54話 団長
「……悪いがな、ベストール、今は、悲しんでられる状況でもねーんだ」
一向に涙が枯れる気配のない僕に目を背けながらアーギュはそういった。しかし、アーギュもまた僕につられて涙をこらえていた。
「……ごめん」
僕は短くそう口にすると涙をぬぐい、寝床から起き上がった。
「お、おい、大丈夫なのか!?」
心配そうにアルベインは僕に駆け寄る。
もちろん痛みはあった。でも、それでもここで横たわっているわけにはいかないと思った。幸い、致命傷になるような怪我はない。ところどころズキズキするが、ひどい筋肉痛とでも思っておけばいい。
「さっきは策はないって言ってたけど、どうしてエインベルズ邸に? あそこは守るのには適してないと思うんだけど」
エインベルズ邸の周辺にはほかにも砦がある。過去何度もエインベルズは戦争の危機にさらされているため、常に敵から身を守るために複数の砦を築いているのだ。
わざわざそれらを無視してエインベルズ邸に向かうのは違和感がある。
「エドモンドの遺言よ。とにかくエインベルズ邸に戻れ、って……。作戦は向こうについてからいうって言ってたけど……」
先ほどからずっとうつむいていたリンネが口を開いた。しかし、歯切れが悪い。
「ベストール、戦う前にエドモンドから何か聞いてない? 失敗した後のこととか……」
「悪いけど、何も……」
思い当たる節がないか、エドモンドさんと交わした他愛もない話を思い出す。その時、一つだけ勘違いかもしれないが、思い当たる節があった。
「エインベルズ邸までの手紙って、何日くらいで届くかわかる?」
「? まあ、大体三日前後じゃねーか? 肉屋郵便とかなら一日かかるか、かからねーかくらいだな」
不思議そうアーギュはそう答える。その時、ピースが嵌った気がした。
「……あの戦いの前、エドモンドさんがグラハム様に物資の申請書を送ってた。もしかしたらそれかも」
「物資? まあ、食いものも武器も大事だが、兵力差が違いすぎるぜ」
「これは推測だけど、エインベルズ邸でかき集められるだけの兵をかき集めて、もう一つ後ろの砦で継戦しようとしてたんじゃないかな」
「……なるほど。自分の住んでるところにまで敵が来たとなれば周辺の村々の人間も黙ってはいられん。そいつらを養うだけの物資もそろっている。その線は濃いな」
そこからその場で作戦会議が始まった。
決まった内容はこれから徴兵令を出してもらうよう手紙を旦那様に送ること。また、周辺貴族へもできる限りの物資と兵を国家の緊急事態をちらつかせてせびること。
そして今後どのように戦っていくか。
一通りのことが決まり、最後にアルベインが重々しく口を開いた。
「そろそろ、次の団長を誰にするか、決めねばなるまい」
「アルベインが継いだんじゃなかったの?」
この会議で話の主導権を握っていたのはアルベインだった。だから僕はてっきりアルベインが継承したものだと思い込んでいたのだ。
「ワシは場つなぎにすぎん。それに、歳もある。若い人間がやるべきだ」
となると、ほかの隊長たちになるんだけど、ずいぶんと数が減ってしまった。今残っているのはアーギュとリンネだけだ。
この三日で六人いた隊長は半分になった。それだけでもあの戦いのし烈さを物語っている。
「エドモンドの後釜ねぇ……俺にゃ務まりそうもねーな」
「あたしも、直情的なところがあるから遠慮したいところね」
「でも、二人以外に務まりそうな人間なんて……」
「一人いるだろう。ちゃんと指示が出せて、仲間思いで、実力も伴ってる奴が」
「?? 誰さ……?」
「あたしも賛成。エドモンドのお墨付きだもの。文句はないわ」
「……まあ、ワシもうすうすわかってはいたが」
隊長たちはお互いの顔を見合わせ、少しだけ表情を緩ませた。その場にいたほかの面々も「ちゃばんだ」「早くしてくれ」と口を出す始末である。
しかし、僕だけは状況が呑み込めなかった。
そして、三人は同じタイミングで僕を見た。
「お前だよ。ベストール」
「!」
アーギュがそう告げたとき、もちろん、僕は否定しようとした。でも、そうはしなかった。
踏みとどまり、考える。自分にあの人の跡を継ぐことができるのか? 実力はたぶん、隊長たちにはかなわない。頭だって、そんなにいいほうじゃない。僕がみんなを死なせてしまうのではないかと不安しかない。
それだというのに、三人はなんの疑いもなく、僕を指名してきた。それだけ、この人たちから僕は信頼されていたのだ。
その信頼を裏切って場を濁すこと。そちらのほうが、様々な不安よりも恐ろしかった。
ならば、僕はその信頼にこたえなければならない。
「……僕で、後悔しない?」
「するわけねーよ。お前の指示で死ぬんならそれはそれで悪くねぇ」
「あたしも。あんたがいなかったら死んでたんだから、あんたのためにこの命を使いたい」
「老い先短いジジイのことなど気にする必要はないぞ。出がらしになるまでこき使えばいい」
三人は何一つ振り返るものはないといった様子で実にすがすがしくそう言った。そして僕もまた、誓った。
「絶対に後悔すると思うけど、弱音は聞かないから、覚悟しときなよ!」
この人たちのために、僕は最後まで帝国とたたかい抜こう。
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