73話 ダイエット
「で、これはどういう状況なのかしら」
日傘をさし、ずいぶんとけだるげにニーナはそういった。
「ゼェ……ゼェ……」
「頑張ってくださーい。あと一往復で休憩ですよー」
エリザベートを放課後にわざわざ呼び出してすることなど決まっている。ダイエットである。特にマラソンはいい。筋肉がつきすぎず程よく辛い思いができるため、精神面での成長が見込める。よって、現在エリザベートには古くなって物好き以外は近寄らない校舎の周りを往復させていた。
ちなみに、一応はほかの生徒が来る可能性もあるので最低限の敬語は使うことにした。
「あのエリザベートがずいぶん素直に言うことを聞いたものね。どんな魔法を使ったの?」
「愛は人を変えるんだよ」
「? なにいってんの?」
ニーナは何をバカなことを言っているのだ、とでも言いたそうな表情をしていたが、これがあながち間違いでもない。
フレデリック王子への愛がエリザベートを突き動かしているのだ。このまま痩せてくれれば少しはフレデリック王子もエリザベートのことを見直してくれるだろう。そうなればエリザベート自身にも心の余裕が少しは生まれる。
あわよくばそのままアリーシャにちょっかいをかけるのをやめてくれればと思う。
「ゼェ……ゼェ……ブヒィ……」
エリザベートは最後の一周を走り終えるとそのまま地面に倒れこんだ。
「お疲れ様でーす。じゃ、次は明日の朝六時からなんでこの後は変なことは考えずにしっかり休んでくださいよー」
「ひ、ひぃぃ……」
エリザベートはもはや反論する気力すらもないのか、断末魔のようなかすれ声を上げた。それにしてもえらい光景である。倒れこんでいるこれが本当に人なのかと疑いたくなる。
それから僕とエリザベートのダイエットが始まった。まさに三度目の正直とでもいえばいいのか、ようやくエリザベートもやる気になってくれたらしく、翌日の朝も逃げずに顔を出した。
「おはようさん。正直来ないと思ってたよ」
この時間帯ではさすがにほかの生徒が来ることはあるまい。僕は砕けた口調でそう言った。
「これもフレデリック様のためよ。別にあんたに言われたからじゃないわ」
「そうですか」
そう言って僕はエリザベートに近寄った。
「な、何よ」
「走るだけだと飽きるだろ。少し趣向を変えようと思ってな。足の筋肉痛はどんなもんだ」
「最悪よ。正直立つのもつらいくらいね」
「だろうな。じゃ、今朝は筋トレだけにしとくか」
「? 本当にそれだけでいいの? そんなんで痩せられるの?」
「あんまり無理して体壊されても困るからな。それに、筋トレを甘く見るなよ?」
エリザベートは怪しむように僕を見た。そしてその数分後……
「も、もう無理! 勘弁してぇ!」
「はーい。頑張ろうねー。あと五回」
腹筋十回三セット。二セット目にしてこのありさまである。もちろん別に無理なことを強いているつもりはない。この後には腕立て伏せ、背筋、プランク、……etc。とにかく太ももに負担がかからない筋トレを用意しているのだが、この分では先が思いやられる。
ちなみに、筋トレとマラソンだと、僕の主観では筋トレをする方が脂肪の落ちは早い。問題は、女性の場合だと筋肉がつきすぎてしまう点だろう。
エリザベートのように肉ばかり食べていると、なおさらたんぱく質の過剰摂取で筋肉が多くついてしまう。
とはいえ、痩せないことには話にならない。幸いなことに脂肪は放っておいてもつくが、筋肉は放っておけば落ちていく。今は脂肪を落とすというその一点にのみ的を絞るべきだろう。そのためにはとにかく筋肉をつけて基礎代謝を上げるほかない。
結局その日は腹筋と腕立て伏せでエリザベートは完全にダウンしてしまった。相変わらず根性のない女である。
しかし、これはある意味好都合でもあった。授業前から体力をすべて使い切ってしまっているせいか、学園の休み時間等にエリザベートが無駄に騒ぐことがなくなったのだ。
代わりに、自分の席に突っ伏して体力回復に努めている様子であった。そして以降これがこのクラスの日常となった。
実にいい傾向である。エリザベートがああしている間はエリザベート関連のイベントが起こることはまずありえないであろう。少なくとも、アリーシャや攻略対象たちがわざわざ自分からエリザベートのもとに向かうことはほぼあり得ない。
おかげで僕は実に平和な学園生活を享受することができていた。悩みの種が消えたのだ。もはやこの際、友達がいないことには目をつぶっても構わないだろう。
そんな平和な日常が無条件に続くものだと楽観的に考えていた。しかしそれは嵐の前の静かさのようなものであるということに、その時の僕は全く気付かなかった。
その日も僕はエリザベートとともにダイエットに励んでいた。
「じゅう……じゅう、いっち!」
「頑張ってくださいよー。もう少しですよー」
竹笛を鳴らし、僕はエリザベートのスクワットのフォームを確認していた。さすがに体系以外は数をこなした分、様になっている。
それに、以前よりも少しだけ痩せたような気がする。いや、気のせいかもしれないけど。そんな呑気なことを考えていた放課後であった。
「エリザベート。何をしているんだ」
背後から聞き覚えのある男性の声が聞こえた。僕は思わず振り返り、目を見開く。そしてエリザベートもまた驚きをまざまざと表情に出す。というか、出しすぎである。まるで出目金のようだった。
「ふ、フレデリック様!」
そこにいたのは、エリザベートの愛しの婚約者。フレデリック王子その人であった。
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