61話 終戦祝い
「新たなる英雄の誕生! 戦神ベストール・ウォレン! ケッ、ずいぶんな仰々しいみだしじゃねーか」
「やめてくんない? 僕だって恥ずかしいんだよ……」
新聞にでかでかとはりだされた大見出しを読み上げ、酒場でアーギュは半笑いでベストールの肩を小突いた。
エインベルズ領での戦いが終わってから僕たちはすぐさま、王国本軍の増援に向かった。しかし、実際に帝国と戦おうなどとは全く思っていなかった。
さすがに十万の軍を相手にしては鉄砲の数が少なすぎて数で押し切られかねない。それに加えてエインベルズ領の守りのために大多数を残してきていたため、正直なところ、僕が西に向かったところで勝てる保証はどこにもなかった。
しかし、正体不明の新兵器と無名の少年が名うての将軍が率いる軍隊を打ち破ったという情報はそれだけで脅威となる。
そのため、僕の参陣を聞きつけた帝国軍は僕が到着してから一度も刃を交えることなく休戦協定を申し出てきた。
結果、僕は戦争を終わらせた若き英雄として針のむしろにされていた。
「でも、ほんと、勝ててよかったわよ。こっちは生きた心地がしなかったわ」
隣に座り込んでリンネは深くため息をつく。
しかし、確かに僕たちが勝てたのは奇跡に近い。
今になって思うと、もしかしたらすでにエドモンドさんはこのシナリオが見えていたのかもしれない。
あの夜、勝ち目のない特攻を行ったのも、士気の下がった兵士たちに後がないことを思い知らせるためだったのかもしれない。そして、本命はエインベルズ邸での総力戦だったのだろう。そうでなければこのタイミングで徴兵の強化を行ったりはしない。
エインベルズ邸周辺は人口が比較的多く、徴兵しやすい。それに、エドモンドさんは鉄砲のこともしっかり視野に入れていただろう。あの人は僕が鉄砲について昔、話をした時に鍛冶職人よりも興味深そうに話を聞いていたし、あれの有用性を十分理解していた。
夜襲で帝国が引いていけばそれでよし。ダメでもエインベルズ邸で十分な兵力と新兵器をもって迎え撃つことが可能。どちらに転んでもよかったのだ。
ただ、誤算は当の本人が死んでしまったことで、僕たちがこの作戦を選んだのはほとんど奇跡だ。
ちなみに、夜襲をせずにもとからエインベルズ邸で決戦を行えばいいのではないかとも思うかもしれないけど、エインベルズ邸周辺は農産物が豊富で、戦場にした場合、経済的損失が大きい。そのうえ、人も多いため、予想以上の死者が出る可能性がある。
戦場で数千の兵士が死ぬか、その倍以上の平民が死ぬか。どちらを選ぶべきかは明白だ。現に、今回の作戦ではあの夜襲の倍近い死傷者が出ている。損失だけで見るならば僕らの負けなのだ。
「まあ、何はともあれうまくいったんだ。ベストール、お前さんは十分、団長としての責務を全うしていたさ」
そう言ってアルベインは僕の頭を乱暴にかきまわした。
「でもなぁ、ベストール、ここから先はある意味、戦争よりも精神をすり減らすことになるぞ」
「?」
「貴族どもの接待はなかなかどうして面倒なものだ。せいぜいがんばれよ」
「う……」
他人事のようにアルベインはそういうと、まだ日も高いというのに酒を飲み始める。
そう、つい先日正式な休戦協定が結ばれたため、今晩は王都で終戦祝いが開かれる。そこに僕は国王直々に参加するようにと声をかけられている。
はっきり言って面倒以外の何物でもない。
僕は領地経営とか、度を超えた金儲けとか、そういうのには全く興味がない。アルベインみたいに、適当に後任を育てて、騎士として少しだけ裕福な暮らしができればそれで十分なのだ。
よって、今のようにエインベルズ家に仕え続けるのがもっとも理にかなっていて、わざわざ面倒くさい貴族たちとの交流を持っておく必要などありはしないのだ。
しかし、国王の顔をつぶすわけにもいかない。渋々僕は今晩の夜会に参加することになったというわけである。
「そろそろいくよ」
僕は少し早めに到着するようにと念を押されていた。
「おう、しっかりもまれてこい」
アーギュは実に嬉しそうにそう言って僕を送り出した。後で何か嫌がらせをしてやろう。
王城につくとすぐに衣装室に連れていかれた。今日ここには全国から有力な貴族たちが集まる。そんなところに着ていける服が僕にはないのだ。
「どのような服にいたしましょうか?」
僕を部屋まで案内してくれたメイドが不安げに訪ねてくる。
「あ、えっと、あんまり派手じゃないのでお願いします」
「かしこまりました」
そこからのメイドの動きはすごかった。数着の衣装を次々と僕に着せては鏡で確認させるという作業を手早く済ませる。服を着るなんて行為を手伝ってもらったことのない僕にとっては何ともむず痒いものだった。
結局僕は地味なタキシード風の服を選ぶこととなった。そしてぼさぼさの髪を整えられ、普段の僕からは何とも想像しがたい像が出来上がった。
コンコンコン
そして準備ができると同時にノックが聞こえた。
「エインベルズ伯爵家のご一行がお見えです」
扉の外のメイドはそういうとすぐに離れていった。
わざわざ声をかけてくれたのはあいさつに行けということだろう。別に不思議なことではない。
僕は着替えを手伝ってくれたメイドに一礼をしてその場を後にした。
部屋を出て廊下の窓から外を見ると、そこには見覚えのある馬車があった。エインベルズ家のものである。馬車の中から次々と見知った顔ぶれが登場する。
僕は早歩きで外へ向かった。
外に出るとグラハム様は王都の貴族に囲まれていた。こうして改めて見ると、やはりグラハム様は貴族なのだと実感する。僕のような成り上がりと違って一つ一つの所作に気品がある。歴史ある名家の人間は皆そうなのだろうか? 一人を除いて確かに全員平民とは違う雰囲気を漂わせている。
貴族は偉そうだ、と平民は言うが、彼らは彼らなりに幼いころから努力しているのだろう。
「ん? おお、ベストール君!」
遠くから目線を向ける僕に気づき、グラハム様は僕の名を呼んだ。それとともに貴族たちの視線は一気に僕に集中する。
「あの少年が……?」
「あの若さで帝国を打ち破ったのか……」
貴族たちは口々に疑問の声を呈し始める。僕は居心地の悪さを感じながらグラハム様の元へ向かった。
「彼が此度の戦争の功労者、ベストール・ウォレンです」
高らかにグラハム様がそう紹介してくれた。僕は乗り気ではなかったが、短く「ベストール・ウォレンです。以後お見知りおきを」と言って黙り込んだ。
すると、社交辞令なのか、一人の貴族が拍手を始めた。そしてそれに続いてほかの貴族たちも拍手した。表情こそ穏やかではあるが、なんとも異様なものだった。
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