56話 期待
エインベルズ邸に到着して間もなく、手前のハルメリアの砦を根城に帝国が陣取っているという情報が入ってきた。
おそらくそれほど間を置くこともなく僕たちを押し切ってそのままの足で王都まで攻め込むつもりだろう。
もちろんのことながら、あまり望ましい状況とは言えない。
「兵士を養えるのはせいぜい二週間弱ってとこだな」
「徴兵もしたけどまだまだ数の上じゃ帝国には及ばないわね」
「兵の士気もそれほど高くはない。さすがにこの前の敗北が響いとるな」
各隊長は現状を報告し、詳細を僕に提出する。しかし、それはあくまで想定の範囲内である。むしろ、もともと最悪の状態がさらに悪化していないことに安どしている自分がいる。
「初めからわかってたことだし、想定内だよ。わかってると思うけど、今回の戦が本当の意味での最後の戦いになる。僕たちの敗北はすなわち王国の敗北につながる。各自、準備は大丈夫?」
会議の場で僕は一人一人に伝えてある作戦の確認と担当部署の準備状況を確認していく。その段階では特に問題はなさそうだった。
「……しかし、マジでやんのか?」
「何日も前から決まってたことよ。いまさら怖気づいたの?」
「そうじゃねぇけどよ……」
アーギュは不安を口にするも、それ以上は僕の考えた作戦について言及することはなかった。
僕の作戦に不満があるのだ。
確かに、前団長のエドモンドさんを失った今、この作戦を実行することに抵抗を覚えるのに無理はない。
僕だって、自分が発案者でなければ反対していたかもしれない。それでも勝つためにはそれなりのリスクを背負う必要がある。それだけ僕たちはがけっぷちに立たされているのだ。
「偵察の話だと明日、連中が攻めてくる可能性が高いみたいだから、いまさら作戦の変更なんてできない。それに、後悔しないんじゃなかったっけ?」
僕が少しおどけてそういうとアーギュはあきらめたように破顔して乱暴に返事をした。
会議はそこで終了し、各々は明日に備えた。
僕もまた、やり残した仕事を片付けなければならない。僕はグラハム様の私室の扉をノックする。
「誰だ」
「ベストールです」
「……入れ」
返事を聞き、静かに扉を開けるとそこには三年前よりもずいぶんと痩せてしまった主、グラハム様が座り込んでいた。
戦争中のこの三年間、現場で働く僕らのためにいろいろと根回ししてくれていたのだ。休む暇などほとんどありはしなかっただろう。
「明日、本格的に作戦が開始します。避難を」
この館についてからグラハム様にはすぐに逃げるようにと言い続けている。聞くところによると、奥方様も、カレン様も、そしてニーナもまだ避難していないらしい。
いい加減ここから逃げ出してもらわなければこの人たちを巻き込むことになってしまう。
「いまだに信じられんな。アルバート殿の酔狂で寄越された子供が数万の軍を率いる大将とは」
僕を一瞥するとグラハム様は静かに冷たくそう言い放った。
「僕も時々、悪い夢を見てるんじゃないかと思います」
「……娘とは手紙のやり取りをしていたようだな」
机の引き出しから封の解かれた封筒を取り出しこれ見よがしにグラハム様は僕にちらつかせる。
「その手紙はニーナお嬢様には届いていないのですか?」
「中身は届いているとも。娘は君が戦地に行ったその日から一枚一枚丁寧に保管しているよ。封筒は毎回捨てられているが」
僕はニーナにちゃんと手紙が届いていることに安堵した。一回でも手紙が遅れれば後が怖いのだ。
「正直な話、君には感謝してるのだよ。ふさぎ込んでいたニーナを説得してくれたことも、戦場に赴かなかった私のような人間の代わりに国を守ってくれていることも」
グラハム様はどこか腑に落ちないといったような様子で言葉を並べた。また、一向に僕の目を見ようとはしなかった。
そして、深くため息をついた。
「……でもね、エドモンドの代わりが君に務まるとは思えない」
「……否定はしません」
「彼は素晴らしかった。騎士としても、私の友人としても。私はね、彼には生き続けてほしかったんだ。戦争を終わらせて、勝利の祝杯をともに交わしたかった。仕事人間の彼に、暇を与えて、恋人でも作らせて、人並みの幸せを手に入れてほしかった」
「…………」
「しかし、それはかなわない。夢幻となってしまった」
そういうと、グラハム様は立ち上がり、僕の前に立った。自然と目が合い、お互いがお互いの合わせ鏡を目にする。
「君にこの土地を守れるのかね? これ以上私を失望させないと約束できるかね?」
悲壮な表情を浮かべ、グラハム様はそう言い終えると口をピタリと閉じた。
僕は返答に詰まった。しかし、意識はそうでも、次の瞬間には口を開いていた。
「約束します。必ず期待に応えて見せます」
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