74話 振り出し
「い、いったいどうしてこのようなところに……?」
エリザベートが飛び出そうな目をぱちくりさせながらそう言った。
「最近元気がないようだったからな。使いの者にお前の近辺を調べさせていたんだ」
「わ、私のことを気にかけてくださったのですね!」
エリザベートはフレデリック王子の言葉を受けるや否や、目元をうるうるとさせ、媚びるように上目遣いでそう言った。実に気色の悪い女である。
しかし、フレデリック王子は顔色一つ変えることなくエリザベートに歩み寄った。さすがは王族とでもいうべきか、僕では到底無理な芸当である。やはり偉い身分にある人間は僕のような一般人とは違うのだろう。
そして、その期待を裏切ることのない言葉を次の瞬間、僕は耳にすることになった。
「エリザベート、お前が変わる必要はない。そのままでいいんだ」
正直言って、その言葉の意味が理解できなかった。いや、正確には王子の真意がわからなかった。
エリザベートが変わる必要がないだと? 何を言っているんだ、この王子は。馬鹿なのか? というか、そのまま放置したらソレがお前の嫁になるんだぞ? 本気で言ってんのか? いや、まさかデブ線? いやいや、アリーシャと恋仲になる可能性がある人間に限ってそれはあり得ない。
次から次へと脳内がはてなマークで埋め尽くされていくのが手に取るように分かった。終いには、僕の脳みそでは到底至ることのできない高次元なものなのだろうと、脳が考えるのを放棄し、無に帰っていく自分がいた。
「君は……確かクラスの……」
放心状態の僕に王子が声をかけてきた。
「は、はい!」
無心からの突然のことで思わず大声で返事をしてしまう。恥ずかしい。
「なるほど。クラウディウス家の使用人だったのか。君も、家臣なら主人が苦しむようなことはすぐに止めるべきだ。第一……」
王子は僕のことを一方的にクラウディウス家の人間と決めつけ、家臣としての心得を丁寧に説き始めた。しかし、そんなものをいちいちまじめに聞く僕でもない。そもそもエリザベートの家臣ではないのだから。僕は適当に相づちをうつのみであった
まあ、仮にニーナが相手だったとしても必要に駆られれば僕は同じことをしていただろうけど。
「まあ、そういうわけだ。よろしく頼むよ」
(よくしゃべる人だなぁ)
王子はそういうとそそくさと帰ってしまった。
長々と説教を受けたものの、結局のところ、僕がエリザベートのダイエットを中止する理由にはならない。そう思い、僕は身をひるがえし、口を開いた。
「よーし、再開しま……」
そう言葉にしきろうとしたその時、僕の視界はあらぬ方角へと散乱した。また、あごに強烈な衝撃を同時に感じた。
つまるところ、僕は不意打ちを受け、地面に倒れこんだのだ。
「な、なにが……」
「今までよくも好き勝手してくれたわねぇ!?」
そこには仁王立ちをして気持ちの悪い笑みを浮かべたエリザベートがいた。しかも、打ちどころが悪かったのか、視界が歪み、エリザベートの醜悪な姿が歪み、より一層まがまがしいものとして映った。
「ガハッ!」
そしてエリザベートは僕を何度も踏みつけ、被害妄想炸裂の自意識過剰な罵詈雑言を浴びせかけてきた。エリザベートの体重が乗った踏みつけはとんでもない苦痛だった。
いったい僕が何をしたというのか。どうしてこんな仕打ちをうけなければならないのか、わけもわからず僕はただ自分の身を守った。
視界が収まりだしてもエリザベートに反撃することは許されない。直接的な暴力はそれこそ不敬罪で豚箱行き。あるいは処刑されるかもしれない。だから僕はただ耐えた。
幸い、戦い慣れしていたため、打撃なんかを最小限に受け流すすべを僕は知っていたため、大事に至ることはない。
しかし、それでも目の前の醜い女に反撃することも許されない自分が歯がゆかった。自分のためとはいえ、どうして僕がこの女のためにつきあってやらなければならなかったのだろうか。そんな気持ちでいっぱいだった。
エリザベートが疲れてその場を去った後も、僕は一人呆然とその場に横たわっていた。
最初のうちはエリザベートへの憎悪や嫌悪感で満ちていたが、陽が落ちるころには冷静になり、事態の深刻さにようやく気が付いた。
「不味いな……」
エリザベートへの増悪などもはや二の次である。確かに憎くはあるが、そんなものは今に始まったものではない。あの女に暴力を振るわれるのはこれが初めてではないのだから。今はそんなものはどうでもよくなるほどに不味い状況に陥ってしまった。
傍若無人なエリザベート・クラウディウスがよみがえったのだ。
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