49話 苦渋の決断
その日は昼食の後に恒例の会議が開かれた。
三年でこの会議はなんだか賑やかになった。貴族たちからの派遣兵の隊長や、隊長候補者など、人数は当初の倍に増えていた。とはいえ、毎度毎度口を開くメンバーは限られている。
主に口を開くのはエドモンドさん、アーギュ、リンネ、アルベインの四人だ。あとはちょこちょこ派遣兵の隊長が業務報告とか、意見を求められてほかの隊長が話すくらいだ。
隊長候補者はほとんど発言することはない。きっと僕があまり口を開かないからそれにならってみんな口を開きにくいのだろう。
今日も今日とて、代わり映えしない面々の顔を見合わせ、会議は始まる。そして、この局面に来て、まさかエドモンドさんがこんなことを言うなんて、誰も想像していなかった。
「今夜、夜襲を仕掛ける」
その場にいる全員が息をのんだ。
「敵が陣取っているのは平野だぞ。たとえ夜でもこっちが動けばやっこさん方も気づくはずだ」
もっともな意見をアーギュが言う。
そう、もともと僕たちがこの砦を三年も守ってこれたのは敵の陣取った位置が開けた平野であったことが一因である。こちらから動きが一望できるため、即座の対応が可能なのだ。
そのため、不測の事態にも容易に対応でき、今まで人手不足と物資不足をうまくやりくりしてやってこれたのだ。
しかし、それはあくまで守りに徹していたからであって、こちらから出向くのはまた話が別である。こちらが敵を一望できるように、敵も又こちらの行動を逐次観測することができるのだ。
「戦場がこんな平野ではいくら策を弄したところでそれは変わらんだろう。それに関しては目をつぶるほかあるまい。だが、そのリスクに見合うだけのものはあるはずだ」
端的に得意げにそう告げると、エドモンドさんは話を始めた。
「今日入った情報では帝国から新たにカルネラ・オーフェンス将軍率いる騎兵が加勢に向かってきてるらしい。規模まではわからないが、おそらく相当なものだと思われる。そうなると間違いなく連中は総攻撃を仕掛けてくるだろう」
帝国将軍カルネラ・オーフェンス。その名を聞き、一同はかたずをのんだ。戦場にて数々の功績を上げ、武力一つで将軍になりあがった帝国の英雄の一人だ。
その人物の参戦はすなわち帝国が本気で勝負を決めようとしていることを表している。
「それはまた、ずいぶんなビックネームね。でも、それと夜襲になんの関係があるの?」
リンネは若干動揺しながら腕を組む。
「今夜ならばおそらく、まだ将軍はこちらに到着してはいないだろう。将軍が到着するその前に、連中に俺たちがまだ戦えることをアピールする必要があるんだ。奴らが総攻撃を仕掛けるのはおそらくこちらの疲弊が目立ってきたからだ。少なくとも俺なら弱ってるところに全力で殴りこむ。連中もそれは変わらんだろう」
「つまり、俺たちが予想外に抵抗するようならあきらめて総攻撃も仕掛けてこない、あわよくば、あきらめて連中も撤退してくれる、というわけか」
アルベインがそういうと、一気に場の雰囲気が変わった。表情が明るくなった人もいれば疑っている様子の人もいる。意見が二分されているのだろう。
「そんなに都合よくいくか? しかも、こっちは数じゃ劣ってる。返り討ちに会うかもしれんぞ」
「ここで動かなかったらそれこそ敵に囲まれて砦を枕に死ぬしかないでしょうね。あたしは従ってもいい」
「皆それぞれ意見はあるだろう。俺の中じゃ、これが最適解だ。今から動いたんじゃほかの手も打ちようがないだろうしな。だから、できれば賛成してほしい」
エドモンドさんの真剣に訴えかけるその瞳はまるで何かにおびえているかのようだった。
これ以上の策を用意できないことに対する、みんなへの申し訳なさがそんな風に見せているのかもしれない。
一見、悪くない策のようにも見えるものではあるが、現実的に考えた場合、厳しいものがある。
第一に、こちらの兵数が少なすぎる。この砦にいる兵の総数は約二万。対して、敵は三万以上と目されている。
おまけに、攻めにすべての兵をさけるわけではない。砦を留守にしている間に占拠されてしまっては元も子もないのだ。いいところ、こちらから夜襲に迎えるのは一万三千程度だろう。
加えて、夜襲に大将自らが赴くわけには行かない。リスクが大きすぎて隊長たちがそんなことを認めるはずがない。よって、現場にエドモンドさんがいくことはできず、代理の人間を立てるのだが、その場合、瞬時に戦況を見極め、統率できないこともあり得る。
何より、今までエドモンドさんが総大将として槍や剣を握り、敵を迎え打っていた。軍の最高指揮官が最前線で戦うというのは、それだけで兵の士気の向上につながるのだ。
不意打ちもできない。数も足りない。大将も出ない。はっきり言って、勝てる要素がない。
明らかに死んで来いと言っているようなものだ。
僕はエドモンドさんには恩がある。それに、もうすでに三年もぶっ続けでこの国のために戦っているのだ。第二の祖国への愛情もいやでも強くなるというものだ。少なくとも、この国のために戦って死ぬことに抵抗はない。でも、ほかの人も全員が全員そうというわけではない。
「その夜襲でどの程度の損害を出すんですか」
空気も読まずに僕が口を開くと場は静まり返り、一同がエドモンドさんに無言の圧力をかける。
我ながら意地悪な質問だ。どの程度を想定しているのか、ではなく、どの程度出すのかを聞いているのだから。
想定はそれより下回るかもしれないし、上回るかもしれない。だから、ざっくばらんとしたものを口にして後でおおきく違っていても問題はない。
でも、そんな曖昧な物をだれも求めてはいない。今回の作戦でエドモンドさんが一体どれだけの損害を出すのか、明言しなければならない。明言すれば、それは一つの線となる。
それ次第で現場の動きも大きく変わってくるだろう。
「僕は、あなたの決断に従います。でも、みんなが盲目的にあなたに付き従うわけじゃない。死地へ赴かせるのなら、それなりの覚悟を背負わせる必要があります」
僕がそういうと、エドモンドさんは大きくため息をつき、そのあと、大きく深呼吸した。
「二千だ」
「!!」
全員が自分の耳を疑ったことだろう。およそ出撃する部隊の六分の一。その損失を成して初めて成功すると、総大将が明言したのだ。
普通の戦なら、壊滅と揶揄されてもおかしくない数字だというのに、それをもってなお勝利とする。これはあまりにも常軌を逸していた。
「選んでくれ。このまま、ここで全滅するのと、損害を覚悟して国を守り抜くか」
「じょ、冗談じゃないですよ!」
隊長候補の一人がエドモンドさんが話し終えると同時に声を上げる。
「俺たちは自殺するために戦ってるんじゃない! 逃げましょう! 今なら損害も少ない! エインベルズ領を離れることになっても、他の貴族に頼って形勢逆転を……」
「どこに逃げるんだ?」
「え?」
「エインベルズ領は国内でも有数の軍事力を保持している。砦一つとっても、ここ以上に守りに適したものは数えるほどしかないだろう。ここを攻め落とされるというのは、つまるところ、そういうことだ」
明言はしなかった。敗北の二文字をこの場で発することはできないのだ。
「選択肢はあるようでないってわけか……」
落胆して半笑いになりながらアーギュはそういった。
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