50話 代理人
「俺は別によ、死ぬことが怖いからこういうことを言うんじゃない。今まで俺が殺してきた数をかんが見りゃ、ここらが引き際だとも納得できちまう。でもな、死ぬのは俺みてぇなジジイだけじゃない。ベストールみてぇな俺のガキとたいして歳の変わらんやつもいるんだ。そんな奴らに今日、ここで死ね、なんていえねぇよ」
ずいぶんと悲壮な表情をして、最後のほうはかすれた声で、のどをひねるようにしてアーギュはそう言い切ると、そのままうつむいた。
戦場では時に、情を捨てなければならない。人間の命を扱う以上、それは仕方のないことだ。きっとエドモンドさんも兵全員からの恨みを買うことを覚悟して今回の作戦を切り出しているのだろう。
だから、アーギュは本来、隊長としてこんなことを口にすべきではない。それでも、誰も彼を攻めはしなかった。
誰も反対することなど、できようはずもなかった。現実問題、ここにいる兵士の命、二千を切り捨て勝機を見出すか、全滅を選び、国が崩壊するまで戦い続けるか。頭の中ではすでに結論が出ているのだ。
「……アーギュ、俺だって気持ちの面じゃお前とさして変わらんよ。でもな、俺たちがここで状況を好転させなきゃ西で戦ってる連中を待っててもこの国は亡ぶ。俺を恨んでくれても構わん。だから、頼む」
淡々とエドモンドさんは口を開いた。しかし、感情を表に出さぬように取り繕っているのがまるわかりだった。
きっとこの人は、みんなをだまして、死地に送り込むつもりだったのだろう。だから、会議を始めたとき、特にそういうそぶりを出さないように取り繕って淡々と作戦の説明だけを行ったのだ。
そして、作戦終了とともに、みんなからの恨みを一身に受ける覚悟をしていたのだ。だから、実際にこうして感情をぶつけられて、取り繕っていたものがはがれそうになっているのだ。
一番つらいのは自分の命令で大量の死者を出さなければならないこの人なのだ。
「言われなくたってわかってんだよ……」
歯を食いしばり、今にも泣きだしそうな声。悲痛な思いがこちらにまで伝染してくる。
「……こいつが成功すりゃ、終いなんだな」
「おそらくな」
「……わかった」
少し考えた後、アーギュはそう口にすると、後は何も話そうとはせず、ただ、頭を抱えていた。
「ほかに反対するものはいるか」
「……」
「よろしい。ならこれから具体的な各自の役割を話す。といっても、それほど立派なものではないがな……」
そこから主に死地へ赴くメンバーが淡々と発表された。基本的には兵団員が指名され、一部を除いて派遣兵は守りに移る手はずとなった。
といっても、別に守りが安全というわけではない。戦力は僕の予想通りとはいかず、砦に残るのは五千弱。この人数では敵に攻め込まれたならばそう長くはもたない。本当に、がけっぷちだ。下手をすると、夜襲部隊をかいくぐられ、こちらを攻められたなら、被害はこちらのほうが大きくなることもあり得る。
しかし、言わずもがな夜襲部隊の危険は計り知れない。夜襲とは名ばかりで、これだけの大部隊が動くのだ。動きは一瞬で捕捉され、ただの野戦とそう大差はないだろう。
「最後に、俺の代理で第一部隊を率いてもらうのは……」
大方の役割を告げ終え、最後の指示にエドモンドさんは言葉を詰まらせた。
順当に行くのであれば、野戦を得意とするアーギュか、戦闘経験の豊富なアルベインに隊を合併させて任せるところだろう。誰もがそう予想した。
「ベストール。お前だ」
「!」
一瞬、何が起こったのかわからず僕の中の時が止まる。
「そんな、無茶です! 僕は兵を統率したことなんてありません。いきなりそんな大役を押し付けられても自信がありません!」
「現場での統括はアルベインにやってもらう。お前はいざというときに戦況を見極めて指示を出せればそれでいいんだ。それに、俺の指示には従ってくれるんだろう?」
優し気にそう言うエドモンドさんに反論することはかなわなかった。実際、自分が言葉にしてしまっている以上断れない。
不安な表情をする僕にエドモンドさんはそっと手を伸ばし、ぽんと僕の頭に手を置いた。
「大丈夫だ。お前ならやれるはずだ」
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