことなどありはしないだろう。可能性がゼロではないのが、少しだけ心配ではあるが。
いや、ちょっと待てよ? エリザベートの破滅の原因はほとんどがあの二人に帰結する。
だとすると、むしろ僕の立場からしたらあの二人に退場してもらったほうが後々うまくいくんじゃないのか?
「ずいぶん楽しそうね」
二人の様子を眺めながらぽつりとニーナはそう口にした。
「嫉妬してんのか?」
「まさか。フレデリック殿下は……まあ顔は悪くないけど、私の好みじゃないわ」
「好みって?」
「もしかして口説いてるの? だったら出直してきなさい」
「お前が自意識過剰なのは知ってるけどそこまで残念な頭をしてるとは思わなかったよ……」
「何よその反応。冗談に決まってるでしょう」
だとしてもたちが悪い。
「うーん、そうねぇ……私の好み……」
そういってニーナは天井に視線を向け、沈黙した。そして次の瞬間、眉間にしわを寄せたままカッっと目を開いて僕を見た。
「私ってどんなのが好みなのかしら」
「いや、しらんがな。聞いてるのは僕なんだけど……好きなやつとかいないの? そいつの特徴上げれば大体お前の好みになるんじゃないの?」
「うーん、それがびっくりするくらい私の好きな人って、私の好みとは合致しないはずなのよねぇ……」
「なんでそんなののことを好きになったんだよ」
「さぁ……なんででしょうね。気が付いた時にはそうだったから」
ニーナはどこか遠くを見るような憂いを秘めた表情でそう答えた。珍しく恋する乙女らしい反応である。
そして、まあ、さして驚くことでもないが、やはりニーナにも想い人くらいはいるらしい。僕はどこの誰だか知らんが頑張ってくれと思った。
こいつの場合、美人だからアプローチを始めたらそういう関係になるのは時間の問題だろうが、問題は性格が合うかどうかだろう。
ブスはなれるが美人は飽きる。世の中はそういう風にできている。結局のところは中身が合うかどうかなのだ。
よって、ニーナに合わせられる男でなければこいつと付き合い続けるのは難しいだろう。
なんせ、貴族の男というのは口を開けば自慢話しかしない生き物だ。それに加えて女にはつつましさを求める。つまり、ニーナのように饒舌な女は嫌われる傾向にあるのだ。
ニーナは外面はいいが、さすがに恋人ともなると外面だけで付き合いを続けるわけにもいかないだろう。
ならば必然的に素の状態のこいつを受け入れられる、例えばそう、僕のような海のように広い心の持ち主でなければならないのだ。頑張ってくれニーナ。道のりは険しいだろうが応援はしてやる。
「ま、私のことなんてどうでもいいわ。それよりもあの二人、どうする? 声でもかける?」
我に戻ったようにニーナは平然とそういうと肘をついて窓の外の二人を見た。
「ほっとけばいいんじゃないですかね。下手に声をかけて騒ぎになっても困るし」
「それもそうね。ところであの二人、どこに向かってるのかしら」
「しらん」
そういいつつ、僕は周辺の地図を思い出す。そして二人の進行方向と照らし合わせてみる。
「ねえ、あっちって、なにもないわよね」
「何もないことはないぞ。お前は一生いくこともないだろうが、あっちには貧民街があってだな、ガラの悪い連中のたまり場になってるから、何も知らずに行こうもんなら身ぐるみをはがされた上に人さらいにさらわれていくなんて噂もあるくらいで……」
僕がそう口にしている間に二人は曲道に差し掛かり、見えなくなってしまった。そして僕は僕で言葉にしながら得も言われぬ焦燥に駆られた。
「ねえ、そんなところに行ってあの二人は無事で済むの?」
「いやぁ……まあ、よろしくはないよねー」
「あははは、そうよねぇ……」
「…………」
「べストール!」
「店主! 彼女のエスコートを! それと僕の料理は適当に布でもかけといて!」
そういって僕はあわただしく店を飛び出したのであった。
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